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旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-2 前歯が折れる!(後編)

1999年2月

後輩のスキーの卒業旅行に一緒に行ったものの、吹雪となり、遭難しかかってしまいました。(*第2章は全16ページ)

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4、スキー旅行

車でスキーに行くイメージ(*イラスト:アート宇都宮さん)

(*イラスト:アート宇都宮さん)

宿泊先が私の親戚のペンションということもあって、一つ下の後輩たちの卒業スキー旅行に同行することとなった。

当日は、車で後輩を拾いながら関越道の練馬インターへ向かい、そして高速道で一気に長野へ向かった。

高速道を降りてからは一般道で志賀高原へ。途中から完全な雪道となり、チェーンを付けての走行。慣れない雪道だったが、慎重に運転をし、昼前に無事に親戚のペンションに到着した。

ここまでは全て予定通り。昨晩から今朝にかけ、かなりの降雪があったとかで、ペンションの周辺は一面の銀世界。遠くに見えるゲレンデにも雪はバッチリ。これからのスキーに期待が高まっていく。

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昼食を食べた後、さっそくスキー場に繰り出した。そして午後からの半日リフト券を購入し、張り切って滑り始めた。

スキーをするイメージ(*イラスト:ヨネミさん)

(*イラスト:ヨネミさん)

スキーをするのは久しぶりになる。人に講釈を垂れるほどうまく滑れるわけではないが、スキーは雪の上を滑っていく感覚とか、スピードが出る感覚、転ぶことに恐怖しないという滑り慣れの部分が大事だと思う。

その点では、普段からバイクに乗っているので、スピード感とか、体重移動してターンする感覚は体に沁み付いているし、バイクで転ぶことに比べれば、雪の上でコケるのは痛くない。初心者コースを3回も滑れば、それなりに滑れるようになってきた。

同行している友人は、傍から見てもなかなか滑り方が様になっていて、いわゆる上級者といった部類になる。その友人と一緒なら上級コースへ行っても大丈夫だろう。

初心者コースやコブのある斜面に飽きてきたというのもあるが、後輩たちが楽しんでいる場所で先輩がウロチョロとしているのも目障りってなもの。視界から消えていたほうがいい。

ということで、友人ともう一つリフトを乗り継いで、山頂付近に設置されている上級者向けコースに向かうことにした。

5、パウダースノー

吹雪のイメージ(*イラスト:甘辛さん)

(*イラスト:甘辛さん)

リフトを乗り継いで山頂付近に到着してみると、時々パラパラと降る程度だった雪が、少し強く降ってきた。山の天気は変わりやすいとは言うが、まさにその通りといった展開。風も強くなってきて、視界が悪くなりつつある。

雪が強くなってきたな。どうしよう。滑らないで、リフトに乗って降りた方がいいかも・・・。そういった選択肢も頭をよぎったが、それはちょっと格好が悪い。まあ、これぐらいだったら大丈夫だろう。少々雪が降ろうが、さっさと降りてしまえば問題ない。・・・と過信したのが、結果として間違いだった。

もたもたしていても状況は悪くなるだけ。すぐに滑る準備をし、慎重に下り始めた。昨晩から今朝にかけてかなり雪が積もったようで、この付近はフワフワの新雪状態。しかも今日は人がほとんど滑っていないようで、真っ更に近い状態だった。

これはラッキー。ほぼ新雪だ。こんな機会は滅多にない。新雪を滑るのは気持ちがいいぞ。まるで映画の世界だ・・・。と、はしゃいでしまうのは、雪の日に公園を訪れる東京人の感覚。これが想像以上に厄介だった。

リフト小屋付近のなだらかな場所では、スキー板が雪に沈み込む量が多くて、なんか滑りにくいぞ・・・といった程度だったのが、傾斜がきつくなると、まともに滑ることができなくなった。

斜面で減速のために体重をかけてターンをしようとすると、そのまま雪が崩れ、野球のスライディングのような形で転んでしまうのだ。新雪だと雪が柔らかすぎて、スキーのエッジが全然効かない・・・。

