旅人の歯医者日記タイトル
旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-3 久しぶりの歯医者

1999年2月

前歯が2本とも途中から折れてしまい、久しぶりに前回お世話になった歯医者を訪れました。(*第2章は全16ページ)

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9、歯医者の扉

有給休暇のイメージ(*イラスト:ぶーさん)

(*イラスト:ぶーさん)

人生初の有給休暇を取り、後輩たちとスキー旅行に行ったのだが、友人の滑落に巻き込まれ、前歯が折れてしまうという大変な事になってしまった。

とはいえ、「スキーに行ってきます!」と有休を取得したばかりで、もう一日休ませてくださいというのは・・・、新人の立場としてはちょっと気まずい。

もちろん明らかに重症なら、「そりゃ大変だ。しばらく安静にしていなさい。」と、みんなも心配や同情をしてくれるだろうが、歯が折れただけなので、身体の方は何も問題ない。

傍から見てピンピンしている状態では、他の人からしてみれば鼻風邪を引いた程度のこと。何を言われるかわかったものではない。

陰口のイメージ(*イラスト:nipperさん)

(*イラスト:nipperさん)

中途半端に狭い環境での大人の陰口は、意外と陰湿・・・というのはここ一年で学んだことの一つ。特にレジャーなど、楽しい事に関しての後始末は、妬みという厄介なおまけがつくので気を付けなければならない。

ということで、スキーから戻った翌日は出社し、事情を話して1時間ほど早く早退させてもらい、急いで前回お世話になった歯医者へ向かった。

1時間早いと、電車はこんなに空いているんだ・・・と、余裕で座席に座れて驚くのだが、今はそれどころではない。どういった歯の治療が行われるかといった不安と、せっかく終わった歯医者生活がまた始まってしまう憂鬱で、頭の中が一杯。落ち着かない道中だった。

歯医者のイメージ(*イラスト:Cranberryさん)

(*イラスト:Cranberryさん)

最寄り駅で電車を降り、約3か月ぶりに歯医者へやって来た。そして、過去に何度となく開けた見慣れた自動ドアの前に立った。

この歯医者に一番最初にやって来たのは、大学生の時だった。授業中に奥歯に大きな穴が開いてしまい、慌てて歯医者へ駆け込むことになった。

あの時は、もしかして歯を抜くことになるのでは・・・と、顔を引きつらせながらこの扉の前に立ったっけな・・・。そして、不安のあまり、扉を開けるのを数分ためらってしまったものだ。

治療に通い続けた1年半もの間も、今日の治療は嫌だな・・・。面倒だな・・・。治療費がまたかかるな・・・。と、扉を見るたびに憂鬱になったものだ。

開けにくいドアのイメージ(*イラスト:naaagaaaさん)

(*イラスト:naaagaaaさん)

今日も、また辛い治療を受けなければならない・・・といった不安から、扉に禍々しい妖気のようなものが渦巻いて・・・、ということはなく、扉を見た瞬間、「治してもらえる。助かった・・・」といった安堵の気持ちが込み上げてきた。

もし初めて入る歯医者だったら、さぞ心細く感じたことだろう。どんな治療になるかもわからないし、先生の腕もどうかわからない。最初にやって来た時のように開けるのをためらったかもしれない。

でも1年半も通っているので、色々と分かっている。治療自体はどんなことが行われるかわからないが、少なくとも先生は信用が置けるし、あの先生ならきっと親身になって治してくれるはず。

信頼のイメージ(*イラスト:wksさん)

(*イラスト:wksさん)

こういうのを世間では信頼関係というのだろう。このような不測の事態が起きたときに、迷わず行ける場所があるというのは、本当に心強いものだ。

奥歯に穴が開いてしまったかいがあったというもの・・・。って言うのは何か違う気がするが、長い治療で培われた信頼関係が背中を後押してくれ、ためらうことなく歯医者の自動ドアを開けた。

