旅人の歯医者日記タイトル
旅人の歯医者日記

第1章 はじまりの虫歯
#1-6 神経の除去

1997年5月

2回目の診察では、歯の神経を取り除く治療が行われました。(*第1章は全13ページ)

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12、不安な治療

次の診察は3日後だった。「次回は、残っている神経を完全に取り除きます。」と、告げられていたので、また前回のようなしんどい治療が行われるのでは・・・と、不安になりながら歯医者の自動ドアを開けた。

そして、前回作ってもらった真新しい診察券を受付の人に渡し、待合室の椅子に腰をかけた。

診察券のイメージ(*イラスト:01さん)

(*イラスト:01さん)

今日の待合室には、他にも待っている患者が3人いて、なかなか「診察室に入ってください」という声がかからなかった。

診察椅子で待つのなら、もうジタバタしてもしょうがないと、覚悟も決まるというものだが、待合室では色々と考えることが多く、どうにも落ち着かない。

今、こんなにも私を落ち着かない気分にさせている原因は、今日の治療に対する不安だ。神経を取り除くって先生は言っていたけど、神経って歯医者で簡単に取れてしまうものだろうか。

地図や地理に関しては人並外れた知識を持っている自信があるのだが、人間の神経がどういった仕組みになっているのか、さっぱりわからない。

わからないけど、私のイメージではもの凄く複雑な仕組みをしていて、設備の整った大きな病院で、顕微鏡を見ながらの難しい手術が必要ってな気がする。

神経のイメージ(*イラスト:山海たまさん)

(*イラスト:山海たまさん)

インターネットが普及した今の世の中では、何か分からないことがあれば手軽にネットで検索し、すぐにその知識を得ることができる。本当に便利な世の中になったものだ。

このような場合でも、「えっ、神経を取る。何それ。どうするの?」と、不安に思えば、すぐにネットで検索することだろう。

そして、歯の神経がどういった仕組みになっていて、どんな治療が行われるのかが分かれば、安心するはずだ。

しかし、インターネットがなかった時代では、そうはいかない。何か分からないことがあったとしても、周りの人に聞いてわからなければ、自ら図書館や本屋に足を運んで調べるなど、知識を得るには手間と行動が必要だった。

なので、興味のあること以外は、自ら進んで調べに行くことはほとんどなく、「よくわからないけど、まあ何とかなるだろう。」といった感じで、自分が持っているあり合わせの知識の中で、物事を解釈していたものだ。

人体模型のイメージ(*イラスト:パコたんさん)

(*イラスト:パコたんさん)

そういったわけで、この時の私は学校の保健室にあった人体模型を頭に思い浮かべながら、神経はどういった仕組みになっているんだ・・・と、無理やり今日の治療を想像していた。

私なりに思うに、神経はもの凄く複雑かつ、繊細なもので、それを取るのには電子顕微鏡などの設備や高度な技術が必要に思える。

そして、今日はもの凄く緻密な治療になり、「じっと動かないでください。別の神経に傷がつきます。」なんていうような、忍耐が必要になるかもしれない。

もしかしたら、敏感な神経の処置なので、麻酔をしていても痛さが全て緩和できず、わめき声を上げるような激痛に耐えなければならないかもしれない。

とまあ、色々と考えてみるものの、無い知恵を絞ってみたところで、結論が出てくるはずがない。だから、考えれば考えるほど不安になっていくのだ。

猫の逆毛のイメージ(*イラスト:イチタさん)

(*イラスト:イチタさん)

そして、その不安をあおるように、今日の治療のことを考えていると、神経がピリピリと反応し、奥歯がうずいてくる。

まるで神経が歯医者の企む陰謀を察知し、今日の診察を阻止しようとしているかのようだった。

13、強烈な注射

しばらく待っていると、名前が呼ばれ、診察室に通された。歯科衛生士に人にエプロンをかけてもらうと、前回と同じ男の先生がやってきて、「こんにちは」と声をかけてきた。

そして、「治療した箇所は大丈夫でしたか。その後、痛みはありませんでしたか。」と聞いてきたので、「大丈夫でした。特に何もありませんでした。」と答えると、「では、今日は神経の治療を行います。」と椅子が倒され、今日の診察が始まった。