八の字・プルークボーゲンのイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

こりゃ、いかん。慎重に滑ろう。スキーの基本はスキー板をハの字にして滑るプルークボーゲン。これだと左右の足をハの字にして踏ん張り、舵を取りながら走行できるので、安定感があり、初心者でも滑りやすい。

私はこの滑り方が得意なので、どんな急な斜面でも最終的にはこの滑り方を使えば何とかなる自信があった。だから初心者に毛が生えた状態でも、自信を持って山の上まで上がってきたのだ。

しかしこの走法には致命的な欠陥があった。地面の雪がある程度堅く固まっていないと、ダメなのだ。雪が柔らかいと、雪をただ圧雪するだけ。全然前に進んでいかない。まだ完全に使いこなせていない両足を揃えるパラレルターンの方が、まだましのようだ・・・。

う~ん、まいった。まるで必殺技を封じられた主人公の気分。必殺技、いわゆる心のよりどころがなくなると、こんなに心細く感じるものなのか・・・。敵に必殺技を封じられた時に、お決まりのように呆然と立ちすくむヒーローの姿が脳裏に浮かぶ。

雪に埋まるイメージ(*イラスト:どんこさん)

(*イラスト:どんこさん)

アニメのヒーローのように呆然と立ちすくんでいてもしょうがない。吹雪が酷くなる前に下に降りなければ、遭難してしまうかもしれない・・・。「遭難」という嫌な文字が脳裏に浮かび始めてきた。

とはいえ、必死になって進もうとするものの、2つ3つターンをしたら柔らかい新雪に足を取られ、転倒することの繰り返し。コケてばかりなので、なかなか前に進んでいかない。

フワフワの雪が受け止めてくれるので、コケても全く痛くないのはいいのだが、フワフワ故に転ぶと体が雪にめり込むように埋まってしまい、起き上がるのが大変。

スキー板を一旦外さないと起き上がれない事も多く、また新雪の斜面では思うように体が動かないので、スキー板を取り付けるのにもかなり手間取る。このままでは吹雪が酷くなって遭難してしまうかもしれない・・・と、気持ちだけは焦る。

頼りにしていた上級者の友人も、こんな新雪で滑ったことがないと、私と変わらない状態。いや、体重が私よりもかなり重いので、むしろ私よりも苦戦していた。

この時はよく知らなかったのだが、こういった状態のことをパウダーとか、非圧雪と言い、特殊な技量が求められる。初心者が新雪状態の上級者コースを安易に滑ってはいけなかったのだ。

6、遭難・・・

吹雪のイメージ(*イラスト:おじょぼんさん)

(*イラスト:おじょぼんさん)

少しずつではあるが、転んでは起き上がってと、二人で助け合いながら進むものの、もたもたしている間に吹雪が酷くなってしまい、前が見えなくなってきた。いわゆるホワイトアウトという状態だ。

こりゃ、まずいぞ。どうしよう。まだそんなにリフト乗り場から下っていないので、下に行くよりはリフト乗り場に戻る方が距離的には近い。

しかし、これだけ雪が積もり、しかも雪質が柔らかいと、急な斜面を登っていくのは無理というもの。なので、リフトの所に戻るのは現実的な選択肢ではない。

ここで待機するというのも、雪がすぐに止んでくれるのならいいが、このままでは雪に埋まって、凍えてしまう。シェルターといった感じでかまくらを作るという方法もあるが、このフワフワの柔らかい雪で作るのは容易ではない。

かまくらのイメージ(*イラスト:小物屋さん)

(*イラスト:小物屋さん)

残る選択肢は、頑張って下に降りていく。多分、これが今できる最善策になるはず。とはいえ、下っていくのも命がけ。下手にスキーで滑って降りたら、コース外に飛び出してしまうかもしれないし、そのうち雪の中にズボッて埋まってしまい、人間雪だるまになって凍死してしまうかもしれない・・・。

行くのもダメ。退くのも駄目。留まるのも駄目。八方ふさがりってやつではないか。というか、これって雪山で遭難中ってな状況になるのでは・・・。今自分の置かれている現状を考えると、血の気が引いていく。

