第2章 折れてしまった前歯
#2-16 振り出しの虫歯(前編)
1999年12月~2000年1月
親知らずを抜歯したことで歯の痛みは和らぎ、念願のユーラシア大陸横断に向けて準備を始めました。(*第2章は全17ページ)
41、3カ月経過

(*イラスト:海辺のあひるさん 【イラストAC】)
最後の診察を終えてから3ヵ月が経ち、季節は12月となった。月日の経過と共に、前歯付近にあった痛みや、ひきつった症状は和らいでいき、今ではそういった違和感はほぼなくなった。
この結果から考えるに、無理を言って親知らずを抜いてもらったのは、間違いではなかったようだ。
今ならアフターサービスってな感じで、前歯の神経の処置を行い、歯医者側の負担で差し歯の交換をしてもらえるのだが、もう神経は安定したみたいだし、痛みもないし、わざわざ処置をしてもらわなくてもよさそうだ。
とはいえ、一時的によくなっただけで、後々再発するかもしれない。そういったリスクは、残ったまま。今のうちに神経の処置をしておけば、そのような心配がなくなるし、何より今なら費用がかからない。

(*イラスト:erimaruさん 【イラストAC】)
やるなら今でしょ。といった考え方もできるのだが、再び長々と歯医者に通うのは嫌だし、神経の処置は痛かったり、しんどかったりと辛そう・・・。そう考えると、積極的に治療を受けたい、とはならない。
もし悪くなってしまったら、その時は運が悪かったと観念することにしよう。なすがままに、Let it be.というやつだ。ということで、前歯に関しては、もう「治療は終了!」と、私の中で結論が出ていた。

口の中のもう一つの懸念材料となっているのが親知らず。前回抜いた右上の親知らずの反対側、左上奥歯の親知らずが、今度は自分の番だと認識したのか、歯の並びにゆとりができたのか、少しずつ成長してきている。
今のところ右上の時ほど斜めに生えていなく、他の歯並びにも干渉をしていないので、特に問題は生じていない。ただ、前回のように突然前歯に問題が飛び火する可能性があるので、何か予兆が現れたら、即抜いてもらうことにしよう。

(*イラスト:mu-muuさん 【イラストAC】)
下の親知らずは、歯茎の中に完全に埋まった状態で、真横を向いている。レントゲン写真を見ると、いつ破裂するかわからない爆弾のような存在に思えるのだが、先生が言うにはこういう親知らずをしている人は多いものの、実際に生えてくる人はまずいないとか。
とはいえ、生えてくる確率はゼロではない。前歯のように神経が炎症するようなトラブルを起こす可能性もある。そういった時には、切開手術を行い、取り出すなりの処置をしなければならないとのことなので、私の生存中は大人しくしていてくれることを願うしかない。
気にしてもどうにもならないので、気にしないようにしよう。なるようにしかならないけど、ならないようになるのが一番。上の歯の時ように、気にしていたらすくすくと生えてきたというような事になっては困るので、極力歯に関しては気にしないように過ごしていた。
42、ユーラシア大陸横断計画

(*イラスト:Nakasaさん 【イラストAC】)
子供の頃から旅が好きだった私は、小学生のころから世界を旅することに憧れていた。夢は世界一周なんて人に言っていたものだ。
そんな旅好きな子供は、中学生になると一人で日帰りの旅をするようになり、高校に入ると青春18きっぷで日本を旅をするようになった。そして時間とお金を比較的自由に使える大学生になると、海外を一人で旅して・・・と、徐々に旅のスケールをステップアップさせていった。
大学時代に行った二回目の海外一人旅行では、航空会社のキャンペーンチケットを利用して、念願の世界一周を行った。その旅行では、飛行機で香港、インド、ロンドン、アメリカと西回りに地球を回っていき、40日で地球を一周した。
壮大な旅であることには変わりないが、あくまでも飛行機で地球を一周回っただけのこと。帰国直後は満足感いっぱいで、人にも自慢して回ったが、感動が覚めるのは早かった。なんていうか、子供の頃に思い描いていた世界を一周する旅とはちょっと違う。
その飛行機での世界一周を終えてからは、ぶつ切りのような旅ではなく、連続した旅をしたいと強く思い始めた。そういった旅の象徴が大陸横断の旅になる。

