旅人の歯医者日記タイトル
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1、プロローグ

社会人のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

歯医者日記の第2章が始まるのは、西暦1999年の春先。まだ大学生だったらどんなに気楽で楽しいだろうと思ってしまうが、残念ながら昨年の春に卒業し、自由の少ない社会人になっていた。

社会人になってみると、給料をもらう分、責任感が増し、日々の生活も充実して・・・と感じるか、仕事に束縛され、窮屈に感じるかは、まあ人それぞれだと思う。旅人の気質だと後者になるが、慣れればこれが当たり前の日常になってくるものだし、現実問題として、給料をもらわないことには生活も旅もできない。

歯医者の方の卒業はもう少し後になり、全ての治療が終わったのは、昨年の秋。念入りに虫歯と歯茎のケアをしてもらったので、口の中の環境は以前と比べてすこぶる良くなった。

虫歯の治療跡が多いので、さすがに新品同様というわけにはいかないが、リホームしたばかりの家に暮らすような感じで、ここのところ気分よく過ごせている。

そして、もうあんな手間とお金がかかる歯の治療はこりごりだ。あまり暇のない社会人になったことだし、この状態を維持し続けよう。と、今後は真面目に歯を磨くことにした。

調子のいい歯のイメージ

(*イラスト:swaroさん)

これで当分は歯医者に行く事はないだろう。そう思っていたのだが、最後の診察で涙ぐましい別れをしてから3ヵ月後、再び歯医者の自動ドアを開けている私がいた。

人生一度あることは二度ある。虫歯の痛さも、通院の苦労も、時の流れとともに薄らいでいくもの。あっという間に虫歯ができて、歯医者生活の第2楽章が始まった・・・・・というのは、私のような棚上げ大好き人間にありがちなシナリオだが、今回はそういった2流ドラマのような展開ではなかった。

もちろん、前回お世話になった笑顔の素敵な歯医衛生士に恋をしてしまい、わざわざ虫歯になってしまった・・・などという、TVドラマのような心ときめく展開でもなかった。

いや、むしろ格好悪くても、こういった笑える話だった方がよかったな・・・と、心底思うような災難が身に降りかかってきて、なんと上の前歯が2本とも折れてしまうのだった。

2、卒業旅行

少し時間を戻し、昨年の年末のことになる。大学時代に所属していたバイクサークルの後輩から忘年会の誘いを受けた。

春に卒業してしまったけど、メンバーはほぼみんな知っているから懐かしいし、何より後輩に呼んでもらえるというのがうれしい。

財布の中に諭吉さんを何人か忍ばせ、会社帰りにスーツ姿で張り切って飲み屋を訪れた。

所属していたバイクサークルの写真
所属していたバイクサークル

その忘年会の最中、一つ下の後輩たちが「卒業旅行に行きたいな・・・」「どうする?行く?」といった話をしていた。

我々のバイクサークルは、少し前までは熱くレースとかもやっていたが、現在は安全志向というか、時代の流れというか、ほぼツーリングサークル状態になっている。

活動の中心がツーリングになってしまったものの、完全に旅サークルとならないのが、バイクが好きで集まったバイクサークルのアイデンティティとか、プライドといったところで、ツーリングの目的地はバイクの聖地とか、走り屋の聖地と言われる伊豆や箱根が多い。

バイクサークル ツーリングの写真
ツーリングの様子

伊豆箱根以外にも、日光などといった場所に、走りと観光を兼ねてツーリングに出かけているので、一年中どこかしらに仲間と出かけているようなもの。だから、寒い時期にわざわざバイクに乗って卒業旅行をしなくても・・・といった感じもする。

でも、卒業旅行と立派な名がついているように、これはこれでまた違った楽しみ方があるし、あえてバイクを使わない旅をしてみるというのも、また違った感覚がして面白く感じるものだ。

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後輩たちは、寒いのでバイクを使わないで卒業旅行に行こう、というところまでは決めたようだったが、「どこに行く?」「どこがいいかな・・・」と、これだといった場所が思い付かず、目的地の選別に困っている様子だった。

よしっ、旅のことだったら旅のマイスターを自称する私に任せなさい。というより、旅の話が聞こえてくると、どうにも口を挟みたくなってしまう。それが私だ。

八丈島の写真
八丈島

で、「俺は昨年の卒業旅行で八丈島と三宅島に行ったんだぜ。友情を深めるためにも離島旅はいいぞ!語らう時間が山ほどある。船旅こそ卒業旅行にふさわしい。」と、酔っぱらっているのもあるが、先輩らしく旅の何たるかを織り交ぜながら話すと、「八丈島ですか。それは凄いですね・・・・。」と、乾いたような返事しか返ってこない。

どうも後輩たちはそういった旅には全く興味が湧かないらしい。まあ寒い時期に離島へ行っても、あまりすることがないというのが実際のところ。私の場合はおまけがついてしまい、強風で船が欠航となり、島から出られなくなって困ったし・・・。

探検のイメージ(*イラスト:カメさん)

(*イラスト:カメさん)

話を聞くと、大学生活の最後なので、みんなで盛り上がれるようなアクティブな感じの旅行をしたいとのこと。なるほど。この時期は普通に旅行しても寒いからな。

ここのところ急激に海外への格安航空券が安くなっているし、春先はシーズンオフってことで、衝撃的な値段が付けられているものもある。

それに海外は物価が安く、日本の半分以下という国もざらにある。下手に国内を旅するよりも、海外へ出てしまった方が安いと言われる時代だし、思い切って海外がいいんじゃないの。

