旅人の歯医者日記タイトル
旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-13 親知らずの抜歯

1999年8月~9月

激痛の原因となっていると思われる親知らずを抜いてもらうことにしました。(*第2章は全16ページ)

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34、狐につままれる

歯医者のイメージ(*イラスト:Cranberryさん)

(*イラスト:Cranberryさん)

冷や汗をかきながらなんとか歯医者にたどり着き、久しぶりに歯医者の自動ドアを開けた。最後の治療が終わってから約2ヵ月ぶりになる。

今まで何度も開けたこの扉だったが、今回ほど必死で開けた事はない。受付の人に「予約していませんが、歯が痛くてたまらないので診てください。」と頼むと、私の青ざめた顔を見て重傷だと思ったのか、朝一で空きがあったのか、すぐに診察室に通してくれた。

歯痛のイメージ(*イラスト:ウィスパさん)

(*イラスト:ウィスパさん)

何とかここまでたどり着いた。もう安心だ。診察椅子に座ると、安堵感からか歯の痛みが少し和らいできた。よかった・・・。どうやら症状が落ち着いてきたようだ。

予約なしの飛び入りなので、他の患者の診察が一区切りつくまで待つことになるのだが、待っている間にも痛みがどんどん引いていく。というより、あれよあれよと痛みが引き、あまり痛さを感じなくなってきた。

さらに時間が経つと、痛さをほぼ感じなくなった。さっきまであれだけ痛かったというのに、口をもぞもぞと動かしても痛くないし、前歯を触ってみても痛くない。

あれれれ、おかしいな。もしかして治ってしまったのか・・・。本来なら喜ばしいことなのだが、会社を休み、朝一番で歯医者に押しかけたというのに、治療を受ける前に痛みが消えてしまっては、なんともやるせない気持ちになる。それに先生に診てもらう時にある程度痛さがないと、体裁が悪すぎる・・・。

どこへ行ってしまったんだ。私の痛み。君がいないと都合が悪いんだよ・・・。と、歯の痛みを探し、診察椅子で一人うろたえている私がいた。

歯痛のイメージ(*イラスト:knot改さん)

(*イラスト:knot改さん)

先生がやって来て、診察が始まった。「どうなさいましたか?」の問いに、「親知らずが生えてきて、前歯が痛くて・・・、歩くのがやっとなぐらい痛くて・・・」どうもさっきまでの痛みがないせいか、説明がうまく言えない。

「じゃ見せてください。」と検診が始まり、すぐに先生が「歯茎が少し張れていますね。」と言い、「少し痛むかもしれません。我慢してください。」と、軽く前歯を鉄の器具で叩いてみるものの、痛くない。「少し強めに叩きます」と、もう少し強めに叩いてみたが、歯に響くだけで全然痛さを感じない。

さっきまであれだけ痛かったというのに・・・。家を出る前に歯を磨いたときは、歯ブラシが歯に触れるだけで激痛が走っていたんだぞ。それが叩いても痛くないなんて・・・。こんなことってあるの。狐につままれるとはこういうことを言うのだろう。

狐につままれるイメージ(*イラスト:はちさん)

(*イラスト:はちさん)

ここはさっきまでの再現として大げさに痛がってみようか。そのほうが先生にも状況が分かりやすいだろう。そう思ったものの、みっともないのでやめた。

しかし、一体どうなっているんだ。こんな不思議なことってあるのか。さっきまであんなに痛く、歩くのがやっとだったんだぞ。病は気からというが、歯医者に来たという安心感から歯痛も治ってしまうものなのか。

いや、もしかしたらこの先生は、自身から発するオーラで患者の病をも治してしまうといったもの凄い名医だったとか。これが神通力とか、法力というような見えざる力だったりして・・・。

そんなことを思いながら先生を見ると、後ろに御光が光っているような気が・・・。あっ、いや、隣の診察台の照明がこっちを向いているだけか・・・。

後光が光る大仏様のイメージ(*イラスト:でおさん)

(*イラスト:でおさん)

その後レントゲンを撮ったものの、先生は前歯が単独で炎症しているのか、親知らずの為に炎症しているのか、判断に迷っているようだった。

こうなったら歯が痛くて大変な思いをした経緯を一生懸命説明するしかない。こう毎朝激しい痛みが起きるのはたまらないし、仕事や生活に支障が出てしまう。いや、もう既に支障をきたしている。素人判断かもしれないけど、自分の病気は自分が一番わかるんだ。