10、厄介な顔の傷

事故が起きてから今日で3日目。顔の腫れは引いたが、強く打った頬のあたりは、まだ少しうっすらと殴られたような青いアザが残っている。

それは気にしなければ気が付かない程度だが、頬の縫った場所はそのままだと傷が目立つので、バンソウコウを張って目立たなくしている。まだ痛々しさが少し残る顔になるが、まあそんなに深刻に感じるほどではないだろう。

顔に怪我のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

ちょっと遠慮気味に歯医者へ入ると、受付には見覚えのある女性が座っていた。そう、以前、私の顔に誤って治療用の水を噴射し、不謹慎にも笑い転げていた女性だ。

その女性に、「前歯が折れてしまったので、診てもらいたいのですが・・・。」と、深刻な面持ちで告げると、少し痛々しさが残る私の顔をまじまじと眺めながら、遠慮気味に「どういった状況で歯が折れたのでしょうか?」と聞いてきた。

今回は虫歯の時のような後ろめたさがない分、説明はしやすい。「その~、スキーに行って、うんぬん。」と簡単に説明したら、「それは災難でしたね・・・」と、さっきまでの神妙な面持ちから少し顔の表情が緩んでいた。

全く人事だと思って・・・。でも、あまり深刻な顔をされても、それはそれで困ってしまうので、まあこういった対応の方がありがたかったりする。

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ちょうど今日は空いているようで、すぐに診察室に入るように言われた。そして今度は先生と久しぶりの対面。顔にあざがあっても長く通った患者の事は覚えていてくれ、「あれ、どうしたの?事故にでも遭ったの?」と驚いていた。

さすがにこの顔と、前回からの期間の短さから、「この前、虫歯を全部治したというのに、また懲りずに虫歯をこしらえてきたな!」とは思わなかったようだ。

診察が始まると、また「スキーに行って、うんぬん。」と、説明をしなければならなかった。

スキーで事故のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

顔という目立つところに怪我をしているので、日常でもあいさつ代わりといった感じで、「どうしたの?」と、本当によく聞かれる。

最初のうちは、まあしょうがないといった感じで、丁寧に事情を説明をしていたのだが、何度も同じ説明をしていると、段々と面倒になってくるというもの。

一番簡潔に「スキーに行って、友人とぶつかってしまった。」と言っても、決まって「なんでそうなるの?」と尋ね返されるので、話が続いてしまう。

まあ普通ではありえないことなので、そう聞きたい気持ちはわかるが、大雪の日に上級コースに行ったら吹雪となってしまい、遭難しかけて、命からがらで斜面を下りていたら・・・と状況を分かりやすく説明しようとすると、話が長くなり、話し終わるとどっと疲れを感じる。

起こったことを1分30秒のVTRにまとめておき、人に聞かれたらそれを見せれば楽だな・・・と、何度思ったことか。

面倒に説明するイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

そもそもとして、大立ち回りをしての名誉の負傷ならまだしも、不意にぶつかられ、そのまま気絶していたという話では、私が活躍する場面がなく、話していて面白くない。

それに私のことを心底心配してくれていると思えば、話すほうとしても話しがいがあるというものだが、ほとんどの人はそこまで心配している様子ではなく、「またあいつは何か面白いことをしでかしたのだろう」「変なことばかりするやつだけど、今度は何をした」といった興味本位で、目をキラキラさせながら聞いてくるのだ。

口ではいかにも心配そうな言葉をならべても、その野次馬根性丸出しの目は何なに? 他人の不幸は蜜の味といったうれしそうな表情をしながら耳を傾けられても、脱力感が増すというもの。

そのうち特に知り合いでもないような人には、それ以上突っ込ませないためにも「ちょっと元気よく喧嘩しましてね。うん、まあ、ちょっと・・・」と言って済ましていた。これだと、「あっ、そうですか」と簡潔に終わってくれる。

喧嘩するイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

11、あっけない治療

治療が始まった。先生が前歯の状態を確認すると、「あ~、完全に両方とも折れっちゃっているね。これは酷い。とんだ災難でしたね。」と言い、続けて「歯の状態を詳しく知りたいので、レントゲンを撮りましょう。」と言い、すぐレントゲン写真を撮ることになった。

