旅人の歯医者日記タイトル
旅人の歯医者日記

第2章 折れてしまった前歯
#2-11 復活した前歯

1999年5~6月

差し歯が出来上がり、久しぶりにあるべき場所に前歯が復活しました。(*第2章は全17ページ)

広告

30、前歯の復活

差し歯のイメージ(*イラスト:design-yさん)

(*イラスト:design-yさん 【イラストAC】

17万もするセラミック製の差し歯。特注品だし、値段も高いし、2本あるし、出来上がるまでかなり時間がかかるのでは。

普通の詰め物で1週間だから、2週間、いや3週間はみておいた方がいいだろう。今までの歯医者通いの経験からそう推測するのだが、そんな素人の見解など全く当てにならなく、普通の詰め物と同じで1週間でできあがるとのこと。

えっ、そんなに早く出来上がるの。先生の言葉に驚くと同時に、とてもうれしい。「次回の予約は1週間以上開けてください。」と言われれば、付けるなら早いに越したことはない!ということで、型取りをした一週間後の予約を入れた。

ATMでお金を下すイメージ(*イラスト:ささくれさん)

(*イラスト:ささくれさん 【イラストAC】

今日は、その差し歯が出来上がり、取り付けてもらう日。通勤用の鞄に大きなお金を入れておくのは怖いので、仕事帰りに銀行のATMに立ち寄り、差し歯代の17万円を下ろた。そして、そのお金を鞄に大事にしまい、歯医者へ向かった。

いよいよ前歯が出来上がる。これで前歯が復活し、日常の戻ってくる・・・。まるで子供が遠足に行くときのような興奮状態で、歯医者への道のりを歩いた。

と、書きたいところだが、その対価が17万円と高額では、少し冷めた感じになってしまうもの。うれしいにはうれしいが、落ち着いた足取りで歯医者へ向かい、歯医者の自動ドアを開けた。

line

名前を呼ばれ、診察室に案内されると、診察椅子の横にあるテーブルに、見慣れないものが置いてあった。それは石膏の歯型。よく見ると、上あごの前歯の部分が差し歯になっている。ということは、これは前回の型取りで作った私の顎の全体の模型か。

石膏の歯の模型のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*写真:acworksさん 【写真AC】

これは凄い。自分の歯型が丸々模型になっていることに感激。あれだけ念入りに型取りをしただけあって、本当によくできている。

自分の歯をレントゲンや鏡越しには見たことがあるが、こう立体的で精巧な模型として見るのは初めてだ。というより、こんな状態で自分の歯型を見たことのある人は、ごく少数だろう。

これは記念にぜひ欲しい。後で先生に頼んでみよう。と、最初は思ったのだが、先生が来るまでまじまじと眺めていたら、感動でのぼせあがっていた頭が冷静に戻った。

気が付くイメージ(*イラスト:ネムACさん)

(*イラスト:ネムACさん 【イラストAC】

これはすぐにゴミ箱行きになりそうだ・・・。なにせ私のいびつな歯型がリアルに再現されているので、あまり見た目が美しくない・・・。おまけに前歯の差し歯を使ってしまったら、肝心の前歯が歯抜け状態になってしまうので、飾っておくと、かなりみっともない・・・。

それにしても・・・、わざわざ歯の模型ごと納品しなくても、奥歯の時のように差し歯だけ納品した方が手間が省けていいのでは・・・。冷静になってみると、そう疑問がもたげてきたが、高級品のパッケージに重厚感や高級感があるように、17万円も支払う差し歯にも、こういった豪華な演出があっても悪くないかもしれない。

line

先生がやってきた。早速、先生に歯型の模型の凄さに感動したことを伝えると、「前歯の差し歯をつくる時には、口全体の模型を作って、その歯型から口にあったものを推測しながら作っていくので、手間がもの凄くかかっているんですよ。」と、解説し、「こういう歯を作っている人を歯科技工士といって、いつも頼んでいるところは優秀な人が多いんですよ。歯に関しては何でも作ってしまうぐらい凄い技術を持っていて、我々も助かっています。」とも教えてくれた。

歯科技工士のイメージ(*イラスト:ありなか本舗さん)

(*イラスト:ありなか本舗さん 【イラストAC】

なるほど。歯科技工士という職業の人が歯を作っているんだ。私のようないびつな歯型だと、担当になった歯科技工士は、さぞ作るのに苦労したことだろう。その技工士に感謝しなければな。

話が終わると、椅子が倒されて、治療が始まった。まずは前歯に付けていた応急の被せ物を外し、土台部分を洗浄や消毒をした後に、いよいよ差し歯の登場。でも、いきなり接着剤を付けてがっちりと固定することはせずに、まずは仮止めという形で取り付ける。

仮止めにするのは、まだこの段階で完全に神経が安定していないので、とりあえず付けてみて、もし取り付けた事で炎症を起こしてしまったら、すぐに外して神経を取る治療をできるようにするため。