考え込んでいる先生に、「親知らずを抜いてください」とこっちから頼んだ。先生も納得したらしく、「分かりました。では何時抜きますか?」と聞いてきた。

えっ、今抜いてくれないの・・・。思わず口に出そうになったが、冷静に「今日だとダメなのですか?」と返答すると、先生は「どうしても今日をご希望なら抜きますが・・・」と、どうも歯切れが悪い。

考えるイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

今日だと何かまずいのだろうか。この歯を抜くことは先生の治療方針に反し、気が進まないのだろうか。もう少し様子を見たいのだろうか。単に朝一の飛び込みでやってきたのに、抜歯なんて面倒なことを朝からやらせるなとか、他の患者の治療で忙しいのに・・・と思ってのことだろうか。

そのへんの事情はよくわからないが、今朝の激痛や前日の痛さを考えると、遠慮している場合ではない。それに今日は会社を休んでまで歯医者に来たのだ。手ぶらで帰るわけにはいかない。何よりまた歯医者へやって来るのは億劫だ。「今すぐ抜いてください。」とお願いした。

35、親知らずの抜歯

抜歯することを渋っていた先生だったが、私の熱意に負けたのか、「わかりました。今から親知らずの抜歯を行います。」と言い、親知らずを抜く準備を始めた。

麻酔注射のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

まずは定番の麻酔。久しぶりの麻酔になるが、前歯に打つ麻酔に比べると奥歯に打つ麻酔は気持ちいい・・・わけはないが、差し歯の治療の時に気絶しそうになるぐらい強烈な麻酔を前歯に何度も打たれたので、この程度の痛みは気合のビンタみたいなもの。心地よく感じる。

麻酔を打った後は、先生は「麻酔が効くまでしばらくお待ちください。抜歯を行うには時間がかかるので、先に他の患者の治療を済ませてしまいます。少し待つことになりますが、ご了承ください。」と、他の患者の診察に向かった。当たり前だが、飛び入りでやって来た私の相手ばかりをしていられない。

で、しばらく椅子で待つことになるのだが、この中途半端に時間を持て余すというか、無駄に考えることのある時間というのは嫌なものだ。これからの診察のことばかりを考えてしまうので、不安な気持ちで心が埋め尽くされていく。

不安な表情のイメージ(*イラスト:TANABOTAさん)

(*イラスト:TANABOTAさん)

抜歯か~。差し歯にするために歯を思いっきり小さく削ったことは2度あるが、歯を抜くというのは今回が初めだ。

ここ数年で色んな治療を経験し、数多くの辛く痛い治療にも耐えてきたので、歯医者治療の経験値はそれなりに積みあがっている。ベテランクラスまでいかないにしても、少なくとも初心者よりはかなり上、中級者の一歩手前といったところだろうか。

そこそこの経験値があるので、もう歯医者の治療に関しては少々のことなら大丈夫。抜歯も大したことないだろう・・・などと、高をくくって即決してしまったが、よく考えれば歯を抜くって大変なことだよな。

抜歯のイメージ(*イラスト:浅水シマさん)

(*イラスト:浅水シマさん)

歯を削るのはドリルでガリガリと削ればいいのだが、正常な歯を抜く場合はどうやって抜くんだ。乳歯から永久歯への生え変わりの時は、グラグラしている歯でもなかなか抜けてくれなくて苦労した覚えがある。それが頑丈に生えている歯の場合だと、そう簡単に抜けるはずがない。というか、簡単に抜けるようでは困る。

よく親知らずを抜いてもらったとか、歯医者で抜歯してもらったなどと人から聞くが、ある程度歯を削って壊し、最終的にペンチで取り除くといった感じになるのだろうか。

そういえば・・・、だいぶん前に友人が親知らずを抜いたと言っていたな。その頃は歯医者とは無縁の生活をしていたし、親知らずも生えていなかったので、興味はなく聞き流してしまった。今思えば、しっかりと話を聞いておけばよかった・・・。

確かあの時・・・、ペンチみたいなものでぐりぐりと抜いてもらい、大変だったとか、痛かったって言っていたような気がする・・・。そんなバカな・・・。話を盛り過ぎ・・・と、笑いながら受け流したが、もしかして本当にそんな力任せに歯を抜くのか・・・。大根じゃあるまいに・・・。

抜歯したイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

いやいや、普通に頑丈に生えている歯が、ペンチで引っ張ったぐらいで簡単に抜けるとは思えない。歯茎を切開して、抜けやすくした後にペンチで抜くとか・・・。う~ん、それも口の中が血だらけになって嫌だぞ・・・。

