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旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-14 雲行きの怪しい展開

1999年8月~9月

親知らずを抜歯したものの、差し歯の神経の状態が芳しくないままでした。(*第2章は全16ページ)

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37、都市伝説

脱脂綿のイメージ(*イラスト:かえるWORKSさん)

(*イラスト:かえるWORKSさん)

親知らずを抜いてもらった後は、何事もなく家に帰った。そしてもう大丈夫だろうと、抜歯した箇所の止血のために噛み続けていた脱脂綿を外した。

先生が言うには、20分程度、強めにぎゅっとガーゼを噛んでいれば、血は自然と止まるとのこと。まれに血が止まらない人もいるとの話で、もしそうなった場合はすぐに来てくださいとも言っていた。

ガーゼを外してみると、少し口の中に血の香りが広がって気持ち悪く感じたが、血はちゃんと止まっている。まずは一安心といったところ。

強くうがいをすると、せっかく固まったかさぶたが剥がれ、また血が出てくる恐れがあると言っていたので、かるく口をゆすいで落ち着くことにした。

しかし・・・、歯を抜いたくぼみから血が噴水のように止まらなくなってしまう様子を想像してしまうと、恐怖そのもの。アニメなどではよくある展開となるが、そんな事が自分に起こったならと想像するだけで、貧血を起こしてしまいそうだ。そうならなくて、本当によかった。

血が噴き出るイメージ(*イラスト:poosanさん)

(*イラスト:poosanさん)

親知らずは少し外側に飛び出るような感じで生えていたので、あごを動かしてみたり、歯をかみ合わせてみたりすると、ほっぺの辺りが妙にさっぱりと感じる。

抜く前までは、ないほうがいいけど、あってもそんなに・・・と、親知らずがある状態にもう慣れてしまっていたのもあって、そこまで邪魔といった認識はなかったが、実際になくなってみると、やっぱりというか、けっこう邪魔な存在だったようだ。

今のところ歯を抜いたことで奥歯に痛みは生じていないし、前歯にあった痛みも今のところ和らいだし、口の中もさっぱりした。それに辛い治療に耐えたという満足感が合わさり、抜いてしまった親知らずには悪いが、なんだか悪いおできを取った後のような晴れ晴れした気分だった。

抜歯のイメージ(*イラスト:nendoさん)

(*イラスト:nendoさん)

勝てば官軍とはよく言ったもので、あのペンチでグリグリと歯を抜く恐怖体験を友人や知り合いに自慢したくてしょうがない。文化や風習の違う海外で凄い体験をしたとか、困難な場面に遭遇し、言葉が通じないながらに無事に解決した・・・といったことを人に話したくなるのと同じ感覚だ。いわゆる武勇伝になる。

という事で、翌日、突然会社を休んだ正当性を含め、仕事場で会う人会う人に、「ペンチで親知らずを抜いたんだぞ!」「拷問のような治療に耐えたんだぞ!」といった体験談をちょっと足を付けて話すと、みんな口々にその場で抜いてもらったことに驚いていた。

武勇伝のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

「えっ、どういうこと・・・」驚かすつもりで話したのだが、予想外の反応に私の方が驚いてしまう。聞くと、なんでもみんな1回診察を受けてから、歯を抜いている。中には「親知らずを抜くのは命にかかわるほど危険な事なのよ。私が歯を抜くとき、そう先生に言われたのよ。」と、教えてくれた人もいた。

あまり深く考えず、痛いし、邪魔だからと抜いてもらったのだが、歯を抜くのはそんなに危険だったのか。よく考えれば歯を抜くってのは、身体にはよくないよな・・・。昨日はめちゃくちゃ疲れたし・・・。でも、命にかかわるほどの事だろうか・・・。

あっ、そういえば・・・。私が先生に「すぐに抜いてください」と言った時、ためらった返事や仕草をしていたな。予約なしの飛び入りでやって来たのに、治療時間がかかるようなことをやらせるな!ってことだと思っていたのだが、こういう危険があったからだったのだろうか。

