旅人とわんこの日々 タイトル

旅人とわんこの日々
世田谷編 2004年(2/7)

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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2、長期旅行からの帰宅(2004年3月)

バナラシのガート(沐浴場)の写真
バナラシのガート(沐浴場)

日本を代表するシンガーソングライター、長渕剛さんの持ち歌に、「ガンジス」という曲がある。

ガンジスの名の通り、長渕さんがインドのガンジス川沿いにあるヒンドゥー教の聖地バナラシ(ベナレス:英語)を訪れ、そこで目にした人生観、死生観、体験した出来事を歌詞にし、曲にしたものになる。

インドを旅するバックパッカーには人気の曲で、この歌に憧れ、バナラシに向かう人もいる。そしてバナラシでは長渕さんが泊まった宿とか、訪れたガート(沐浴場や火葬場)などを訪れ、このガンジスの歌を口ずさんだり、川を見ながら感慨にふけったりしている。

もっとマニアックな人になると、日本からハーモニカを持参して、ガートでたそがれながらこの曲を奏でていたりする。そしてそれをインド人が取り巻き、いい曲だなってな感じで聞き入っているというのも、バナラシではままある光景となっていた。

バナラシのガートで沐浴する人々の写真
沐浴する人々

私の好きな曲であり、インドの情景とか、旅情を感じられるいい曲なので、聞いたことがない人には、ぜひ一度聞いて欲しいと思うのだが・・・、実は曲の長さが10分弱と普通の曲の約2倍もあったりする。

なので、曲調が好みに合わない人、歌い方や声が合わない人、興味のない人にはダラダラと長い歌になり、「長すぎ~」「まだ続くの~」「もう飽きた・・・」ってな感じで、曲の途中で次の曲へスキップ・・・ってことになってしまうかもしれない。

大学時代の話だが、バイトしていた店舗には有線放送(USEN)が流れていて、電話で聞きたい曲をリクエストをすると、その曲を流してくれた。

仕事を始める前や休憩時間の終わりにリクエストすると、仕事を始めてちょっとするとその曲が店内に流れてくるので、「さあ頑張ろう!」と、やる気が上がってくる。なので、時々バイトの仲間とリクエストをしていた。

で、時々旅を懐かしんでこの曲をリクエストしていたのだが、そのうち「この曲は長いのでご遠慮ください。」或いは「2日一回にしてください。」などと断られるようになってしまった・・・というのも、懐かしい思い出となっている。

帰る家のイメージ(*イラスト:おじょぼんさん)

(*イラスト:おじょぼんさん)

このガンジスの歌詞に、「旅をするのは帰る家があるからだ。さすらいの旅ほど寂しいものはない。」とある。

普通の人は聞き流すフレーズになるかもしれないが、長い旅をしたことのある人は、「まさにその通り」と、強い共感を感じるはずだ。また、実家を離れ、遠い地で一人暮らしをしている人にも感じるものがあると思う。

帰る場所があるというのは、夢が破れたとしても、何か不測の事態が起こったとしても、戻れる場所があるということ。絶対的な心のよりどころとなり、それがあるのとないのとでは、物事を成す心構えからして大きな違いになる。

旅は純粋に楽しむもの。娯楽とか、ストレス発散、気分転換の一種と考え、そういう心つもりで旅をしている人がほとんどになる。その一方、人によっては将来を見据え、見聞のため、人生経験のため、自分の成長のためにと、真剣に旅をしている人もいる。なかには人生をかけて旅に出る人もいたりする。

辞書のイメージ(*イラスト:みよしさん)

(*イラスト:みよしさん)

イギリスの政治家であり、小説家のベンジャミン・ディズレーリの言葉「旅は真の知識の大きな泉である」、 ローマ帝国時代のカトリック教会の司教であり、神学者、哲学者のアウグスティヌスの言葉 「世界は一冊の本にして、旅せざる人々は本を一頁しか読まざるなり」、アラブの諺「長生きするものは多くを知る。旅をしたものはそれ以上を知る」などと、偉大な先人の言葉ににあるように、旅に出ることで得られる知識や経験は、普段の暮らしでは得ることのできない貴重なものとなり、身銭、時間を削って旅に出ることは、人生において大きなアドバンテージとなるかもしれない。

しかしながら、西洋の諺に「ロバが旅に出たところで、馬になって帰って来るわけではない」、イギリスの諺に「旅は利口な者をいっそう利口にし、愚か者をいっそう愚かにする」とあるように、やみくもに旅に出たところで必ず何か得られたり、成功するとは限らない。