親知らずを抜いてしまえば全て解決するとばかりに、「親知らずを抜いてください。」と言ったものの、冷静になって考えると、とんでもなく難治療になりそうな気がしてきた。それで先生も渋っていたのではないか・・・。そう考えると不安がとめどもなく大きくなっていく。

36、張子の虎

しばらく待っていると、他の患者の治療を済ませた先生が戻ってきた。そして、「では、親知らずの抜歯を行います。ペンチのような器具で引っ張って歯を抜きますので、ちょっと辛いかもしれませんが、しばらくの間、我慢してください。」と、ペンチみたいなものを用意し始めた。

おい、やっぱりペンチを使って引き抜くんだ・・・。実際に宣告され、ペンチを目の当たりにすると顔が引きつってくる。

歯科用ペンチのイメージ(*イラスト:上田 ひろこさん)

(*イラスト:上田 ひろこさん)

しかも使うのはステンレス製の医療用ペンチ。装飾などは一切なく、冷たい金属独特の光を不気味に放っている。まさに歯を抜くためだけに存在しているといった代物。歯を抜かれる直前なので、拷問器具に見えてしまう・・・。

これで歯を抜くのか・・・。麻酔をしているとはいえ、こんなペンチのような器具で無理やり歯を引っこ抜いたら、超絶的に痛いんじゃないの・・・。というより、もはや恐怖そのもの。心臓が高鳴るほど不安が大きくなっていく。

心臓が高鳴るイメージ(*イラスト:たまごんさん)

(*イラスト:たまごんさん)

しかし自分で今すぐ抜いてくださいと言ってしまった手前、うろたえている姿をみせるのもみっともない。大盛無料の定食屋で、張り切って大盛にしてくださいとお願いしたけど、途中でお腹が苦しくなり、残すに残せない心境・・・。いや、事態はもっと深刻だ。

やりたくないが、わざわざ仕事を休んで来たわけだし・・・、また朝起きたら歯が痛いというのも嫌だし・・・、頑張って今日のうちに歯を抜いておこう。でも・・・、痛そうだな・・・。辛そうだな・・・。やっぱり、心の準備をして次回・・・。と、頭の中で色々な事が渦巻き、治療を始める前だというのに冷や汗が出てきた。

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なるようになるしかない。きっと先生に任せておけば大丈夫。案外、辛くなる前に抜けてくれるかもしれない。覚悟を決めて口を大きく開けた。

まずは麻酔が効いているかの確認。もし麻酔が効いていなければ気絶するような痛みとなるので、歯を削るのとは違い慎重に行われた。

奥歯周辺をコツコツと叩いたり、歯肉炎の治療の時のように針で歯茎を差し、「痛くないですか?」と確認してくるのだが、ちゃんと麻酔が効いているようで痛みは感じない。

歯茎に差すイメージ(*イラスト:hatorinaさん)

(*イラスト:hatorinaさん)

麻酔が効いているのを確認した後、ペンチの登場。「それでは始めます。抜くために歯を強くゆすっていきます。すぐ抜けてくれればいいのですが、場合によっては長くなってしまいます。その場合は、ちょっと辛いと思いますが、しばらく我慢してください。」と先生は言い、口の奥にペンチを入れ、親知らずをゆすり始めた。

口を大きく開け、奥歯をゆすられるというのは、思っていた通り、いや、思っていた以上にしんどい。麻酔が効いているので、奥歯に直接痛みを感じることはないが、奥歯にペンチを突っ込まれるので息苦しいし、ペンチで歯を掴んで揺らすときの振動が頭に響くし、大きく口を開けているので顎が外れそうな感覚になる。

大きく口を開けるイメージ(*イラスト:KTKさん)

(*イラスト:KTKさん)

更に、私の場合は厄介なおまけが付いてしまった。奥歯をゆすったことで前歯の神経が刺激されてしまったようで、前歯の痛みが復活してしまったのだ。

部分麻酔なので前歯の痛みは緩和されなく、ペンチが前歯に当たると激痛が走る状態。奥歯を抜いているのに前歯が痛いって・・・、なんか最悪な展開。

先生に、できるだけ前歯に触れないようにとお願いするのだが、これがなかなか無茶な注文のようで、どうしても口の入り口という場所柄、ペンチが当ってしまう。

それに前歯に当たらないように配慮すれば、ペンチを握る手に力がうまく入らないようで、歯を強くゆするときにペンチが滑って歯から外れることが多くなった。

悪戦苦闘する先生も大変だが、耐え続ける方も大変。早く抜けてくれ・・・と願うのだが、なかなか抜けてくれない。

「丈夫に生えている歯でなかなか抜けませんね・・・。とても立派な歯です。」と、先生は言い訳のように私の歯の丈夫さを褒めてくれるが、この状況ではちっともうれしくない・・・。

