旅人とわんこの日々 タイトル

旅人とわんこの日々
世田谷編 2004年(1/7)

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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1、転職とメキシコ旅行とチワワ(2004年1月)

現像ラボの写真

写真の現像の仕事をしていたのだが、一気に押し寄せてきたデジタル化の波で、写真業界が一気に不況になってしまった。

1990年の後半から新しいツールとしてインターネットが世間に広まっていき、ミレミアムと盛り上がった2000年頃から、パソコンとインターネットが爆発的に一般家庭へ普及していった。

それとともに世の中の多くのことがデジタル化、或いはオンライン化され、身の回りのことがどんどんと便利になっている。

写真に関しても、ここ数年でデジタル化が急激に進んだ。一番の変化はデジタルカメラ、通称デジカメの普及。今までもあったが、ここ数年でフィルムカメラと肩を並べられるほどの画質と、価格になり、一気に世間に広まった。

デジカメとフィルムカメラの写真
フィルムカメラとデジカメ

デジカメはこれまで写真を撮るのに必須だったフィルムを使わず、デジタルのセンターで写真を読み取り、メモリーカードに記録するといったカメラで、フィルムの残り枚数の心配や金銭的なことを気にせずに写真を撮ることができる。

また、背面に備え付けの液晶画面を見ながら写真を撮ったり、すぐにその場で撮った写真を確認できることも革新的で、後でちゃんと撮れていなかったとガッカリすることが少なくなった。

この画期的なデジカメの登場で、「写真は撮るのはお金かかり、技術的にも難しい」といった障壁がなくなり、写真は誰でも気軽に撮れるものに変わりつつある。

実際、今までは難しいからとあまり写真を撮ることのなかった女性でも、積極的に写真を撮るようになり、世間は空前のデジカメブーム。カメラも飛ぶように売れ、写真業界は大盛況・・・。

となるはずだったのだが、実際にデジタル大革命が起きてみると、写真屋でプリントを頼む人が少なくなってしまい、注文する人もたくさん撮った写真の中からよほど気に入ったものとか、集合写真を数枚プリントするだけ。

今まで写真は写真屋でプリントしてもらうのが常識だったのが、パソコンに保存するだけの人、家庭用プリンターで印刷する人も多く、空前のデジカメブームでありながら、写真業界は不況に陥るという変な状況になってしまった。

フィルムの写真

プリントする枚数が減ってしまったことは痛いが、これはやりようによっては挽回することも可能なはず。写真人口は増えているのだし、写真屋の現像機は家庭用プリンターとは比べ物にならないほどの印刷品質で、現像マンも確かな補正技術を持っているのだから。

問題なのは、今までフィルムを売って、フィルムを現像していた部分。フィルム周りの売上が激減し、結構な角度で右肩下がりになっている。

とりわけフィルムの現像は写真屋でしかできないことだったので、専売特許的な感じで、実はいい利益になっていた。これがなくなってしまうのが痛く、他で埋めるのはなかなか容易ではない。

といったわけで、カメラのデジタル化によって、写真を趣味にする人のすそ野が広がり、カメラ産業の活況といった恩恵をもたらしたが、その反面、写真業界はプリントの減少から収益が悪化するという事態になってしまった。

ネガシートの写真

そして、個人的なことになるが、デジタルカメラの普及とともに、現像の仕事がつまらなくなってきた。

注文を受ける写真にブレたり、ピンぼけといった失敗カットがなくなり、作業をしていても面白くない・・・。いや、もとい。写真の前後の関連性がなくなり、今までのようなストーリー性を感じられなくなったからだ。

もちろん他人のプライベートだし、何百枚とプリントしないといけないので、あまり人様の写真をじっくりと見ることはないのだが、フィルムだと24コマとか36コマといった、決められたコマ数で完結される俳句のような世界観があり、写した人の写真に込めた想いを感じながら、それに応えるように色や露出の補正をしてきた。

七五三の写真
昭和時代の七五三(ハレの日)

それがデジタルカメラになったことで、枚数制限とか、現像コストとか気にせずに写真を撮ることができるようになり、今までのような「フィルムがもったいない」と写真を撮るのを躊躇したり、無駄をなくすように考えて撮ったりするような概念や、今日は特別の日だからフィルムを入れて写真を撮ろうといった特別感というか、ハレの日感がなくなった。

注文を受ける写真は今までと違ってブレていたり、ピントが合っていなかったり、画面に他人の頭が入っていたり、タイミングが合わずに目をつぶっていたり・・・といったことが少なくなり、選りすぐりのいい写真ばかりなんだけど・・・。

