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旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-5 差し歯になる前歯(前編)

1999年2月

結局、折れた前歯は差し歯として治療することになり、まずは今後の治療について説明がありました。(*第2章は全16ページ)

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14、最後通告

自動ドアを開けるイメージ(*イラスト:海辺のあひるさん)

(*イラスト:海辺のあひるさん)

前歯がないのはやはり不便だ。なにより社会人としてみっともない。と、休みの土曜日に予約を入れ、約2週間ぶりに歯医者の自動ドアを開けた。

診察を受けると、先生に「やはり駄目でしたか。」と言われ、「差し歯にするしかないですね。」と、二言目に言われた。

差し歯か~。その覚悟はしていたが、実際に面と向かって言われると、「もうそれしか手段がないのか・・・」と、最後通告を受けたような気分で、その言葉が胸にグサッと付き刺さる。なかなか憂鬱な展開だ。

言葉が刺さるイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

この歯医者に通うきっかけとなった右上の奥歯は、あまりに虫歯が酷かったので、いきなり差し歯になってしまった。

差し歯に縁のない人からしてみれば、差し歯になったら日常生活で何かしら不便をするのではないか・・・と思うかもしれないが、そんなことはない。実際に差し歯で1年半以上生活していて、今のところ日々の暮らしで違和感を感じたり、困ったり、不便を感じるような場面はない。

一度装着してしまえば自分の歯と同じような感じで使ったり、ケアをできるのが差し歯で、日々の手入れが必要な入れ歯との大きな違いになる。

差し歯をしているイメージ(*イラスト:hozuさん)

(*イラスト:hozuさん)

なので、差し歯はとても便利で、人類にとって頼もしい存在であるということは理解しているし、差し歯を付けること自体にはあまり抵抗がない。

でも、それが前歯の差し歯となると、ちょっと考えてしまうのだ。なにせ他人からよく見える場所なので、いかにも差し歯といった感じがするとみっともない。

それに、前歯は口の中でも一番最前線の防御壁を担っている。最前線を守る兵隊がふにゃっとした感じの差し歯では頼りがない。

例えるなら金属の盾から木製の盾にレベルダウンするようなもの。ちょっと強めの攻撃を食らったら一撃で粉砕してしまいそう・・・。

木製の盾のイメージ(*イラスト:ありなか本舗さん)

(*イラスト:ありなか本舗さん)

日常の生活においても、前歯という場所柄、差し歯が取れないようにとか、差し歯をいたわりながら物を食べたりしなければならないとか、普段の生活で気苦労が増えるのではないか。

それとともに、奥歯を差し歯にする時には、治療に4か月もの時間がかかった。またそれぐらいの期間、いや、今回は前歯2本なので、それ以上長い期間通わなければならないのでは・・・。ネガティブなことが次から次へと頭をよぎっていく。

かといって、前回のような継ぎ足すような治療をしたとしても、また取れて・・・と同じ事の繰り返しになるし、前歯がないと色々な場面で不便するというのは、ここ2週間の実体験ではっきりしている。

このままの状態でほっておいてもいいことはないし、他に選択肢もなさそうだ。今更グダグダと悩んでいてもしょうがない。覚悟を決め、さっさと差し歯にしてもらおう。

15、差し歯になる前歯

「分かりました。差し歯で構いません。治療をお願いします。」と答えると、これからの治療の説明が始まった。

今回は言葉で説明するの難しいのか、私があまりにも不安そうな顔をしていたからなのか、丁寧にホワイトボードに図を書いて説明してくれた。

治療の説明の写真

差し歯にするのにあたって、半分に折れた歯がもったいないけど、それを土台の形に削り、そこにさし歯を差すとのこと。今日の治療で早速前歯を削り、しばらくは神経の様子をみながら治療を進めていき、問題がなくなれば差し歯を取り付けるとのこと。