注射のイメージ(*イラスト:佐桃冬雪さん)

(*イラスト:佐桃冬雪さん)

いよいよ大治療が始まる。少し緊張した面持ちで、先生や衛生士の行動を見守っていると、まずは麻酔が用意された。

麻酔は歯の治療の基本だが、今日の麻酔は少し厳重な感じのパッケージに入っていて、素人ながらに何やら特殊な感じがする。

先生は、それに針を取り付けると、「少し強力な麻酔なので、もしかしたら心臓が少しチクリとするかもしれませんよ。」と、言ってきた。

さすが神経を取るだけのことはある。強力仕様の特製か。これから始まる大治療に向けてテンションが上がっていく・・・、わけがない。

心臓が止まるイメージ(*イラスト:MiMiさん)

(*イラスト:MiMiさん)

心臓直撃かよ・・・。さすがにそう言われると、不安になってくる。どのくらい強烈なのだろうか。チクってしたまま心臓が止まってしまったらどうしよう。

でも、待てよ。その間に神経を抜いてしまえば、痛くないか。死んでいることだし・・・。

ん!チクッ。うぐぅ~(声になっていない)。口を開けて、馬鹿なことを考えていたら、容赦なく先生が注射針を奥の歯茎に刺していた。

今回の注射は長い。そして、痛い。でも、今のところは心臓は止まっていない。ちゃんと動いているぞ。

って、歯の麻酔程度でそんな大ごとになるものなのか。先生も念のためといった感じで、ちょっと大袈裟に言い過ぎではないのか。

注射が終わった直後はそう思っていたのだが、じわじわと心臓の辺りに異変を感じ始め、少し心臓がチクリとしてきた。うっ、本当に心臓にきた・・・。痛くはないけど・・・。大丈夫なのか。これ。

ま、まさか、このまま止まってしまわないよな・・・、俺の心臓。少し不安になるものの、すぐに違和感は収まった。

注射のイメージ(*イラスト:MeGeMさん)

(*イラスト:MeGeMさん)

そういえば、以前、熊蜂に刺された時も、心臓がチクチクしたな。その後全身がしびれて・・・。あの時は死ぬかと思ったっけな。

きっとこの麻酔は、熊蜂なみの強さを持っているにちがいない。そんな例えが思いつくような、強烈な麻酔の注射だった。

14、神経の除去

麻酔を打った後は、「麻酔が効くまで、しばらくこのままじっとしていてください。」と待たされた。

今度こそ大治療が始まる。治療に向けて色々と準備が始まるのかな・・・と、少し緊張しながら周囲の様子を伺うのだが、私の周りに電子顕微鏡とか、モニターといった機械類が用意されることはなかった。

おかしいな・・・。何事もなく、平穏に時が流れていく。仰々しい機械が次々と周囲に並べられても不安になるが、何もアクションがないのも不安になってくる。

医療機器のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

しばらくすると、先生がやってきて、「では、治療を始めます。」と、普通な感じで椅子が倒された。

あれ・・・・・、もしかしてそんなに難しいことではないのか。神経を取るのって。

少し混乱しながら口を大きく開けると、先生は麻酔が効いているのを確認した後、何か特別な機械を用意するわけでもなく、神経を抜く作業を始めた。

どうやって神経を抜くのだろう。何が行われるのだろう。と、注意深く伺ってはみるものの、麻酔が効きすぎていて、前回以上に何をやっているのか、さっぱり分からなかった。

私の乏しい知識では、先生がルーペや電子顕微鏡で神経を見ながら、ピンセットでミミズのちっちゃいやつというか、糸くずのようなやつを器用に抓み上げていくものと思っていたのだが、全くもって見当違いで、少し削って、後は薬で溶かしてしまうらしい。(*現在では神経や血管などの歯髄を削りだして埋める根管治療が一般的ですが、この当時は一般的ではありませんでした。)

神経除去のイメージ

(*イラスト:Richさん)