もしそんなことになってしまうと、せっかく差し歯を取り付ける段階まで進んだ治療が、一気に後退。治療期間が確実に数か月は延びてしまうので、勘弁して欲しい。

緊張するイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

差し歯の取り付けが始まった。まずはちゃんと土台と合うかの確認。先生が慎重に差し歯を取り付けていく。どうだろう・・・。ちょっと緊張する。ドキドキしながら展開を見守る・・・、いや、自分では見えないので伺っていると、見事に2つともぴったりとはまった。よかった・・・。

先生が「隣り合わせの歯が二つ同時だと、なかなか合わせるのが難しく、片方が合わないことはざらにあるんですよ。」と言っていたが、お見事。本当に作ってくれた人はいい仕事をしてくれた。

一旦外して、今度は軽く接着剤を付けて仮止め。取り付けた後は、噛んだり、歯ぎしりをしながら軽くかみ合わせを調整し、最後に歯の表面を磨いて、今日の治療は終了。

差し歯として前歯が揃ったわけだが、全く違和感を感じない。本当にすごい精度で造られている。先生も、「私が言うのもなんですが、これはいい差し歯です。当たりというやつです。」と言い、満足そうな顔をしていた。

歯がそろうイメージ(*イラスト:ごまめさん)

(*イラスト:ごまめさん 【イラストAC】

仮止めとはいえ、久しぶりに前歯が前歯のあるべきところに戻ってきた。先週取り付けてもらった先生の手製の前歯も悪くはなかったが、ちょっといびつな形をしていたし、表面もちょっとザラっとした感じだったので、正規のタイヤとは違う予備のスペアタイヤみたいな感じだった。

でも、今日取り付けてもらったのは、他の歯と同じようなツルっとした舌触りで、光沢もばっちり。舌で触った感じも心地いい。この感触には、ただただ感激。

ピカピカの差し歯のイメージ(*イラスト:mmikさん)

(*イラスト:mmikさん 【イラストAC】

前歯があるっていうのはいいもんだ・・・。他の歯に比べると、明らかに白い前歯をきらりと輝かせながら、感慨深く歯医者からの帰り道を歩いたのだった。

31、差し歯への不満

不満なイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

差し歯を付けたその日は、一片の曇りもなく、うれしさしか感じなかったのだが、取り付けて3日も経つと、少し不満を感じてきた。

その不満とは、差し歯の感触とか、不具合といったことではなく、私の感情の問題。差し歯を入れる前は、せっかく17万円もする差し歯を入れるのだから、何か変わるきっかけにしようなどと思ったのだが、実際に差し歯を付けてみたところで、たいして高揚感が湧いてこないのだ。

そう、17万のセラミック製の差し歯を装着してみたものの、全てにおいて普通とか、当たり前なのだ。

前歯の歯並びのイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】

差し歯を入れたことで、世界が変わって見える事もなければ、趣味や見聞が広がったり、ステータスが上がるようなこともない。17万も投資すれば、所有欲を満たされたり、何かしら世界が変わって見えるようなものを買えるというもの。でも、今回は元の状態に近い形に戻っただけ。

他人から、「プラスチックではなく、セラミック製を入れたんだね。いいもの使ってるね。」と、褒められる事もなければ、自らアピールする場面もない。

トイレの便器にTOTOとロゴが入っているように、歯にもメーカーのロゴでも入っていれば、「おっ、TOTOの歯を入れたんだ。高いけど、耐久性があっていいよね。」とか、「ナイキを使ってるんだ。今、流行ってるよね。実は俺もナイキのを入れてるんだ。」というような話になるのだが、それもない。

一味違う歯のイメージ(*イラスト:きゃなぽさん)

(*イラスト:きゃなぽさん 【イラストAC】

ほんとうに何の変哲もないただの歯。なので、前歯がそろったことには感動したが、17万円もするセラミックの歯を入れたことに対しては、ちょっと不満を感じてしまうのだ。

こんなことなら無理してでも金歯にすればよかったかも。金歯だったらすぐに気付き、「おっ、金歯入れたね。高かったでしょ。」などと、必ず聞いてくるはず。って、そんな考えをしまうのは貧乏性の人だけだろうか・・・。いや、そんなことはない。

というより、高すぎるんだよ。セラミックの差し歯。入れた後に言うのもなんだけど、やっぱりそこが強烈に不満に感じるのだ。

32、とりあえず治療終了

月日が流れるイメージ(*イラスト:ハコさん)