今振り返ればそんな気がしてくる・・・。そんなに怖いものだと知っていれば、もっと違う対処をしていたかもしれない。無知とは怖いものだ。

抜歯のイメージ(*イラスト:あーやんさん)

(*イラスト:あーやんさん)

もしかして体調が悪くなったりしないだろうか。その話を聞いてからはとめどもない不安を感じるのだが、今日は会社が終わった後、歯医者へ行き、歯を抜いた箇所の異常がないかを診てもらうことになっている。なんでも歯を抜いた場合は、必ず翌日に検査する決まりになっているとか。

何かあったとしても、それまで耐えればいい。この後、先生に診てもらえる・・・と思うと、少し安心でき、不安も和らいでいった。

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こういう不安な事態が発生したらインターネットで調べればいい。グーグルで「抜歯」「危険」「死ぬ」と検索して・・・。というのは、もうちょっと未来の話になる。

この年、1999年はようやく一般的にインターネットが普及し始めたころ。まだ電話回線での接続が主流で、ISDNがボチボチと流行りだしていた。

固定電話のイメージ(*イラスト:おちあいまおさん)

(*イラスト:おちあいまおさん)

アナログの電話回線を使ってのインターネットは、回線速度が遅いし、インターネットか電話のどちらかしかできないので、インターネット中に電話がかかってくれば接続が切れるといった不便なものだった。

それ以上に厄介なのが、通信費が高いこと。インターネットも電話と同じ扱いで、普通の電話料金(3分10円)と同じだけかかっていた。つまり1時間ネットにつないでネットサーフィンしたら、1時間分の電話料金がかかるということ。なので、小刻みにページが表示されたら回線を切ってとか、夜中のテレホーダイ時間になるのを待って、コソコソとインターネットをやっていたものだ。

夜中にインターネットをするイメージ(*イラスト:wai13991さん)

(*イラスト:wai13991さん)

このインターネットの聡明期は、日本で一番の検索エンジンであるヤフーで検索しても、ヒットするのはアングラな情報が多かった。

「親知らずの抜歯」と調べても、出てくるのはなかなか歯が抜けなくて苦労した体験とか、歯が途中で折れて血まみれになった体験談とか、個人の壮絶な体験談や恐怖体験、また出所の分からない怪しい情報ばかりが出てくる。

まともな情報というか、現在のような専門的なサイトはほぼなく、あっても難しい論文調の文章でびっちり埋め尽くされているページばかり。まだこの頃はブログもなかったので、誰でも気軽に発信する事はできず、マニアックな人や新しもの好きな人がプログラムを勉強しながら趣味的な感じでページを作成していた。

都市伝説のイメージ(*イラスト:ぴぐさん)

(*イラスト:ぴぐさん)

通信速度が遅いというのもネックで、表示されるのに時間がかかるので画像をたくさん載せられず、小さいものを数点載せる程度。そもそもデジカメもまだ一般的ではなかった。

なので、精魂込めて分かりやすい解説のページを作るよりも、気軽に自分の自慢できる体験や面白い情報を公開している人がほとんどだった。

見る側もそういった面白い話を楽しんだり、いかにも怪しい都市伝説的なネタを楽しんだり、エロのためなら電話代は惜しまない男どもが、表示に時間のかかるエッチなサイトを楽しんでいた。そういった楽しみ方がインターネットの醍醐味だった。

都市伝説のイメージ(*イラスト:えだまめさん)

(*イラスト:えだまめさん)

そんなアングラな状態だったので、普通の人はインターネットで医療などといった大事なことを調べたりはしなかった。

仮に調べても、先に書いたように「歯を抜いたら命を落とす!」「超危険!抜歯には気を付けろ」といった怪しい情報ばかり。でたな~都市伝説。まともな情報はないのか・・・ってな感じで、読んでもそこまで不安になることはなかった。

それが今回のように知った人から、先生が命の危険があるって言っていた・・・となると、えらいこっちゃとなってしまう。

インターネットよりも実際に経験した人の話が参考になる。というのは今でも同じなのだが、インターネットが普及した現在では、ちょっとでも疑問に感じたらすぐに検索し、第二、第三の情報を得ることができ、その真偽を調べることができてしまう。