例えば、東南アジアの島へ行ってシュノーケリングというのはどう?或いはジャングルの秘境探検とか。川口探検隊ってなやつ。もしくは登山こそ男のロマンってことで、ヒマラヤの山に挑戦してみるとか。後は・・・、バイクではなく、ラクダに乗って砂漠を横断してみるのも面白いんじゃない。

砂漠ツアーのイメージ

大学の締めくくりは、学生とか、青春の締めくくりでもある。せっかくだから、後々にまで思い出に残るようなことをしておこうぜ!といった感じで、色々と提案してみるものの、なんやかんやいっても海外はお金がかかるし、時間もあまりとれないから無理とのこと。

それにバックパッカーの先輩じゃないんだから、探検とか、辺境の地とか、秘境も無理!と、ことごとく却下。う~ん。会社の飲み会で全く話に乗れない上司のような気分・・・。

まあ私が行くわけではないので、これ以上首を突っ込むと嫌われそうだ。来年は「やめておけ。あの先輩を呼ぶと、旅の自慢話がうざいぞ!」となってしまうのも悲しい。

スキーのイメージ(*イラスト:天ぷらうどんさん)

(*イラスト:天ぷらうどんさん)

他のメンバーと違う話をしていると、その話はどんどんと進んでいき、スキーがいいんじゃない、となっていた。

メンバーの中には、サークルだけではなく、学部の友達とも卒業旅行に行く人もいて、手軽な感じで行けるスキーがいいということになったようだ。

スキーに行くならどこがいい?白馬?菅平?などといった話をしているときに、「親戚が長野の志賀高原でペンションをしているぞ。そこだったら恐らく貸し切り状態で、値段も安くしてくれるし、スキー道具も貸してくれるよ。」と、口を挟むと、

「志賀高原って最高じゃないですか。一度行きたかったんですよ。」「ペンションはどんな感じですか。」と、スキー経験のある後輩が食いついてきた。今度は飲み会でも慕われている上司の気分・・・。

飲み会の慕われる上司のイメージ(*イラスト:すずしろさん)

(*イラスト:すずしろさん)

3、スキー旅行への誘い

後日、後輩から「卒業旅行はスキーと決まり、飲み会の時に話していた志賀高原にある親戚のペンションに泊まりたい。」と、連絡があった。

分かった。可愛い後輩のために頼まれよう。「親戚にその日に空いているか聞いてみるよ。」といった具合に話が進んでいくはずだったのが、「せっかくだから一緒に行きませんか?」「先輩がいると安心です。」と、誘われた。

いくら旅好きとはいえ、後輩の卒業旅行にホイホイと同行するほど野暮ではない。その辺の一般常識は・・・、人よりも少ないと自覚しているけど、一応は持っている。

でも・・・、こうやって実際に誘われてみると、困ったことに旅人の血がうずいてくる。う~ん、どうしよう。久しぶりにスキーも悪くないな。何年ぶりになるのだろう。

いかん、いかん。我慢だ。我慢。後輩の卒業旅行だぞ。いや、でもな・・・、あ~行きたくなってきた。後輩から誘ってきたことだし・・・。親戚のペンションだし・・・。行ったら楽しそうだし・・・。

悩むイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

行きたい気持ちが頭の中に増殖し、心が揺らいでくるが、やっぱり先輩としてここは我慢しなければ。まさかついて来るわけないだろうと、形だけ誘っているだけかもしれない。

そう、このパターンでひんしゅくを買うことが多いのが私だ。バイク乗りなので、機動力があり、旅人なので、行動範囲が広い。遠方の知り合いなどから、まさか来るはずないと社交辞令的に誘われ、何も疑わず押しかけてしまうというやつだ。

実際に訪れてみると、本当に来たの・・・といった戸惑いと、あまり歓迎されていない態度。これは、ホイホイと来ちゃいけないやつだったのか・・・と、後で気が付くことも多い。最近では自分の距離感と他人の距離感が違うというのを悟り、こういった誘いには慎重になっている。

表と裏の顔のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

ということで、「行きたいのは山々だが、私が行くと場違いだからね。」と、後輩に断りの返事をしたのだが、予めその返事を予想していたようで、すぐさま「我々卒業の学年だけではなく、先輩の同期や、更に下の後輩も行くと言っているので、先輩が来ても全然大丈夫です。むしろ歓迎です。車も出してもらえると、更にうれしいです。」と、追撃の一言を放ってきた。

うっ、心が揺らぐ。まあ・・・、少なくとも私がいたほうが親戚とのやり取りなどが楽だし、車も一台都合が付く。後輩たちにとってもそれなりにメリットがある。

それに同学年の友人やさらに下の後輩がいるのなら、一人だけ場違いの浮いた存在にならない。だったら行こうかな・・・。って、私の性格を計算に入れ、外堀を全部埋めてから誘ってきたのか。

まあ、ここは後輩にはめられた・・・、いや、頼まれたということにして、一緒に行ってやろう。それならしょうがないと、心の中でも納得ができる。

張り切るイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

ということで、親戚に大勢で行くことを連絡し、会社には初の有給休暇を申請し、張り切って2泊3日のスキーに出かけることにした。

この私にとって予定外のスキー旅行が、人生を狂わすような不運なスキー旅行になってしまうとは・・・。当然のことではあるが、この時の私は全く予想だにしていなかった。

旅人の歯医者日記
第2章 折れてしまった前歯
#2-1 前歯が折れる!(前編)
#2-2 前歯が折れる!(後編) につづく Next Page
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