(*イラスト:ハコさん 【イラストAC】

仮止めの状態で1ヵ月近く過ごし、神経の炎症が見られなかったので、正式に取り付ける事になった。

「では差し歯を一旦外します。」と、先生が金具とペンチみたいなものを使うと、すぐにポロっと外れた。一か月間使っていて、全く違和感を感じなく、「これ本当に仮止めなの」「どうやって外すの」と、途中から疑念を抱いていたのだが、あっけなくとれてしまうと、やっぱり仮止めだったんだな・・・。と、妙に納得してしまった。

差し歯を外すイメージ(*イラスト:丑蟻さん)

(*イラスト:丑蟻さん 【イラストAC】

差し歯が外れると、鼻が曲がりそうなほど強烈な悪臭が口の中に漂った。一か月間、ずっと履きっぱなしの靴下の臭いといったところだろうか。自分のものとはいえ、なんともひどい臭いだ。

そんな悪条件の中でも、先生は嫌な顔をせず、淡々と外した差し歯と、土台となっている部分を洗浄し、エアーコンプレッサーの空気を吹きかけて乾燥させた。

日々、こんな悪臭と向き合っている歯科医や歯科衛生士は、とても大変な仕事だ・・・。と、人事のように思ってしまったりする。

悪臭に耐えるイメージ(*イラスト:troccoさん)

(*イラスト:troccoさん 【イラストAC】

その後、消毒の薬品を土台部分に塗り、接着剤のようなものを付けて、そっとやちょっとでは取れないように差し歯を固定した。

今まで仮止めで付けていたので、これといった感情は湧いてこなかったが、これで長期に渡って行われた差し歯の治療に、ひと区切りついた。

今回の治療では、気絶するかと思うような強烈な麻酔を何回か打たれるなど、痛い思い出が多い。差し歯を正式に取り付けたことで、そういった痛い治療からも解放される。それがとてもうれしい。思えば、歯を折った時は気持ちよく気絶していたので、一番痛くなかったかもしれない・・・。

line

その後、2回ほど経過観察や歯のクリーニングで訪れた後、最後の治療を迎えた。

「これで差し歯の治療は終わります。前歯の神経は絶対に大丈夫だといった確かなことは言えませんが、今のところは落ち着いているので、おそらく大丈夫だと思います。ただ何かあったら直ぐに来てください。」と、先生に念を押され、差し歯の治療が終わった。

笑う歯のイメージ(*イラスト:Cranberryさん)

(*イラスト:Cranberryさん 【イラストAC】

今回も長い治療になってしまったが、大きな口を開けてもみっともないということはなくなったし、食事の際にも前歯が普通に使えるようになった。

現状は、まだ冷たいものを飲んだりすると、若干歯が沁みたりすることがある。そういった違和感もそのうち収まってくるらしい。後は神経の部分に何事も起こらないことを願うのみ。

事故に遭ったのは不幸だったが、あれこれ考えたところで、前歯が生えてくるわけでもない。ちゃんと歯がそろったことだし、もう考えないようにしよう。

女性の歯科衛生士のイメージ(*イラスト:猫島商会さん)

(*イラスト:猫島商会さん 【イラストAC】

しばらくは歯医者へ来ることはないな・・・。ちょっと残念。といった名残り惜しい気持ちで受付に向かい、笑顔の素敵なお姉さんに最後の診察料を払った。

タイミングがいいのか、悪いのかわからないが、今日の診察で診察カードの予約日を書き込む欄が、ちょうど一杯になってしまった。

受付のお姉さんは、「今日で治療は終了なので、次回の予約はありませんが、新しいカードを作っておきます。」と、新しいカードを新調してくれた。

診察券のイメージ(*イラスト:01さん)

(*イラスト:01さん 【イラストAC】

これって、また来いということか・・・。いや、私にまた会いたいということなのかもしれない・・・。って、それは甚だしい勘違いというやつだが、新しいカードをもらうと、なにか縁という糸がつながっている感じがして、うれしい・・・。

でも、現実的には苦しい思いをして歯医者に通っているので、カードが一杯になると一回分無料とか、500円引きなどといった、レンタルビデオ店やクリーニング屋のようなサービスがあったほうがいいかな。例えば受付で売っている歯ブラシをもらえるとか・・・。

何にしても、これで3枚目の診察カードに突入。歯医者に通い始めてからかれこれ2年以上が経っているので、診察回数も診察経験も積み上がってきた。そろそろ歯医者通いの中級者を名乗ってもいいのではないだろうか。

レベルアップのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

次は更なる高みの上級者を目指して・・・。いやいや、これ以上歯医者にかからない方がいい。歯医者にかかると、お金も時間も無駄にかかってしょうがない。

いい加減、歯医者から卒業したいな・・・。そう思うものの、まだ卒業っていう気分ではなかった。口の中でまた別の問題も起きつつあったからだ。困ったことに、私の歯医者生活はまだ続いていきそうだ。

旅人の歯医者日記
第2章 折れてしまった前歯
#2-11 復活した前歯
#2-12 親知らずが生えてきた! につづく Next Page
広告
広告
広告