旅人とわんこの日々 タイトル

プロローグ
#2-3 ビアデッド・コリーの成長記2

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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8、一か月経過

大きくなった1カ月後 ビアデッド・コリーの写真
大きくなった1カ月後

1993年12月21日

チャーミーがやってきて、一か月が経った。最初はおぼつかない足取りで歩いたり、走ったりしていたのだが、一カ月も経つと骨格ががっちりとしてきて、しっかりとした足取りで家の中をウロウロするようになった。

滑りやすいフローリングばかりではチャーミーも疲れるだろうし、冬の時期は足が冷たかろう。それに勢いよく走ると、関節を痛めて怪我をする恐れもある。更に言うなら、床も傷つく。ということで、手軽なカーペットを買ってきて、床に敷いてみた。

これは好評で、この上でくつろいでいることが多い。買ってきたかいがあったというものだ。でも、まだ完全に慣れないようで、時々この上でおしっこをしてしまうのには困っている。

カーペットの上でくつろぐ様子 ビアデッド・コリーの写真
年が明けて

一カ月も経てば、すっかりと我が家の生活スタイルや、住宅環境に慣れ、家の中でもリラックスして過ごすようになった。ここが自分の家で、ここで家族の一員として、これからずっと暮らしていくものだと認識したのだろう。

家に慣れてきたことはいいことなのだが、どうもこの犬はよく吠える。しかも体が大きくなるにつれて、鳴き声も大きくなっていく。

昔、ヨークシャーテリアを飼っていたころは、犬は番犬の役割をしてなんぼといった風潮があり、犬が吠えることが当たり前だった。また田舎だったので、あまり近所迷惑という感覚もなかった。

しかし、ここは東京。住宅が極度に密集している。たまに鳴くぐらいだったら、あの家には犬がいるといった防犯的にいいのだが、鳴き過ぎると近所迷惑になってしまう。まだ引っ越してきて間もないことだし、ご近所トラブルにでもなったら厄介だ。何かいい解決方法はないだろうか・・・。

購入したブリーダーにそのことを相談すると、「無駄吠えをしつける口輪を付けてみるのが一つの方法です。」とアドバイスされ、それを付けて過ごしてもらうことにした。

無駄吠えのしつけ ビアデッド・コリーの写真
無駄吠えのしつけ

1994年1月2日

取り付けてみると、なんだか虐待しているような感じで、ちょっとかわいそうな姿。でも、これだと口が開けられないので、鳴くには鳴くのだが、「くぉ~ん」とくしゃみのような変な声で鳴くだけ。鳴きたくてもうまく鳴けないので、鳴く回数が減っていいかも。

そう思ったのだが、この器具には致命的な欠点があった。それは、これを付けたままでは水や食事をとることができないこと。

仕方ないので、食事や散歩の時は外してといった感じで、何度も付けたり外したりを繰り返していると、「もうそれを付けるのは嫌!」と、取り付けるときにチャーミーが本気で怒るようになってしまった。

結局、2週間ほどで付けるのをやめたのだが、以前よりもあまり鳴かなくなった気がする。あくまでも気がするだけで、吠えることには変わらない。

ただ、鳴くと口に変なものを取り付けられるということは刷り込まれたようなので、鳴いているときに口輪を見せると鳴き止み、小屋に逃げていくこともある。

またよく鳴きだしたら取り付けることにして、しばらくは付けずに「ダメ」と叱ってしつけてみよう。そのほうがよさそうだ。

今のうちにある程度しつけておかないと、後で修正が効かないほど吠える犬になってしまうと、困ったことになる。ここは我慢の時。しんどいかもしれないが、チャーミーにも頑張ってもらおう。

9、2カ月~半年

急激に成長 ビアデッド・コリーの写真
急激に成長 ビアデッド・コリーの写真
急激に成長

1994年1月9日

我が家に来てから2カ月も経つと、スクスクと・・・・、いや、ビックリするようなスピードで巨大化していった。

毎日一緒に暮らしていても、昨日よりも大きくなったんじゃない・・・と実感できるほどで、散歩中に近所の人と会うと、驚きの表情で「また大きくなったね・・・」と声をかけられるのが、日常となっていた。

更に2カ月が経ち、我が家に来てから4カ月も経つと、体が大きく、そして体重も重くなってしまった。来たばかりの頃は母親でも気軽に抱っこできていたのだが、もう無理と敬遠するようになった。

あまりの成長のスピードに驚くと同時に、アッという間に可愛い子犬の時期が終わってしまったな・・・というのが正直なところだった。

散切り頭 ビアデッド・コリーの写真
散切り頭
毛が伸びてきた胴体 ビアデッド・コリーの写真
毛が伸びてきた胴体

1994年3月

どんどんと大きくなっていく体に対して、あまり釣り合っていなかったのが体毛だった。いや、体毛もしっかりと伸びているのだが、それ以上に体がでかくなるので、どうもアンバランスに感じてしまう。

特に頭が中途半端で、散切り頭状態。なんていうか、相撲取りで昇進があまりに早すぎて、マゲが結えない状態といった感じ。家族の間では大泥棒の石川五右衛門みたいなので、五右衛門ヘアーと呼んでいた。

ぼさぼさの散切り頭を見ていると、毛が目に入って、さぞ不快なことだろう。整髪剤を付けてオールバックに固めてあげたい。と思ってしまうのだが、それはそれで犬も迷惑なはず。