何事もそうだが、やっぱり本人の努力や、やる気、心構えは重要となり、更には巡り合わせや運といったものも必要になってくるだろうか。

運命、巡り合わせのイメージ(*イラスト:ぽせ〜どんさん)

(*イラスト:ぽせ〜どんさん)

よく「旅人は自由でいいな。憧れる。」「俺も思い切って旅人になろうかな~」と言われる。風の吹くまま、気の向くままに旅をしている旅人は、日々の暮らしに閉塞感を感じている人からすると、自由の象徴のように思えるかもしれないが、実際はそんなことはない。

大学の長期の休みを利用してとか、一時休職しての旅とかならいいが、無職状態で旅をするとなると、ただ旅をしているだけではダメで、帰国後の生活につながる何かしらの成果や経験が求められる。

とはいえ、ゲームのように宝箱を発見とか、ボスキャラを倒すという目的があればまだしも、目に見えるような成果を普通の旅で得ようとするのは至難の業。そもそも何が人生に役に立つかなどは、後から人生を振り返ってみないとわからないものだ。

宝箱のイメージ(*イラスト:ウォビットさん)

(*イラスト:ウォビットさん)

なので、まるで手につかめないものをつまむような感覚で旅をしなければならない。不安定な立場で、旅という不安定な状況に身を置き、成功するかしないかという不安やプレッシャーと戦いながら旅をするというのは、自由な反面、結構しんどいものである。

そんな不安だらけの旅でも、帰る場所があると少し気が楽になる。帰る場所があるからこそ、少々の失敗を覚悟してでも、思い切った挑戦をすることができる。

仮に旅で大きな収穫を得られなかったとしても、五体満足で自宅に戻ることができたのなら、しっかりとした土台の上で、旅で得た幾ばくの経験を基に人生を立て直すことができる。この部分は旅をしていて本当に大きいと感じる。

これが帰る場所のない旅だと、どこにたどり着くのかわからないさすらいの旅となってしまい、いわゆる「流れもの」と呼ばれる状態となる。余裕のない切羽詰まった状態は、まさに背水の陣。死にもの狂いとか、決死の覚悟となり、腹が据わってうまくいく場合もあるが、拾う神がなければ野垂れ死ぬという事になりかねない。

さすらいの旅人のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

そもそもの話として、一人で暮らしている場合は、気軽に長旅に出ることすら難しい。旅している間の様々な手続きや郵便の管理、所有物の管理、賃貸だと家賃とか、空き巣、災害の心配をしなければならないからだ。それに何かあった時に送金したり、手続きに動いてくれる人がいないというのも、けっこう厳しい。

「若いうちに旅に出ろ!」という言葉はよく聞くと思う。若い時の豊かな感受性と、有り余る体力で様々な価値観を見て周ることに意義があるということなのだが、両親が健在しているうち、もっと言うなら現役バリバリのうちでないと、長期の旅に出るのは難しいといった現実的な指摘も含まれていたりする。

日本の国民的な映画「男はつらいよ」の主人公フーテンの寅さんも、柴又という故郷と、団子屋を経営している叔父夫婦、そして妹という堅気の存在があるからこそ物語が成り立っていると言える。

寅さんの銅像の写真
寅さんの銅像の写真
寅さんの銅像(柴又)

長々と書いてしまったが、一番言いたいのは、「旅に出れば出るほど帰る場所、いわゆる自宅のありがたさが身に沁みる」ということ。

結局、目的地を決めて旅に出るが、いつも最終的な目的地は自宅となり、後で考えれば真の目的地は自宅だったんだと気が付く。

そして、「自宅に帰るために、わざわざ旅をしているのでは・・・」「自分の帰るべき場所を確認するために、旅をしているのでは・・・」などと思ってしまうこともある。

最初に書いたガンジスの「旅をするのは帰る家があるからだ。さすらいの旅ほど寂しいものはない。」という歌詞は、まさにそういった旅の本質や旅人の心境をズバッと突いていて、旅人を自称しているような人には、グサッと心に突き刺さる言葉になるはずだ。

矢が刺さるイメージ(*イラスト:イラスト倉庫さん)

(*イラスト:イラスト倉庫さん)