*国土地理院地図を書き込んで使用
日本は世界一大きなユーラシア大陸の東端に位置している。ユーラシア大陸の西端のロカ岬へ向かって、大陸を横断する旅をできたならどんなに素晴らしいことだろう。文化の変化や、気候の変化を楽しみながら旅をすることができる。得るものや感じるものも多いはず。
とはいえ、それはとてつもない壮大な旅。それなりの時間とそれなりのお金が必要になり、そう簡単に実現できるものではない。
でも、いつか挑戦してみたい。実際に実現できるかは分からないけど、なにはともあれ先立つものを用意しておかなければ話にならない。一度社会に出て、働きながら、計画の実現に向けて考えていくことにした。

実家暮らしなので、お金が貯まるのは比較的早かった。でも、あまりに早く会社を辞めるのも、経験の面でもったいない。石の上にも三年という諺がある。
とはいえ、年をとればとるほど日本に戻ってから社会復帰がしにくくなるので、やるなら早い方がいい。鉄は熱いうちに叩けとか、思い立ったが吉日ともいう。

(*イラスト:K-factoryさん 【イラストAC】)
いつ出発するのがベストなんだろう・・・。それともこんな旅に出ない方がいいのか。重要な人生の岐路といった場面なので、非常に迷う。
迷うが、現実問題として、前歯の差し歯が旅の出発の足かせとなっていた。せっかく意を決して旅に出ても、旅の途中で歯が痛くなり、止むなく帰国・・・なんていうのは最悪だ。そんな中途半端な旅はしたくない。前歯が完治するまでは、旅に出発しないことにした。
その前歯はこの秋に無事に完治した。これで出発の足かせはなくなった。後は私自身が決意するだけ。ということで、あれこれ悩んだ末に仕事をやめ、1年にも渡るユーラシア大陸横断へ旅立つことにした。

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
その旅の準備をしているさなか、歯医者から一枚の葉書が届いた。滞納分の請求書か。先送り大好き人間なので、葉書や封書が届くと、不吉なことしか思い浮かばない。
でも歯医者に関しては全部払っていたはず。トラブルもないはず。なんだろう・・・と葉書を見ると、定期検診のお知らせだった。
歯医者に通っている期間は2年7ヵ月と長いのだが、長い間隔を開けずに次の問題が起きていたので、こういった定期健診の葉書が自宅に届くのは今回が初めてだった。
定期健診か・・・。長く通っていると、色々と歯についての予備知識もついてくるというもの。プラークという歯垢はなるべく定期的に取ったほうがいいんだよな。固まって歯石になると厄介なことになる。
先に予防として歯医者に行くのと、虫歯ができてから何度も治療に足を運ぶのとでは、前者のほうが負担が少ない。何より時間に縛られない。それは身に沁みて理解できている。

(*イラスト:バターさん 【イラストAC】)
最近では毎日ちゃんと歯を磨いているので、虫歯は見当たらない。健康のため、いや、旅行資金を節約と、17万円もした差し歯がタバコのヤニで黄ばむのが嫌で煙草をやめているので、歯が白く感じる。でも、転ばぬ先のなんとやら。備えあれば憂いなし。
今回の旅は1年以上の長旅を予定している。旅をしている最中は、歯のケアが日常よりもおろそかになりやすい。万全な状態で旅立てば、帰国したときにダメージも少ないだろう。
それに歯のクリーニングは慣れると結構気持ちいいし、長い期間通ったので、歯医者もちょっと懐かしい。時間がある時にでも歯のクリーニングに行っておこう。