でもインターネットのなかった頃は、図書館にでも行かないと確かめようがないので、実際に先生から聞いたという話の影響力というか、その破壊力は絶大だった。こういった感覚も今思えば、とても懐かしい思い出になる。

38、雲行きの怪しい展開

歯の点検のイメージ(*イラスト:佐桃冬雪さん)

(*イラスト:佐桃冬雪さん)

歯を抜いた翌日、会社帰りに消毒と検査をしに歯医者に行った。歯を抜いた場所を診てもらうと、「穴の状態は良好です。そのうち穴はふさがります。何も異常はありません。」と言われた。

それよりも命の危険は・・・。心配になって先生に「いきなり抜いたらやっぱりまずかったのですかね・・・。命に関わるとか何とか・・・。」と、みんなに言われたことを伝えると、笑いながら「絶対ないとは言えませんが、まずありません。少し前にたまたまそういった事が起き、ニュースで流れたからでしょ。」と言われた。

なんだ。そうだったんだ。見事にはめられたというか、みんなが口裏を合わせて私を驚かせたとしか思えない展開・・・。

ただ、下の親知らずの場合は、重要な神経が歯のすぐそばを通っているので、いい加減に抜くと後遺症が出る可能性があり、また妊婦さんの場合は抜歯後に抗生物質などが使えなく、そのことで病原菌に感染する可能性があり、そういう場合は慎重に対処しているとのこと。

なるほど、そういったことも混ざって命の危険って話になったのかもしれないな・・・。てか、みんな大袈裟に言いすぎ・・・。ほんと、聞いたときはびっくりしたんだから・・・。

安心するイメージ(*イラスト:モノクロスさん)

(*イラスト:モノクロスさん)

それから1週間後、前歯の状況を診てもらうために歯医者を訪れた。先生に「まだ少し痛むことがありますが、普段の生活では問題ありません。朝起きて痛いということもなくなりました。」と報告すると、「そうですか。」と頷くものの、難しい顔をしていた。

しかし、痛みが全くなくなったわけではない。歯茎をいらったり、口をいの字にすると歯茎が引っ張られて、2本の差し歯の内、片側の歯が微妙に痛い状態が続いていた。かといって強烈に痛いわけでもなく、なんか中途半端に痛さが残っているといった感じ。

一通り診察が終わった後、先生が神妙な面持ちになり、「前歯の神経の炎症ですが、もしかしたら収まらないかもしれません。その場合は片側の差し歯を壊して外し、神経を抜く処置を行うことになります。そして処置が終わった後に、再び新しい差し歯をつけることになります。」と言ってきた。

歯科医の説明のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

はあ~、そんな金ないぞ。真っ先に心の中で思った。今回、差し歯が2本で17万円だったから、片方だと8万5千円。それに神経の治療費を加えると、10万円はかかる・・・。

今回の治療費は、友人が自分の責任だからと、差し歯代と治療費として20万を払ってくれた。「追加で10万かかることになった」と、また友人に請求したら、なんちゃら詐欺みたいだな・・・。請求しにくいから自分で払うしかないか。一生懸命溜めている旅行代が消えていく・・・。やれ困った。

そんな不安そうな私の顔を察してか、先生は続けて、「我々としてもなるべく生きている歯は神経を抜かずに治療する方針なので、前歯の神経を抜きませんでした。でも、どうしても痛む場合には、治療をしないと歯が抜けるなど大変なことになりかねません。その際の差し歯の代金はこちらで負担します。どうなさいますか?」と言ってきた。

今度頭に浮かんだのは麻酔の痛さ。神経を抜かない治療でも、絶叫する痛さだった。もし神経を抜くとなると、更に強烈な麻酔となり、痛さもマシマシになるはず。今度は絶叫で済まず、本当に気絶してしまうかもしれない。

心の叫びのイメージ(*イラスト:たあさん)

(*イラスト:たあさん)

これはとてもありがたい提案なのだが、あの麻酔の痛さはもう勘弁してほしい。出来る事ならお金を払ってでも避けたい・・・。といった後ろ向きな理由で、「今はさほど痛くないので、もう少し様子をみましょう。」と、ごまかしたような笑顔で答えた。