早速、若い女性の歯科衛生士に連れられ、少し離れた場所にあるレントゲン室でお決まりのレントゲン写真を撮った。

密室となっている暗室に若い男女が二人きり。最初に入った時は、怪しい雰囲気にちょっとときめくような感じがしたのだが、もう何度となくここでレントゲン写真を撮っているし、今日は歯が折れて気持ちがへこんでいるので、ときめくような感じが全くしなかった。

レントゲンを見ながら説明するイメージ(*イラスト:浅水シマさん)

(*イラスト:浅水シマさん)

撮り終わった後、診察椅子でしばらく待っていると、レントゲン写真が出来上がり、その後、先生もやってきた。

そして難しい顔をしながら、ジッとレントゲン写真を見始めた。うっ・・・。何かまずい雰囲気・・・。もしかして、えらいことになってしまっているのか・・・。不安のボルテージが上がっていく。

息が詰まる思いで先生の説明を聞くと、「診察した感じと、レントゲン写真を見る限りでは、幸いな事に神経の方までダメージはいっていないようです。多分、歯自体は生きていていると思います。もしこれが神経まで損傷し、神経が駄目になっていたのなら、今はなんともなくても、そのうち歯の根元が腐っていき、最終的には抜けてしまうことになります。」とのこと。

よかった・・・。そんな恐ろしいことになっていなくて。不幸中の幸いというのだろうか。止まりそうだった呼吸が元に戻っていく・・・。でも、真剣な顔でそんな恐ろしい話をされると、背筋がぞくっとしてしまう。

そういえば以前、虫歯で前歯の裏側を削った事があったけど、ちょうどその場所から前歯が折れている。もし削っていなければ、歯の根元から折れていたという可能性もあるな。

仮に折れなかったとしても、強い衝撃によって神経が駄目になっていたかもしれない。もしかして虫歯になったことが幸いしたのか・・・。

そう考えると、人生、何がどこでどう結びつくか分からないものだな。なにやら暗い闇の中に、一筋の光が差し込んでくるように感じる。

希望の光のイメージ(*イラスト:乙姫の花笠さん)

(*イラスト:乙姫の花笠さん)

「とりあえず今日は、折れた部分を補修してみることにします。うまくいくかは分かりませんが、折れた部分の先にプラスチックの素材を引っ付けます。」と先生は言い、再び診察椅子が倒された。

まずは麻酔を打って・・・となるのかと思ったら、麻酔を打たず、折れた部分を少し荒く削って引っ付きやすくし、その部分にプラスチックのようなものを継ぎ足していった。

結合には強力な接着剤のようなものを使うようで、その刺激臭がとても強烈だった。その刺激臭で「うっ」とむせかえりそうになったことがきつかったぐらいで、治療はたいして時間もかからず終わった。

接着剤のイメージ(*イラスト:Patchさん)

(*イラスト:Patchさん)

今日の治療では麻酔をたくさん打たれて、涙目になるようなしんどい治療があって・・・と、辛く厳しい治療を覚悟していたのだが、あっけなかったな。

「しばらく硬いものを噛まないで下さい。そのうち引っ付くと思います。でも強い力を加えないでください。」と、治療が終わった時に先生が言っていたので、それさえ気をつけておけば、そのうち継ぎ足した部分が頑丈にくっつくのかな。

或いは歯石のような感じで、石灰化しながら歯の一部になってしまうとか・・・。よくわからないけど、きっと最近の技術はすさまじく進歩し、強力な接着剤で歯も簡単に継ぎ足せる時代になったんだろう。いい時代になったものだ。

技術革新のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

もっと深刻な事になり、これから長く続く治療過程を説明され、絶望的な気持ちになるだろうな・・・と覚悟していたのに、がっかりだ。いや、いや。痛い思いをせずに済んで、よかった、よかった。

本当に最近の科学の進歩は凄い。世の中がどんどんと便利になっていくな。日本の技術力、万歳。いい様に解釈しながら家に帰った。

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