治療期間に関しては、これは前歯の神経の状態によるので、現時点では具体的にどれくらいで差し歯が取り付けられるか、いつ治療が終わるかと、はっきりと言うことができなく、早ければ2カ月ぐらいで終わり、長いと半年ぐらいかかるかもしれないとのことだった。

また長く通わなければならないのか・・・。しかも神経の状況次第といった終わりの見通しが立たないパターンか・・・。って、また憂鬱だったあれをやらなければならないのか。

説明を聞くイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

心配になって先生に、「前回の時のように、10日に一回といった感じで、神経の消毒に通うことになるのですか?」と尋ねると、「今回は神経を取り除くわけではないので、前回のような定期的な消毒はないのですが、神経がどう転ぶのか、まだ現時点ではよくわからないので、経過観察のような形で通うことになります。もし神経を取るようなこととなってしまった場合には、今おっしゃったように消毒に通ってもらうことになると思います。」とのこと。

よかった。あの通うのが憂鬱だった3分消毒をしなくてもいい。10日に一回歯医者を訪れ、神経部分にちょこちょこ消毒液を塗り、その日の治療は完了。治療自体は短く、痛かったり、辛い場面はないのだが、そのちょこっとした作業のためだけに、わざわざ歯医者にやって来るのが、非常に億劫だった。

しかも、「今週は忙しいから来週・・・」「今日は面倒だからまた今度来ます・・・」などと先送りにしたら、サボったバツみたいな感じで神経が膿んでしまうかもしれない・・・といった変なプレッシャーがあり、私にとっては忍耐の治療、いや、自分の根性が試されている修行のような治療体験だった。

忍耐の修行のイメージ(*イラスト:からんなさん)

(*イラスト:からんなさん)

今回はその治療がないという点では安心した。でも、神経が悪くなったらその限りではないようなので、これ以上神経が悪化しないよう祈るしかない。

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「もう質問はありませんか?」と聞かれ、「はい」と答えると、ホワイトボードが片付けられ、「では、今日は前歯を削っていきます。まずは麻酔を打ちますので、椅子を倒します。」と、診察椅子が倒された。

また長く、辛い治療が始まっていく。そして日常生活に歯医者がある日々を送らなければならない・・・。椅子がゆっくりと倒れていく間、そういったマイナスの思いが頭の中で渦巻いていた。

でも、前回の1年半にも渡る通院の時は、通うことは確かに面倒だったが、治療に関してはそこまで苦痛に感じなく、今ではちゃんと歯が治ったこともあって、まま、いい思い出になっていたりする。

なので、辛い治療が始まるという気持ちと同時に、これからどんな治療が待ち受けているのだろう・・・。未知の土地へ旅立つ時の不安と期待が混じった感覚とでもいうのだろうか。新たな歯医者生活が始まることに、ちょっとだけ期待感を持っている自分もいた。

不安な旅立ちのイメージ(*イラスト:ヒューさんさん)

(*イラスト:ヒューさんさん)

16、恐怖の麻酔

椅子が倒されると、まずは麻酔注射のための麻酔・・・というと、へんな表現だが、歯茎の表面を痺れさせ、針を刺した時の痛みを軽減するためのパッチを、注射の針を差す場所に当てる。

何も考えずいつものように大きく口を開けて待っていたら、先生が「口を閉じたままにしてください」と、笑いながら言ってきた。

口を開けるイメージ(*イラスト:レウランさん)

(*イラスト:レウランさん)

「ん?」一瞬戸惑ってしまったが、「あっ、そうか」と、すぐに理解した。今回は患部が前歯なので、口を大きく開ける必要がない。なんと間抜けな展開だ。照れ笑いをして誤魔化すしかない。

そのパッチは前歯の生え際というか、歯茎の部分ではなく、更にその上、唇の付け根というのか、鼻の穴の直下付近に置かれ、その状態で一分ほど待った。

歯科模型のイメージ(*イラスト:sommeilさん)

(*写真:sommeilさん)