この場面をどうしても写真に収めておきたいといった必死さとか、人生の重みといったものが、フィルムの時に比べると写真から伝わってこない。

もちろんこれは私の個人的な印象でしかない。デジタルでもいい写真を撮っている人はいっぱいいる。でも・・・、やっぱり一枚の写真に対する執着心とか、重みとかが、デジタルになってどんどんと薄らいでいるような気がする。なんていうか、今までは下手糞だけど味があったとでもいうのだろうか。

更にはカメラの性能が格段に向上したので、プリントする際の補正作業もあまりいらなくなってきた。現像マンの腕の見せ所といった場面も少なくなり、プリント作業に対しての情熱とか、やりがいといったものがすぼんでしまった。

メキシコ国旗の写真
メキシコ国旗

もちろんそれだけが理由ではなく、外交問題のように複雑かつ、繊細に様々な問題が絡み合ってのことだが、この機に転職することにした。

そしてせっかく時間もできたことだし・・・、昨年から再び旅人として目覚めてしまったのもあり、懲りずにまた旅にでることにした。

今回の旅の目的地は今まで訪れたことのない地球の反対側、メキシコやペルーなど。レッツ・アミーゴってな感じで日本を旅立った。

メキシコ 太陽のピラミッドの写真
太陽のピラミッド

メキシコといえば酒好きはテキーラ、食通はタコスをすぐに思い浮かべるだろうか。でも遺跡や歴史が好きな私の場合は、過去に栄えたアステカ文明とか、マヤ文明を真っ先に思い浮かべる。

現在でもメキシコには、太陽と月のピラミッドを筆頭に、チチェン・イッツァ、パレンケなど世界に名が知れた古代遺跡や、大規模な都市遺跡が多く残っていて、いつか見に行きたい。生きているうちに絶対見に行くぞ!と、前々から夢みていた。

やっとその機会が到来。きっと次はないだろうから、時間的に余裕のあるこの機会に有名な遺跡は行けるだけ行っておきたい。

どうやったら広大な国土に散らばる遺跡を効率よく回れるのか。どの順番で回るのが一番感動するのか。念入りに旅の下調べをして日本を出発した。

メキシコ ウシュマル遺跡の写真
ウシュマル遺跡

実際に旅をしてみると、遺跡は想像以上に雄大で、素晴らしかった。時空を超えた古代のロマンが広がっているといった感じで、見学しながら想像力が無限に膨らんでいく。

でも、結構残酷な感じの遺跡が多いのがメキシコ。どくろを模した物とか、生贄の儀式に使われたといったものが多く、解説を読むと、うひゃ~ってな感じで、ちょっと引いてしまうような場面も多かった。

メキシコの町並み グアナファトの写真
グアナファト
メキシコの町並み サンミゲルの写真
サンミゲル

遺跡もよかったが、スペイン植民地時代のコロニアル建築が広がる町並みも印象に残った。

メキシコらしいのか、メキシコらしくないのか、まあ歴史的には後者になるのだろうが、スペイン文化にメキシコ文化が融合して、町がカラフルなのがとても面白い。

昼間に彩り豊かな町を歩くと、お洒落とか、可愛らしく感じるのだが、色彩がなくなる夜になると、ちょっとロマンチックな雰囲気に変わる。一日に二度違った雰囲気を楽しめ、町の散策がとても楽しかった。

メキシコ 町の様子の写真
町の様子

遺跡にしても、町並みにしても、見るべきものはとても素晴らしかったのだが、旅自体は結構大変だった。

まず、頭の中で思っていたよりもメキシコは広く、移動に時間と体力が必要だった。更には、標高が高い場所と低い場所が混じっているので、高山病や寒暖差で体調を崩さないようにと、体調管理も大変だった。

そして一番厄介だったのは、英語が通じにくいうえに、ちょっと治安が悪いこと。移動や町歩きの時にトラブルに巻き込まれないようにしなければ・・・と、常に気を使っていなければならなかった。

メキシコ 先住民のダンスの写真
先住民のダンス

旅(トラベル)の語源はトラブルと言う。トラブルのない旅は退屈で、本当の旅ではない。などと、旅に慣れた人間としては豪語したくなるが、それは本当にやばいトラブルに遭ったことのない人間の言うセリフ。

バスに乗り遅れたとか、ちょっとお腹を下した程度ならいいが、日本に伝わるメキシコ関連のニュースは、マフィアの抗争で何十人死亡といった怖い事件ばかり。旅のガイドブックにも凶悪なトラブル例がたくさん載っていたりする。

ぼーと気を抜いて歩いていると、命にかかわるような重大な事態に巻き込まれかねない。絶対トラブルには遭いたくない。生きて日本に帰るぞ。と、慎重に旅をしていたおかげか、運が良かっただけなのかはわからないが、心配していたような大きなトラブルに見舞われことはなく、無事にメキシコ旅行を終えることができた。