バツが悪いイメージ(*イラスト:ぽにーさん)

(*イラスト:ぽにーさん)

治療が始まって5分以上がたった。さっきからずっとペンチで親知らずをつかんで、左右に引っ張っているのだが、なかなか歯が抜けてくれない。

時間が経つとともに別の問題も浮上。頭が固定されていないから、先生が歯をペンチで掴んで強く左右に引っ張ると、どうしても頭が右に、左に引っ張られ、振り子のトラのように頭が動いてしまう。

それがさっきから長く続いているものだから、なんだかグルグルと目が回ってきたりして・・・。頭がボーとするというか、気持ちが悪くなってきた。まるで車酔いのよう・・・。

張子の虎のイメージ(*イラスト:メジマキさん)

(*イラスト:メジマキさん)

前歯に当たらないようにと悪戦苦闘していた先生だったが、口を思いっきり広げ、横から力を入れる感じでやるとうまく力が加わるようになった。これだと歯をしっかりとつかめ、強くゆすることができる。

この調子ならもう少しで抜けそう・・・。とはいえ、これも結構しんどい。口の大きさいっぱいにペンチを動かすから、口が裂けそう。唇の付け根がピリピリと痛い。本当に裂けてしまっているのではないだろうか・・・。

そういった状態で更に5分ぐらい耐えると、ようやく奥歯から「ぐきっ」と鈍い音がした。麻酔をしているので詳しい状況は分からないが、どうやら無事に歯が抜けたようだ。

先生が「お疲れさまでした。歯が抜けました」と知らされると、やっと終わった・・・と、ホッと一息。長かった・・・。そして辛かった・・・。終わってみると、先生も私も額には汗をたっぷりかいていた。

親知らずの抜歯のイメージ(*イラスト:もんちゃんさん)

(*イラスト:もんちゃんさん)

歯を抜いた場所にはすぐに化膿止めの薬を詰め、止血のために脱脂綿をぎゅっと噛むように言われた。抜いた歯を見せてもらうと、ちゃんと虫歯になっていた。斜めに生えていたので、歯ブラシが届きにくかったし、いずれ抜くかも・・・と、幾分手を抜いて歯磨きをしていたので、まあこれはしょうがない。

私が興味深そうに見ていたせいか、「抜いた歯はどうしましょう。こちらで処分しますか?」と聞いてきた。

どうしよう。乳歯ならまだしも、親知らずを屋根の上に投げてもいいことはなさそうだな。むしろ「よくも抜いてくれたな!」と祟られるのではないか。毎晩、夢でうなされて、また歯が痛くなりそう・・・。それは勘弁。

土の中に埋めて供養すればいいのかな。首塚ならぬ、歯塚でもつくって供養するか・・・。とも思ったが、やっぱり面倒。病院で処分してくれるようにお願いした。

最後に、血が止まるまでは20~30分かかるので、ずっと止血用の脱脂綿をかんでいること。痛み出したら痛み止めを、食後には化膿止め薬を飲むこと。また、今日はお酒を控え、激しい運動をしないこと。などといった注意を受け、治療は終了。受付で化膿止めや鎮痛剤をもらい歯医者を後にした。

処方箋のイメージ(*イラスト:まーぴーさん)

(*イラスト:まーぴーさん)

今日はひどく体力を使ったな・・・。歯を抜くのがこんなに大変だとは思わなかった。今日は仕事を午前休みではなく、全休にしておいて本当によかった。今から会社へ行く気力はない。

脱脂綿を噛んでいる奥歯にはまだ変な余韻が残っているし、車酔いのようなふらふらした感覚もしている。それに裂けそうなぐらい引っ張られた唇の付け根が少し切れたようでピリピリとして痛い。これが今一番気になっている。後でメンソレータムでも塗っておこう。

いや、ほんと歯を抜くのは大変なことなんだな・・・。できればもうやりたくないな・・・。奥歯の痛痒さを噛みしめながら思ったのだった。

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第2章 折れてしまった前歯
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