プロローグ
#1-5 転勤とワンコ
ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。
12、5周年記念

中学生にもなると、私も少しは分別が付いてきたので、適度な距離感でジョリーと付き合うようになり、小学生の時よりもいい関係を築いていた。
とはいえ、一度ついてしまった序列はそう簡単に覆らないようで、ジョリーから見た私の序列は、家族の中で一番低いまま。他の家族に接する態度とは微妙に違う。
負けず嫌いの私としては、このままでは悔しいし、少なくとも兄として妹には負けたくない。ということで、家族に内緒でこっそりと食べ物を与えてご機嫌をとったり、勉強をほったらかして大好きなボールで遊んであげたりと、ジョリーに好かれる努力を私なりにしてみるのだが、どう頑張っても一時的に懐くだけで、そう簡単に犬の気持ちは変わってくれない。何事も最初が肝心というやつなのだろう。
小手先ではどうにもならないので、後は成すがままに付き合うしかない。そのうちジョリーが私の真の優しさや重要性に気が付き、序列が上がっていくかもしれない。

(*イラスト:kaccoさん 【イラストAC】)
1989年の夏、私が中学3年生の時に、ジョリーは5歳の誕生日を迎えた。
この頃の犬は10歳まで生きれれば大往生と言われていた。現在と比べると、随分と寿命が短いのだが、外で粗末に飼う人が多かったので、こういった数字になるのもしょうがない。
室内で飼う小型犬の場合は、この頃からもっと長く生きると言われていた。といっても、まだ小型犬のブームが始まったばかりだったので、実際に周囲で長く生きたという人は少なく、長生きするらしいというだけで、具体的にどれくらい長いのか、どういった飼い方をしたら長く生きるのかなどは、よくわかっていなかった。
だから、犬は生きても10歳+アルファ。そういった認識があったので、5歳を迎えてみると、「まあ無事に半分生きたね。よかった。よかった。」といった感想だった。

(*イラスト:ビバ・カツオノエボシさん 【イラストAC】)
誕生日から二か月後、秋には我が家に来てから5周年になった。誕生日の時には、特に祝うようなことをしなかったので、今回はみんなで祝ってやることにした。
今日はなんだかよくわからないが、みんなの機嫌がいい。それにいつもよりも夕食時にもらえるものが豪華で、多いぞ!これはラッキー!といった感じで、ジョーリーは素直に喜んでいた。
実際に5年の月日を重ねてみると、犬が来て生活が変わったような・・・、変わらないような・・・。面倒をみるのが大変のような・・・、大変じゃないような・・・。いまいちよくわからない。
もう犬が家の中にいることが当たり前。すっかり家族の一員になり、日常の一部になっているので、いない生活を考えることができない、といったところだろうか。
何にしても、この5周年は単なる通過点であって、少なくともあと5年はこの暮らしが続いていくものだと、この時は何も疑問を感じていなかった。
13、突然の東京転勤と受験

(*イラスト:はやせいさおさん 【イラストAC】)
5周年を祝った3カ月後、父親にまさかの転勤辞令が下り、東京へ引っ越すことになってしまった。
地方の小さな都市からいきなり大都会東京へ。この時の私は来年度から高校生になる中学生。東京への憧れはあったが、突然大都会東京へ引越しとなってみると、はっきり言って恐怖しかなかった。

(*イラスト:hakuさん 【イラストAC】)
一番の不安が高校受験。年が明けていきなり転勤が決まったので、憧れの志望校とか、目標というのが、受験目前にして全て崩壊。新たに東京で通いたい高校を探さなければならない。
で、東京の高校を調べてみるのだが、膨大な数の高校があり、あまりの数の多さに唖然としてしまう。地方だと、東西南北+商業、工業、私立といったぐらいしかないので、成績と住んでいる場所で、自然と行く高校が決まってくるのだが、これだけ多いと選ぶのだけで頭がパンクしそうになる。さすがは大都会東京。人口の多さが桁違いだ。