この時代の携帯電話は、こういった辺鄙な場所では電波の状態が悪く、圏外になるのが当たり前。そもそも私が持っていたのはPHS。助けを呼ぶこともできない。

こんなことになるなら、調子こいて一番上まで来なければよかった・・・。いや、少なくとも謙虚にリフトに乗って降りているとか、リフト乗り場で待機していればよかった・・・などと、今さら後悔してもしょうがない。

吹雪で動けないイメージ(*イラスト:阿部モノさん)

(*イラスト:阿部モノさん)

助かる道筋が見えない。このままだと真面目に死ぬかもしれない。そう考えると、体が震えてくる。でもここでパニックになってもしょうがない。友人と協力しながら冷静に行動しよう。

ということで、視界が悪い状態でスキーで滑って降りるのは危険というか、無理。スキー板を外せば何とかなるのではないかと、斜面を歩きながら少しずつ下っていくことにした。

しかし雪の積もっている急な斜面を歩いて下るというのも、思っているほど簡単ではなかった。足元が柔らかく、足が埋まるというか、重力でずるずると雪とともに崩れる感じ。手に長さのあるスキー道具を持っているのも歩きにくくしている原因だ。

仕方ないので、少しずつお尻で滑るような感じ慎重に下っていくのだが、これも簡単そうで、意外と難しい。時々深くまで足や尻が沈むし、持っている長いスキー板が斜面の雪に当たって、バランスが崩れることがある。

まさに雪山で遭難中ってな状況だな・・・。もしかしたら助からないなんてことになってしまうとか・・・。そう考えると、気が焦ってしょうがない。

7、臨終体験

お互い声を掛け合いながら、まさに必死になって斜面を下り続けた。そして、もう半分は下っただろう。このままいけば何とか助かるんじゃないかな・・・と気が緩んだところで、事故が起きてしまった。

滑落のイメージ(*イラスト:クニコ925さん)

(*イラスト:クニコ925さん)

斜面がきつい場所を必死になって下っている時だった。後ろから友人の叫び声のようなものが聞こえ、慌てて振り返った瞬間、雪煙とともに何か塊みたいなものが自分に向かって突っ込んでくるのが見えた。逃げなければと思ったところから記憶がない。

どうやら友人が斜面でバランスを崩してしまい、そのまま滑落するような感じで転がり、私に激突したようだ。で、私はというと、打ち所が悪かったようで、そのまま意識を失ってしまった。

黄金の草原の場面(*イラスト:スタジオジブリさん)

(*イラスト:スタジオジブリさん)

気が付くと、金色の草原を歩いていた。なんだか気持ちがいい。ここはどこだろう。なんで自分がここを歩いているのかよくわからないが、まるで「風の谷のナウシカ」の最後の場面に出てくる金色の草原のようだ。

なんだかよくわからないが、ルンルンとナウシカのように幸せな感じで金色の草原を歩いた。本当に気分がいい。気分がいいけど、なんでこうなっているのか分からない。というか、変にはっきりした意識があるので、困惑する。

でもまあいいか。なんかよくわからないけど、雲の上を歩いているようで楽しい。そんな感じで金色の草原の散歩を楽しんでいると、誰かの呼ぶような声が聞こえる。誰だ私を呼ぶのは・・・。ユパ様が助けに来てくれたのか・・・。ここから気持ちよさがなくなり、気持ちの悪さが込み上げてきた。

そして現実世界へ戻ってきたのだが、目を開けると、友人が必死の形相で私の名を呼んでいた。何をそんなに必死になっているんだ。状況がよくわからないが、考えるのがダルい。

無理やり起こされるイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

目をつむっている方が楽だな。と、再び目を閉じたら、「寝るな!!!」と、強く揺すられたり、叩かれ、今度はさっきよりもまともな状態で現実世界に戻ってきた。

目が覚めたものの、いったい何しているの俺。ここはどこ。私は私だけど・・・。何がどうなってるの。そうだ。スキーに来ていて、遭難しかけて、あの時・・・。記憶の混乱がなくなった時、「死んでいなくてよかった・・・」と、心底思ってしまった。

死にかけるイメージ(*イラスト:haru.sさん)

(*イラスト:haru.sさん)