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】)
とうとう私も歯の健康を気遣うようになったんだな・・・。これも長年歯医者に通い続けた成果ってやつなのだろう。自ら進んで歯医者に行こうとする自分の成長を微笑ましく思ったのだった。
43、嫌な予感

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
インターネットの普及とともに、最近では何でもかんでもコンピューター管理が進んでいる。コンピューターにデーター入力してしまえば、管理が楽だし、一度に多くの処理もできる。コンピューター様様といった感じだ。
とはいえ、その分、人間が機械やコンピューターの理屈に振り回されている感じがする。その最たるが、2000年問題。
1999年から2000年に年号の桁が変わると、日付がリセットされ、コンピューターの計算がバグを起こすかもしれない。オンラインで結ばれている色々なものが動かなくなるかもしれない。などといったコンピューターのプログラム上の問題が指摘されている。

(*イラスト:海辺のあひるさん 【イラストAC】)
旅をしている最中に、預金が倍に増えていたらうれしいのだが、0になってお金を下ろせない状態になると困るし、飛行機などが止まってしまい、各地の交通網が大混乱になりにでもしたら大変だ。日本にいれば対処のしようもあるが、海外だと致命的なダメージを追うかもしれない。
連日この問題が大きく報道されていると、この2000年問題が起きるのが凄く不安になってきて、旅立ちは仮に大規模な2000年問題が起こっても一段落していると思われる1月中旬以降にすることにした。
カレンダーを見ると、中国の旧正月が2月上旬なので、その少し前の1月20日にしよう。ということで、すぐに飛行機の予約をとった。
歯医者へは出発日の前の週あたりに行き、歯を診てもらったり、クリーニングをしてもらおう。そうすれば万全の状態で旅立てる。そう思っていたのだが、正確には実現できなかった。

(*イラスト:みくろうさん 【イラストAC】)
葉書が届いた一週間後。夕食を食べていると、奥歯の歯と歯の間に食べかすが挟まってしまった。なかなかしぶといやつで、爪楊枝を使ってなんとか取れた。
しかし、その食べかすをとった後もどうもすっきりとしない。まだ残存感がある・・・といったような変な感触で、ちょっとムズムズする。
なんでこんなにムズムズするんだ・・・。更に爪楊枝で突っついていたら、今度は血が出てきた。ちょっといらい過ぎてしまった。いらわないようにしよう・・・、我慢、我慢。
ほっておけば治るだろう・・・と思うのだが、性格的なものなのか、この後もムズムズ感が気になってちょくちょく舌や手でいらっていた。
そして1時間が経ったが、やはりなんか変な感触で、少し痛痒い。今まで経験した歯の痛みはどれもピリッとした痛さ。例えるならタバスコのような感じで、音楽で例えればソプラノのような痛さだったのだが、今回のはジーンとした痛さ、音楽で例えればコントラバスのような痛さだった。

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
騒ぐような痛さではないのだが、逆にそれが不安になる。しかもその痛い歯は一番最初に治療して神経を抜いた歯。数ヶ月前に抜いた親知らずの隣の歯だった。
親知らずを抜いたことで、やはり隙間から食べかすが入り虫歯になったのだろうか。もしそうだとして、神経のない歯が痛いというのはどういうことだ。もしかしたらかなりの重症って事なのか。銀歯を外してみたら、中が腐敗していて、えらいこっちゃな状態になっていたりして・・・。そう考えると不安というか、恐怖。
もう飛行機の予約を入れてしまったので、歯医者に行くなら早く行かないと出発に間に合わない。すぐに歯医者に行こう。年の暮れの忙しい時期、久しぶりに歯医者の自動ドアの扉を開けた。
第2章 折れてしまった前歯
#2-16 振り出しの虫歯(前編) #2-17 振り出しの虫歯(後編) につづく