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旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-7 差し歯になる前歯(後編)

1999年2~3月

強烈な麻酔を打った後、前歯を差し歯を差すための土台の形に削っていきました。(*第2章は全16ページ)

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19、我慢の治療

歯を削るイメージ(*イラスト:chittoさん)

(*イラスト:chittoさん)

「それでは削っていきます。くれぐれも動かないでください。」と、前歯を削る治療が始まった。削るといっても、今回は虫歯の部分を削り取るといった単純なものではなく、半分に折れた前歯を差し歯の土台の形に削りだすといった、とても繊細で、難しい作業になる。

大変な治療になると思う反面、先生から見えやすい前歯だし、狭い口の奥へ手を突っ込まなくてもいいので、作業は比較的スムーズに進んでいくような気もする。

治療を受ける患者側としても、思いっきり口を開けたり、喉元に手を突っ込まれることもないので、そんなにしんどい思いをすることもないのではないか。きっと石像のようにじっと動かないでいたら、顔を動かしたくなる前に終わってしまうだろう。

先生は何度も口を酸っぱく「動くな」と言っていたが、ちょっと大袈裟に言い過ぎじゃないの・・・。治療を受ける前はそんな展開を期待していたのだが、実際に治療が始まってみると、それは甘い幻想だった。

人工呼吸のイメージ(*イラスト:みほなさん)

(*イラスト:みほなさん)

通常の治療では、診察椅子のリクライニングが倒され、楽な体勢で治療を受けることができるのだが、今回は前歯を精巧に削らなければならないので、前歯が先生からよく見えるようにと、人工呼吸の時のように大きく頭を後ろにのけ反って治療を受けなければならなく、この体勢が何気にしんどい。

なぜそんなにつらいのか。頭の位置が低くなるので、頭に血が上るような感じになるというのも一つの原因だが、もっと複雑な事情があるので、まず先に歯を削る仕組みについて解説しておこう。

タービンとバキュームのイメージ(*イラスト:poohさん)

(*イラスト:poohさん)

堅い歯を削るには、ドリル、専門的には歯科用エアータービンの先にドリルを取り付けたもので行う。削る際に、キュィーンと高音の不快な音がして、その音を聞くと頭が痛くなるという人も多いと思う。

実はこの音はモーター音ではない。正式名がエアータービンと名付けられているように、コンプレッサーから圧縮空気が送られ、ヘッド部分に取り付けられているタービンのローター(回転羽根)が高速で回転し、その力でドリルを回す仕組みになっている。

このローターが高速で回転する音が耳障りに感じる高周波になる。また治療中に「プシュー」と空気が抜けるような音が時々するのも、エアーコンプレッサーからの圧縮空気を動力源としているからである。

タービンで歯を削るイメージ(*イラスト:りこぱんさん)

(*イラスト:りこぱんさん)

歯を削ったことがある人はすぐ思い当たると思うが、ドリルで歯を削るときは、必ず水を吹きかけながら削っている。

この水は何のためにかけているかというと、歯を削る際に出る摩擦熱を冷やすため。歯科用タービンは堅い歯をきれいに削るために、1分間に何十万回転という超高速で回転する。

この超高回転で回るドリルが堅い歯とこすれ合うと、歯が削れるのはもちろんだが、凄い摩擦熱も生じる。この熱で歯の神経を痛めてしまうことになるので、それを軽減させるために水をかけて摩擦を減らしたり、冷やしたりしている。

その他、解体工事の時に埃が舞い上がらないように水をかけているが、それと同じように歯の細かい破片が飛び散らないようにといった事もあるようだ。

歯を削る治療のイメージ(*イラスト:改築工房さん)

(*イラスト:改築工房さん)

この水をかけ続けると、どんどん口の中に溜まっていき、いずれ口から溢れ出てしまう・・・ってことはまずないけど、まあ喉元に溜まることになる。

それを防ぐために、同時にバキュームという吸引器で、掃除機のように削った歯の破片とともにその水を吸引していくのだが、全部を回収するのは無理で、どうしても喉元に自分の唾液とともに少しずつ溜まっていく。

この喉元に溜まった水もバキュームで時々吸引してくれるのだが、治療が一段落した時とか、係の人が気が付いたときに行うので、自分がして欲しいタイミングでやってもらえるわけではない。結構な量の水が溜まったり、歯の破片が落ちてきてチクチクと喉に当たっていると、呼吸が苦しく感じる。

いっその事、飲み込んでしまうという手もあるが、歯の破片が混じっていることもあるし、あまりきれいとは言えないので、できればあまり飲み込みたくない。それに飲み込むと、その時にどうしても口が動いてしまい、歯を削っている先生の手元が狂ってしまうかもしれない。なので、いつも溜まったままの状態で我慢している。

歯を治療するイメージ(*イラスト:まんもすさん)

(*イラスト:まんもすさん)

で、今回の治療では、この喉の奥に溜まる水に苦しんだ。前歯を2本、同じような形で削らなければならないので、それなりの精度が求められる。

なので、削るのも、ちょっとずつ削りながらバランスを見るといった感じになるので、どうしても治療時間が長くかかり、その分、溜まる水も多くなってしまう。

前歯という場所柄というのもあるようで、明らかに奥歯を削る時よりも溜まるのが早く感じる。滝のように前歯から水が喉元に落下してくる・・・というのは言い過ぎだが、ポタポタと落ちてくる感じだ。

頭を後ろに大きくのけ反っているという体勢もよくない。喉に溜まった水が、下手したら鼻に逆流してきそうになり、鼻の奥の辺りがムズムズしてしょうがない。息が苦しいうえに、これを耐えるのがなかなかきつい。

くしゃみを我慢するイメージ(*イラスト:NORIMAさん)

(*イラスト:NORIMAさん)