「はい、神経を取りましたよ。」と、シャーレー上でまだピクピク動いている神経を見せてもらえるかも・・・と、期待していた自分の思慮の幼稚さに呆れてしまう。

コウノトリが赤ちゃんを運んでくると信じているのと、同じレベルかもしれない。

いや、きっと同じように考えている人はいるはずだ。世界を一周してきた旅人が知らなかったのだから。

後日後輩に、「この前神経抜いたんだけど、俺の神経は元気がよくて、抜いた後も数分はピクピク動いていたよ。」と、旅で見聞きしてきた自慢話のような感じで、さもあり気に言ってみると、「えっ、神経ってそうなっていたんですか」と、真顔で信じていた。

少なくとも私みたいに考えている人間がこの世に一人はいた。きっと他にもたくさんいるはず。そう思うと、ちょっと安心できた。

コウノトリのイメージ(*イラスト:ヤマザクラさん)

(*イラスト:ヤマザクラさん)

で、肝心の治療の方はというと、ごにょごにょと患部をいらって神経を取り除き、その後は何か液体みたいなものを何度か塗り、前回同様に仮のものを被せて終わった。

神経を取り除くといった大治療に挑んだ割には、思ったほど治療に時間がかからなく、特に痛いとか、苦しい場面もなかった。

というより、何が行われていたのかほとんどわからなかったので、患部に塗る薬品が、むせかえるぐらい強烈な刺激臭を放っていたことぐらいしか、印象に残っていない。

15、期待外れの治療

複雑な気分のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

大治療にならずに安心したような、ガッカリしたような、なんとも言えない複雑な気分で、自宅への道のりを歩いた。

結局、一番最初に打った強い麻酔注射が、今回の治療のハイライトだったな。神経を抜くというからどんな治療になるかと、ハラハラしていたというのに・・・。

最初はそう思っていたが、しばらく歩いているうちに、いや、待てよ。麻酔よりももっとハラハラとした凄い山場があったではないか。と気が付いた。

そう、治療を受ける前だ。神経を取るなんて、えらいことになってしまった。とんでもなく大治療になるぞ!と、心の中で大騒ぎし、気が張っていた時が、今回の一番の山場だったではないか。

旅でも計画を立てているときが、訪れる場所への想像力が働き、一番楽しい。そして実際に訪れてみると、期待が大き過ぎて、がっかりしてしまうこともよくある。今回の治療はそれに似ているかも。

ガイドブックのイメージ(*イラスト:あびさん)

(*イラスト:あびさん)

ということで、この期待外れ感は後からやって来る旅人のために伝え残しておいた方がいい。

「歯医者の三大ガッカリの一つ。神経の除去。」などと、歯医者を訪れる人のためのガイドブック、「歯医者の歩き方」に読者投稿し、書き加えてもらおう・・・。

そんな風に考えると、歯医者の治療も未知の場所を旅するような感じで楽しいかもしれない。

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治療の最後に、「麻酔が切れた後に痛みが生じるかもしれません。痛む場合には痛み止めを飲んでください。」と、前回と同じことを先生に言われていたので、寄り道をせず、家に戻った。

前回は歯を大きく削ったので、麻酔が切れたら歯が痛くて悶絶するかもしれない。そう思い、歯が痛くなったらすぐに飲めるように薬を用意し、「さあ来い!」とばかりに痛みを待ち受けていたのだが、全然痛むことがなかった。

今回は前回よりも治療が楽だったし、まあ大丈夫だろう。自宅に戻ってからは、歯のことを全く気にせずに過ごしていたのだが、帰ってから20分ぐらいしたら、ズキズキとこめかみが脈打つような感じがしてきた。それとともに治療した奥歯もジンジンと変な感触がしてきた。

頭痛のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

思いっきり痛いというわけではないけど、これは我慢せずに痛み止めを飲んでおいた方がよさそうだ。神経を抜くというのは、やっぱり体にはよくない事なんだろうな・・・などと思いながら、痛み止めの錠剤を飲んだ。

しばらくすると、薬が効いてきたようで、ジンジンとした感触はなくなった。ただ、痛みが完全になくなったわけではなく、血管が強く脈打っている感じは続いたまま。いかにも痛みが抑えられているといった変な感触だ。

夕食後にもう一度薬を飲み、その後は早く寝てしまうのが一番の解決方法に違いないと、子供の寝る時間に床につくことにした。

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