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1週間後、診察の為に歯医者を訪れた。ここ1週間は「仮に痛くなったとしても、歯医者持ちで差し歯を交換してもらえる・・・」といった安心感のせいか、前よりも痛みが和らいだ。

先生に「痛みがどんどん引いていて、このまま治りそうだ。」と伝えると、「そうですか」と、頷いてはくれるものの、あまりうれしそうな顔はしてくれない。

WINWINのイメージ(*イラスト:78designさん)

(*イラスト:78designさん)

先生としても余計な出費をしたくないだろうし、私も余計な痛みを味わいたくない。少なくとも利害は一致している。なので先生もうれしはずなのだが、表情や態度からすると、そうでもなさそう。ということは、この状況はあまりいいとは言えないのかもしれない。

患部の確認を行った後は、「では2週間後にもう一度来てください。その時に問題がなければ治療を終了します。」と言って、今日は簡単な診察だけで終わった。

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更に2週間後、歯医者を訪れた時には、歯の痛みはほとんどなくなっていた。若干冷たいものを食べたときに沁みるのと、前の歯茎がちょっと突っ張った感じが残っているだけ。

先生から「とりあえず神経は落ち着いたようなので、診察は終わりにします。もし何か異常が生じたら来てください。」と、治療終了認定をもらった。

でもまた来る事になるんだろうな・・・。前歯は爆弾を抱えているようなものだし、反対側の親知らずが生えつつあるのも気になる。もしかしたらまた前歯を炎症させるような事態になるかもしれない。

修了証書のイメージ(*イラスト:くらうど職人さん)

(*イラスト:くらうど職人さん)

この他にも気になることがあったので、診察の終わりに先生に尋ねてみた。まず、親知らずを抜いた所が未だに陥没していて、へこんだままになっている。しかも隣りの歯は一番最初にこの歯医者に来た時に治療した差し歯。被せた銀歯との間に隙間ができ、食べかすが溜まって気持ち悪いし、口臭は臭いし、何よりも虫歯になりそう。

その事を尋ねると、「親知らずを抜いた所はその内ふさがるので、ブラッシングさえきちんとしていれば大丈夫ですよ。」との事だった。

もう一つ気になったのが、下の親知らず。自分の歯のレントゲンを眺めると、下の親知らずだけ変な写り方をしていて、他の歯に対して直角。まるで舌の方に生えようとしている。

歯のレントゲン写真

(*10年以上後の私のレントゲン写真)

レントゲンの写真の構造上こういう写りをしているのだろうと、ずっと思っていたのだが、今回親知らずで苦労してみると、何か嫌な予感がしてくる。話ついでといった感じで先生に聞いてみると、「生える場所がないので横向いているんです。」と涼しい顔で言われ、びっくりした。

もしこれが生えてきたらえらいこっちゃではないか。というか、どうやって生えるんだこれ。歯茎の横から突き抜けて出てくるとか・・・。って、そんなのは怖いぞ。想像しただけでグロテスクで、背中がかゆくなってくる。

心配になって先生に「この歯はどうやって生えるのですか?」と聞くと、「こういう風に横に向いている人は別に珍しくはありません。ただ実際に生えてくる人は、ほんとうにまれです。歯が眠っていると思ってください。でも、もし生えてくることがあれば、ちょっと大変なことになり、歯茎を切るような手術が必要になる場合があります。」と歯医者の人は笑ってそう言うものの、現実問題、もし生えてきたら大変だ。私に限って言えば、色々と歯のトラブルを抱えているので、その「もし」が起こりうる可能性が普通の人よりも高そうに感じる。

水平埋没親知らずのイメージ(*イラスト:moccoさん)

(*イラスト:moccoさん)

歯医者にはもう随分と長い期間通っているので、歯医者慣れはしてきたものの、やはり歯医者にかからないにこした事はない。

お金もかかるし、やっぱり通うのが面倒くさい。儚い願いかもしれないけど、できる事なら今後は定期検診程度で済ませたいものだ。そう願いながら歯医者を後にした。

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第2章 折れてしまった前歯
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