このままここにいても助けが来るわけではない。体もどんどん冷えてくる。スキー板をこの場に置き、友人の肩を借りながら下を目指すことにした。

歩き出すと、天候が回復してきたのか、少し下へ降りたので、雲が薄くなったのかわからないが、徐々に視界が戻ってきた。

視界が戻ると、下の方に上級コース用のリフト乗り場が見えた。あ~~、ゴールだ。あともう少しだ・・・。助かった・・・。リフト乗り場が見えて、どれだけホッとしたことか。朦朧とした頭ではあったが、今でもその時の光景をはっきりと覚えている。

リフト乗り場が見えた辺りからは、傾斜が緩くなったのもあって、友人の肩を借りずに自力で歩くことができていたが、リフト乗り場にたどり着いて事情を話すと、係員に緊急用のスノーモービルに乗るように言われ、サイレンの鳴ったスノーモービルでゲレンデを下っていった。

そして、すぐ友人の車で病院へ向かった。結果、顔を8針縫い、前歯は二本とも途中から折れてしまうといった惨事となってしまった。

縫合のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

医者が言うには、「縫合した顔の怪我は、一週間後ぐらいしたら傷口がふさがるので、地元の病院に行って抜糸してください。傷跡はそのうち目立たなくなるから心配ない。」とのことだった。

問題は前歯の方で、これは現地ではどうにもならない。東京に戻り、前回お世話になった歯医者を訪れるのが一番いいだろう。

大した腕もないのに山の上まで行くから、こういうことになってしまうのだ。しかも天候が悪くなったのに、無謀な挑戦をしてしまった。更には吹雪いてきたことで焦ってしまい、判断を誤ってしまった。

後から考えれば、冷静に天候の回復を待ったり、耐えるといった場面だったんだろうけど・・・、それは結果論になってしまう。色々と失敗から学ぶしかない。

あの世行きのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

でもまあ、友人まで気を失わなくて本当に良かった。2人そろって気絶していたなら、仲良くあの世行きだったかもしれない。或いは友人が私にぶつからなければ、そのままもっと下に滑落し、最悪の事態になっていたのかもしれない。命が助かったことをよしとするべきなのだろう。

今まで色々と命の危ない目とか、危険な目に遭ってきたけど、この時のことは私の人生の中でも5本の指に入るほどの危機で、今でも「自然をなめたら痛い目に遭う」といった、いい教訓になっている。

8、更なる大雪

雪かきの写真
雪かき

その日の夜は、更に大雪となった。「ここ志賀高原は雪が多いけど、日常的にこんなに積もっているわけではないんだよ。これだけ積もるのは年に何回かあるかぐらい珍しいことよ。」と、この地に暮らす親戚が言うぐらいの大雪になり、翌朝起きてみると、車がすっぽりと雪で埋まっていた。

今日はリフトの一日券を購入して、丸一日スキーを楽しむ予定にしていたのだが、除雪車が入らないとスキー場まで行けないといった状況。雪が降ればスキーができて最高!ってことにはならないんだな・・・。雪と暮らすことは、そう単純ではないんだな・・・と、雪国の事情や大雪の大変さを経験できるいい機会となった。

私は怪我をしてしまったので、一日ゆっくり過ごすつもりにしていたのだが、除雪が済んだ午後になっても後輩の何人かは、「こんだけ大雪だとスキーどころではないし、入社前に怪我はしたくないので・・・」と、私に気を使ってというのもあるのだろうが、ペンションに残った。そして、一緒に備え付けの大型のシアターセットで映画を見て過ごした。

ホームシアターのイメージ(*イラスト:うなぎちゃんさん)

(*イラスト:うなぎちゃんさん)

普段から悪いことばかりしているつもりはないんだけど、せっかく長野までスキー旅行に来たというのに、雪山で遭難しかかるし、歯は折れるし、大雪は降るしと、こうトラブル続きだと、げんなりしてしまう。

でもまあ、旅にトラブルはつきもの。トラブルを楽しんだり、天候を含め、今ある現状を楽しむのが旅を楽しむコツというもの。

ほとんどスキーができず、映画鑑賞ばかりになってしまったけど、大きな怪我をしてしまった私以外は、それなりに楽しく、思い出に残る卒業旅行になったのではないかと思う。

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第2章 折れてしまった前歯
#2-2 前歯が折れる!(後編)
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