と言うよりも、メキシコの人々は陽気で、親切だし、思っていたよりも安全でいい国じゃないの。色々と素敵な出会いもあったし・・・。勝てば官軍ってやつかもしれないが、これが旅を終えた後の私の正直なメキシコの感想だった。

おっと、忘れるところだった。メキシコといえばチワワの故郷でもある。北部、アメリカとの国境に接してチワワ州があり、州都はそのままチワワ市。現地の言葉では「乾燥した砂の場所」という意味で、少し厳しい環境になるようだ。

ここで1850年頃に3頭のチワワが発見され、町の名前にちなんでチワワと名付けられた。そして、この犬たちが現在のチワワのベースとなったとされている。

このチワワの町、名が犬のチワワと同じなので、チワワ好きとしてはなかなか魅力的に感じる。チワワの可愛らしい印象から、何かメルヘンチックな町というイメージを持ってしまうが、そういった印象とは裏腹に、治安の方は少々悪い。

アメリカに接する場所だけにマフィア関係の事件が多く、ただでさえあまり治安のよくないメキシコの中でも悪い方になるらしい。

チワワのポーちゃんの写真

それでも昨年せっかくチワワのポーちゃんと知り合いになったことだし、話のネタに訪れてみようかなと思ったのだが、メキシコの観光地は中央から南に偏っていて、観光ルートに組み込むのがどうにも難しい。

移動を苦にしないのが旅人。興味のある場所への移動は少々長くても気にならないが、チワワを訪れるのだけに2日を割くのは日程的に厳しかったので、今回はポーちゃんの故郷を訪れる旅は諦めることにした。

メキシコ 遺跡の埋葬の写真

この旅行の時は知らなかったのだが、後にチワワについて調べてみると、幾つかの興味深い逸話を見つけることができた。

チワワの歴史は数多く残る遺跡と同じぐらい古く、アステカ文明の時代にはテチチ (Techichi) と呼ばれ、もう既に人の手で飼われていたようだ。

当時のチワワは、現在の品種改良されたものよりも少し大きく、毛は赤褐色のスムースコートのみ。現在の可愛らしいものとは違って野性味あふれる姿をしていた。

興味深い部分はここからで、アステカの神話によると、犬は死後も飼い主に仕えると信じられ、死者の魂を護衛し、冥府の最下層であるミクトランへといざなう、という。

そういったことから、アステカ文明では儀式の生贄に使われたり、食用にされていたとのこと。

墓所から人と一緒に埋葬されたテチチの骨も発掘されていたり、遺跡の壁画や彫刻などにチワワらしき犬が描かれているものもあるそうだ。

メキシコ ネズミの像の写真

そういった話を聞くと、何かチワワが神聖な生き物で、メキシコ人にとって特別な存在であるかのように感じてしまうが、私的にはそういった大袈裟な話ではないように思える。

生贄というのは、その残酷な性質から小さなチワワで行うというのは考えにくい。食用にするのも・・・、今よりもサイズが大きかったとしても、やっぱり小さすぎる。大きなネズミの方がまだましというものだ。

生贄や食用にされる場合もあったというだけで、必ずチワワでなければならなかったというほどではなかったのだろう。

メキシコ ジャガーの装飾品の写真

メキシコの遺跡や出土品が置かれている博物館を訪れると、自然や動物と暮らしてきた民族といった感じで、動物が描かれた壁画や動物の像が多かった。

その中でも特に南部のマヤ文明に多かったのが、強さの象徴としてのジャガー。生贄を置く台など、儀式において重要な物にもジャガーのデザインがあしらわれていて、彼らにとって特別な存在というのが分かる。

その他、大蛇や鷹といった強そうな動物も多かった。それ以外でも、鳥や猿、家畜の牛や馬などを目にしたが、犬の姿はほとんど見なかった。犬自体がそこまで大切な位置付けではなかった感じがする。

何より遺跡大好き、そして犬も大好きな私が、メキシコの遺跡を幾つも回って、そういった重要な役割をしていたチワワの存在を見逃すはずがない。

メキシコ 遺跡のレリーフの写真

おそらくペットとして飼われていて、寵愛していた王族の人が副葬品という形で祀ったことから、そういったことが流行ったといった程度のことではないのだろうか。

メキシコ旅行を振り返ると、そう思えるのだが、あくまでも素人の適当な見解。謎の多い文明なので、はっきりしたことは分かっていない・・・などと誤魔化しておこう。

でも、実際に自分の足で色々と訪れ、自分の目で見て、考えたからこそ、頭の中で色々なことをつなげ合わせて推測できるというもの。だから旅は面白い。

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