それに不良学生のような見た目になってしまい、「あそこの犬はたった半年であんな不良みたいな格好になってしまって・・・。家庭環境が悪いんじゃない・・・」と近所の噂になりかねない。

ってなことはないけど、ここは我慢の時期。ゴムで結わえるようになるまで今しばらく耐えるしかない。

やっとマゲが結える ビアデッド・コリーの写真
やっとマゲが結える

1994年5月23日

伸びてきた被毛 ビアデッド・コリーの写真
伸びてきた被毛

1994年8月25日

半年も経つと、もう立派な成犬といった佇まいとなった。夏には体毛もしっかり伸びてきて、だいぶん写真で見るようなビアデッド・コリーらしい佇まいになってきた。

体の成長もこの頃にようやく落ち着いた。この犬、どこまで大きくなるんだろう・・・。もしかして無限に大きくなるのでは・・・。などと、恐怖を感じるほどの成長の早さだったので、飼い主としては一安心といったところ。

散切り頭もこの頃には解消され、ようやくきちんと毛を結ってあげることができるようになり、母親や妹が、熱心にお洒落をしていたが、犬の方は迷惑といった感じで、壁などにこすりつけて結んでいるゴムをとろうとしていた。

10、1年~1年半

真っ白 ビアデッド・コリーの写真
真っ白 ビアデッド・コリーの写真
真っ白

1995年1月18日

夏が過ぎ、秋になると、どんどんと犬の毛が白くなっていき、冬になるとビックリするほど体毛が白くなった。

全部が白くなればまだしも、部分的に、特に耳と尻尾が黒いままだったので、ちょっと変な感じ。

犬を選んだ時に、白い割合が多いと派手な外観になるとは聞いていたけど、いくら何でも白くなり過ぎなのでは・・・。ビアデッド・コリーってこんな白くなるものなの・・・。

人間の世界では、恐怖のあまり一晩で頭髪が真っ白になったとかいう都市伝説がある。もしかして犬でも同じで、病気とか、ストレスなのか・・・。

あまりの変わりように、色々と不安に思いながら飼っていたのだが、春になると黒っぽさが徐々に増えてきて、少し安心した。

砧公園で ビアデッド・コリーの写真
砧公園で

1995年3月21日

ちなみにこの頃は世間では大型犬が流行していて、ラブラドールやゴールデンが本当に多かった。

また日曜日に砧公園を訪れると、日本に何頭いるの?といった珍しい犬もちょくちょく目にし、まるで犬の屋外動物園とか、犬の品評会さながらといった感じだった。

我が家のチャーミーも砧公園では希少種となり、よく「これは何犬ですか?」と質問を受けていた。最初のうちは、珍しい犬ということで、ちょっと誇らしい気持ちがあったが、毎日一緒に過ごしていれば、珍しさという感覚が失われてしまい、そのうち人から尋ねられて、「あっ、そうだ。うちの犬は珍しい種類の犬だったんだ・・・」と思い出すことが多くなった。

黒っぽさが戻ってくる ビアデッド・コリーの写真
黒っぽさが戻ってくる

1995年4月9日

春を過ぎると、体毛の黒さが目立つようになり、夏にはすっかり黒色になった。体毛もしっかりと伸びたことから、今度こそいわゆる本などの写真で見るビアデッド・コリーの姿になった。

これでひとまず安心。あの白くなったのはなんだったのだろうか。乳歯が映え変わるのと同じで、大人になるための通過儀礼なのだろうか。などと思うのだが、よくわからない。

11、2年以降

落ち着く ビアデッド・コリーの写真
落ち着く

1995年12月31日

2歳にもなると、外観的には落ち着いた感じになり、これ以降はそんなに大きな変化はなかった。

ただ、やんちゃなのはパワーアップしていき、体が犬が大きい分、破壊力も大きく、家の中の傷がどんどんと増えていった。(特にフローリング)

いくら可愛い犬だとはいえ、こんなに傷だらけになるのならもう少し小さいサイズの犬にしておけばよかった・・・と、後から嘆いてもしょうがない。

やっぱりこのサイズを家の中で飼うのはちょっと無謀というやつだったのかもしれない。というより、きちんとそういったことへの対策をして飼うべきだったということだろう。

毛艶がいい頃 ビアデッド・コリーの写真
毛艶がいい頃

1996年12月23日

犬の成長や見た目の変化が止まると、犬がに日の生活の中にいることの新鮮さは薄まっていくのだが、ヨークシャーテリアの時と違って、私も精神的に大人になったので・・・、いや、犬の存在感が半端ないので、全く飽きるということはなかった。

いたずらが多いので、その後始末をするのも大変だし、遊びたい時には自分からしつこく催促してくる。まさに犬に振り回される日々といった感じだ。

そういったことにも徐々に慣れ、犬のやんちゃも少し落ち着くと、日々の暮らしの中に犬がいるのが当たり前となり、その存在に何の疑問も感じない家族の一員となった。

とはいえ、私自身は学校や旅、そしてバイトに忙しかったので、頼まれたときや気が向いた時以外はあまり犬の面倒をみることはなく、ヨークシャー・テリアの時と同様に犬の世話のほとんどを母親、毛並みの手入れなどは父親が暇なときに行っていた。

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#2-4 ビアデッド・コリーの成長記2
世田谷編 2003年(1/4) につづく Next Page
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