前歯の場合は変なところに麻酔を打つんだな・・・。いや、以前、前歯の虫歯の治療をした時は、歯の生え際付近の歯茎に打ったはず。

今日は前歯2本と削る量が多いから、こんな根元の部分に打つのだろうか。よくはわからないが、今回のように根元に打った方がよく麻酔が効き、効果も広く効き渡りそうではある。

今まで経験したことのない場所に麻酔を打つことに一抹の不安を感じたものの、今まで打ってきた麻酔はどれも苦痛に感じるような痛さではなかった。

所詮は注射。どこに打たれようが、「ちょっと痛い」か、「まあまあ痛い」か、「そんなに痛くない」といった程度の差。一瞬のことだし、気にするほどのことではない。それよりも麻酔がしっかりと効いてくれることの方が大事だ。

麻酔注射のイメージ(*イラスト:カフェラテさん)

(*イラスト:カフェラテさん)

パッチが外され、いよいよ本番。「ちょっと痛いですけど、我慢してください」と先生が言い、大きく唇がめくられた。前歯だと口を開けなくていいから、麻酔を打つのも楽チンだな・・・。吞気にそんなことを思っているところで、ブズッと針が歯茎に刺さった。

その瞬間、不覚ながら「う、ぎゃ~」と、大きな声が出てしまった。今までの治療で何本も口の中に麻酔注射を打ってきたが、今回の注射の痛さは次元が違った。

麻酔を打ったのは歯茎の一番付け根の辺りで、ちょうど鼻の穴の下あたりになる。ここは鼻腔とつながっていて、針を刺した痛さは鼻を強く打った時とか、きつい刺激を嗅いだ時に意識が遠のくような感覚に似ていて、我慢できる痛さ・・・、いや、もはや痛さを超越し、電気ショックといった類のものだった。

歯医者で泣く子供のイメージ(*イラスト:とりほさん)

(*イラスト:とりほさん)

麻酔を打った後も、鼻の奥のツーンとした感触がしばらく続き、目から涙がボロボロ出てくる。麻酔を打った後に涙を流している様子は、なんだか絵に書いたような歯医者嫌いの小学生みたい・・・。

治療をしているのは大きな診察室で、他に4つの診察椅子があり、それぞれ患者が診察を受けている。いい歳した大人が麻酔の注射で大きな声を上げたのもみっともないが、診察椅子で涙を流している様子もまたみっともない。

これは痛くて泣いているんじゃないからね・・・。歯が削られていく心の涙ってやつ。そう心の中で一生懸命言い訳し、周囲の視線を気にしつつ、平常を取り繕っていた。

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麻酔が効くまでしばらく時間がかかるということで、先生は他の患者の治療へ行ってしまった。

診察椅子でボーと待っていると、前歯の歯茎にまだじんじんとした感触があり、鼻の奥というか、目の奥の辺りもまだヒクヒクしている。

それにしても痛かったな・・・。今まで治療のため一通り歯茎に麻酔を打ってきたのだが、今回の痛さは迷うことなく最強最悪だ。もう二度とあの麻酔は打ちたくはない。たかが麻酔、と油断していたのもあるが、ほんと、意識が飛ぶかと思った・・・。

落ち込むイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

って、まさかこれから診察に訪れる度に、この凶悪な麻酔を打たれるとかないよな・・・。もしそうなら、それは拷問のような苦しみだ。絶対に嫌だぞ。というか、もう歯医者に来たくない・・・。

そうだ。これからは麻酔なしでやってもらおう。あの麻酔は危険過ぎる・・・。って、それはそれでもっと痛いことになってしまうのか・・・。

いや、困った。ほんと、困った。自分の味方だと思っていた麻酔に恐怖感を抱いてしまうと、歯医者に通うのがしんどくなってしまいそう。麻酔の注射が怖くて歯医者に行きたくないという子供が多いそうだが、その気持ちが心底よくわかる。

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