なにより、とても繊細な作業をしているので、作業中は絶対動かないよう、先生から何度も念を押されている。もし失敗したら差し歯をさせなくなるかもしれない、とまで、脅されている。

鼻がムズムズして、突然くしゃみをしてしまったり、喉が苦してくて、突然むせかえったりすると、先生の手元が狂い、最悪の事態になってしまいかねない。そのプレッシャーとも戦わなければならなかった。

そんな不幸な展開には絶対にならないぞ。何が何でも耐えてやる。でも我慢できなくなったら・・・、あっ、そうだ。手を挙げるんだったな。最初の注意事項を思い出した。んっ、あっ、なるほど。だから説明の時にくしゃみをする場合などといった変な例えがあったんだ・・・。

いくら何でも治療中にそんなコントのような事が起きるわけがない。私の気持ちをほぐすために冗談で言っているのだと思っていたのだが、この状況から考えるに、結構現実的にあり得る話になりそうだ。

コントのイメージ(*イラスト:どんこさん)

(*イラスト:どんこさん)

人工呼吸の体勢は気道確保には向いているかもしれないが、歯医者の治療には向いていないんだな・・・。というより、気道内に水が入り、くしゃみが出そうになって、かなり危険。この事実を知っている人はなかなかいないだろう。と、新しい発見にニンマリ・・・している余裕はない。

コントのような話はコントだから笑えるのであって、実際にコントのようなことが自分の身に起きてしまうと、全く笑えない。笑えないどころか、やるせなさで立ち直れなくなる。そうならないためにも、治療が終わるまで気持ちの集中を切らさないようにしよう。

20、小さく削られた前歯

苦しみに耐えるイメージ(*イラスト:poosanさん)

(*イラスト:poosanさん)

削り始めてから、もう10分以上たった。結構苦しい・・・、早く終わらせて・・・と、心の中で思いながら耐えていた。きっと治療を受けている私の顔は様々な苦痛で歪んでいることだろう。

そんな私の表情を読み取って、先生も手短にぱっぱと済ませて・・・と言うわけにもいかない。歯の中でも特に大事な前歯なので、失敗が殊更許されない。しかも虫歯と違って、こういう治療を行う機会はあまりなく、後で聞くと、先生の方もあまり余裕がない状態だったようだ。

「早く終わってくれ・・・」「いつ終わるの・・・」「そろそろ限界・・・」と、涙目になりながらジッと耐えていると、ようやく「終わりました。長い間お疲れさまでした。口をゆすいでください。」と声をかけられ、診察椅子が起こされた。長かった・・・。そして、苦しかった・・・。

うがいをするイメージ(*イラスト:改築工房さん)

(*イラスト:改築工房さん)

麻酔が効いているので、痛さなどといった感覚はないものの、臭いの感覚までは消すことはできない。口の中は歯を削った嫌な臭いが充満していて、非常に気持ち悪い。

診察椅子は安全のため、ゆっくりと起き上がるようになっているが、そんな悠長に待てない。自分の腹筋を使って起き上がり、すぐに備え付けの水場で何度もうがいを行った。

そして、うがいをした後に舌で前歯を触ってみると、半分に折れてしまったとはいえ、今までそこにあった前歯がなくなり、いや、ちゃんとある。あるのだが、何か付いているというか、何か引っかかりがあるというような、申し訳程度の大きさになっていた。

まさかこんなに小さくなっているとは思っていなかったので、ビックリ。そして、こんなに小さくしてしまって大丈夫なの?と、不安な気持ちで顔が青ざめていく。

顔が青ざめるイメージ(*イラスト:ウィスパさん)

(*イラスト:ウィスパさん)

すぐに先生の説明があり、「うまい具合に削ることができました。何も被せず、しばらくこの状態で様子をみます。多分沁みたりすることはないと思いますが、なるべく使ったり、刺激を与えないようにしてください。次回は一週間ほど開けてから来院してください。もしその間に痛みとか、変色とか、何か歯に異常を感じたらすぐに来てください。すぐに処置をしないと大変なことになりますので、異変があったら必ずすぐに来てください。」と告げられ、治療が終わった。

小さく削り過ぎたというわけではないんだな・・・。まあ、何も被せず、この状態で普通に過ごせるということなら、この大きさで何も問題ないという事か・・・。その点では安心したが、自分の歯がどんな状態になっているのか、実際に見ることができないので、やっぱり不安なことには変わりない。

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結局、この日は治療が長引き、歯医者を訪れてから、最後受付で料金を払い、次回の予約を入れて歯医者を出るまで、2時間以上もかかった。歯医者の滞在の最長記録更新になる。

いや~、長い治療だった。外の太陽がまぶしく感じる・・・。それとともに歯医者から出ると、開放感が凄まじい。そしてどっと疲れが出てくる。

まぶしい日差しのイメージ(*イラスト:hickさん)

(*イラスト:hickさん)

そのまま真っすぐ家に帰ると、真っ先に向かったのが洗面所の鏡の前。すぐに鏡へ向かい、いぃ~と口を開けて見てみると、まるでおもちゃのような前歯がついているといった感じ。なんともみすぼらしい姿になってしまって・・・。見ていると切なくなってくる。

随分と小さく削られてしまったけど、本当にこれで大丈夫なのだろうか。差し歯を差すのならもっと大きいほうがいいのでは・・・。何も被せずこの状態のままで過ごして大丈夫なのだろうか。何か別の問題が発生したりしないのだろうか。色々と不安が募るのだが、考えてもしょうがない。

とりあえず笑うと今まで以上にみっともない顔になるので、差し歯を取り付けるまでは人前で笑わない男になろう・・・。

笑わないイメージ(*イラスト:もものこ。さん)

(*イラスト:もものこ。さん)

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