で、本題、今回の3か月ほどのメキシコ旅行からの帰宅の話になる。

3日ぐらいの短い旅だと、あっという間に旅が終わってしまい、もっと旅をしていたいのに・・・と、家に帰ることに拒否反応が起こる人が多いはずだ。1週間ほどの海外のツアーになると、旅は楽しかったけど、やっぱり日本はいいとか、自宅は落ち着くな・・・となる人も多いかと思う。

今回の旅のようにもっと長い旅になると、帰宅するのに懐かしさ、楽しさ、うれしさ、安心といった様々な感情が入り混じり、まさに旅の締めくくりといった感じで、自宅に戻ることが究極のイベントというか、旅のハイライトの一つになる。

帰国のイメージ(*イラスト:そら豆さん)

(*イラスト:そら豆さん)

実際、旅先で同じ安宿に泊まっている長期旅行者と話すとき、旅の情報交換が一通り終わった後、気の合いそうな相手だと、「帰国後の一番楽しみにしていることは?」「帰国したら何をしたい?」「帰国後の人生設計は・・・」といった帰国や帰国後の話題になる事も多い。

それぞれ「帰国したらどうしよう・・・」と帰国後の不安を感じながら旅をしているので、他の人はどう旅を締めくくるのだろう・・・。帰国後のことをどう考えているのだろう・・・と気になるものだ。特に帰国が迫っている状況だと顕著になる。

私が出会った旅人では、大学を一年休学したり、会社を休職したり、転職の合間を利用したりと、帰国後のことが決まっている人は4分の1か、5分の1ぐらいだった。それ以外は帰国後のことは決まっていなく、今回の旅の経験を活かして・・・といった感じになる。

帰国後の話に戻ると、まだ帰国後のことは決まっていな人は、「ひとまず日本に帰ったら日本食や日本の酒を気兼ねなく食べたい」とか、「まずは家でゆっくりして、落ち着いたらハローワークに行く」とか、「旅の間ずっと我慢していた趣味を気兼ねなくやりたい」などと、無難に答える人が多い。

でももう少し突っ込んで聞くと、本当は家で待っている人、或いは自分の帰国を待ってくれている人と再会することが一番の楽しみとなっていたりする。

両親との再会のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

この問いを外国人旅行者にしてみると、真っ先に「家族に会いたい」とか、「出迎えてくれる家族とハグをしたい」と返ってくることが多い。日本人の場合は、このへんの感覚、いわゆる家族に対しての愛情表現が下手というか、言葉にするのが照れくさく感じてしまうようだ。

私の場合だと、旅の終わりが近づくと、家で待つ家族、或いは土産話を楽しみにしてくれている友人の顔を思い浮かべ、再開したら何を話そう・・・と頭の中が一杯になり、家に帰ることが楽しみで仕方がなくなってくる。

それよりももっと楽しみでしょうがないのが、ペットとの再会。玄関を開けたとたん尻尾をぶんぶん振りながら熱烈歓迎してくれる場面を想像すると、自然と顔がほころび、今すぐにでも帰宅したくなってくる。

愛犬との再会のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

言っちゃ悪いけど、家族に会えるよりも犬に会えるほうが楽しみだったりする。ペットは人間よりも素直に反応してくれるので、こっちも素直な気持ちになれてしまう。それに普通の日本人の感覚だと、家族に「会いたかった~」と抱き着くことはしないけど、犬にはなんでもできてしまうというのもある・・・。

なので、人から「家に帰って一番楽しみにしていることは?」などと聞かれると、「犬と再会してハグしたり、なでてあげること。そして散歩させること。」と答えている。まあ、半分は家族に会いたいという照れ隠しを含めてだが・・・。

ビアデッドコリーとキャバリアの写真

前回の1年以上に渡って行ったユーラシア大陸横断から帰国したときは、我が家のワンコは床がビシャビシャになるほど泣いて・・・、いや、お漏らしをして歓迎してくれた。

今回のメキシコ旅行はそこまで長い期間ではなかったので、いつもの2倍増しといった感じで出迎えてくれ、前回の時のような大惨事にならずに済んだ。

改めて旅から戻ってみると、犬は可愛い。そして素直に感情に表して歓迎してくれるいのがうれしい。こうして帰ってきたときのうれしさがあるからこそ、旅を頑張れ、旅を心から楽しめるというもの。

家族の分を含めて犬にお帰りのあいさつをしてやると、家に帰ってきたという実感がわいてきた。そして心の奥底から帰ってくる場所があるというのはありがたいものだ。と感謝の念がこみ上げてきた。

旅人とわんこの日々
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