(*イラスト:musubuさん 【イラストAC】)
どの高校を受けよう・・・。東京で暮らしていれば、校風とか、評判とかが、地域のニュースとか、同級生の話などから分かるのだろうが、学校名を見てもさっぱりわからない。分かるのは、日大付属みたいな大学の付属高校ぐらい。願書の提出が迫っている中、いきなり選べと言われても、本当に困る。
この時代はインターネットなどという便利なものがなかったので(*パソコン通信はあった)、本屋で「1990年度版 東京の高校受験案内」といった本を買ってきて、知識を得るしかなかった。
でも、地方に住む人間がこういった本を読んでも、他の世界の案内本といった感じで、まるで旅のガイドブックを読んでいるかのよう。実感が全く湧いてこない・・・。
それに、東急の沿線沿いで、だいたいこのエリアといった感じで家を探してもらっているが、まだ住む家が決まっていないので、どの高校が通いやすいかもわからない。
東京は鉄道が発達しているので、少々遠くの高校でも通いやすいと聞くが、乗り換えが多いのも面倒だ。何より、東京といえばすし詰め状態になっている満員電車が、すぐに頭に思い浮かぶ。
あんな凄まじい状態の電車に、自分が毎日乗って高校に通う姿が全く想像できない。というより、なるべく乗りたくない。できることなら自転車で通えるところがいい。

(*イラスト:miyukiiiさん 【イラストAC】)
問題はまだある。模試試験の偏差値から幾つか候補を絞ってみたが、東京で模試を受けたことがないので、今の自分の偏差値が東京の偏差値とちゃんと合っているのだろうか。それが心配だ。
それに東京の高校の受験対策なんて全然していない。東京で暮らす人と同じ条件でテストを受けるというのは、どう考えても不利ではないか・・・。特に問題の傾向が独特な私立は、いきなり受けても受かりそうな気がしない。
そもそも今から願書出して間に合うの?とまあ慌ただしく受験日やら学校を知らべると、東京の公立高校は願書の締め切りが早く、もう既に終わっていた。仕方ないので、自分の偏差値付近で、家から無理なく通えそうな私立高校を幾つか受けてみるのだが、全て不合格という最悪の結果となってしまった。

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
このままでは東京の高校に通えない・・・。絶望的な状況だが、まだ手が無いわけではない。最終手段として、こっちの公立高校を受け、都立高校への編入試験を受けるという方法がある。
もちろん編入試験なので、枠は少ない。でも、全国から同じ立場の人が受けるのなら、東京の学生に混じって東京の学校を受験するのよりは、可能性が高そうに思える。成績が優秀な人は、とっくに私立に受かっているだろうし・・・。
とはいえ、この編入試験が受からなければ、こっちに一人残って、寮かアパートで一人暮らしをすることが確定してしまう。そして来年の春に、また編入試験に挑戦するか、そのまま暮らし続けるかを考えなければならない。大きな命運をかけた試験になるな・・・。中学生にして人生の崖っぷちという状況で試験に挑まなければならなかった。

(*イラスト:藤やすふみさん 【イラストAC】)
でも、幸運が舞い込んできた。昨年までの募集要項では、募集を行っているのは幾つかの指定の高校だけで、募集人数も少なかった。
改めて先生が資料を取り寄せてみると、近年のバブル景気の影響なのか、私と同じようなケースでの東京転入が多くなり、また都立高校の願書の締め切りが他県よりも早いという事情もあり、今年から全ての都立高校が各2名募集と編入の枠が大幅に拡大されていた。
しかも同じ学区内の高校を2つ分けて2回試験日が設けてあるので、チャンスも二回ある。これなら絶望的な超難関試験ではなく、普通ぐらいの難易度になるかも・・・。
それでも落ちたら大変なので、凄まじいプレッシャーを感じながら受験会場を訪れると、こんなギャンブルのような試験を受ける人は少なく、大甘な編入試験といった感じで、すんなりと希望の都立高校に入ることができてしまった。
自分の偏差値よりも高めで、しかも人気の高校に入れたので、結果として、この急な転勤は私にとってラッキーだったと言えるかもしれない。
とはいえ、それはあくまでも結果論。人生の崖っぷちの状況を味わわなければならなかったことを考えると、普通に高校受験をしたかったというのが本音になるだろうか。

(*イラスト:pwsaさん 【イラストAC】)
しかしその一方で、とんでもない状況になってしまったのがジョリーだった。当然、ジョリーも一緒に引っ越すつもりでいたのだが、会社が引越し直前に用意してくれた賃貸住宅では犬を飼うことができなかった。
「犬と一緒じゃなければ嫌だ。もっとよく探してくれ。」父親の会社に掛け合い、ペット可の物件を探してもらうものの、いい返事が一向にこない。
この頃はちょうどバブルの全盛期。東京への一極集中が進み、都内は極度の住宅難になっていた。しかも引っ越しシーズンの3月ということで、とりあえず物件を押さえられただけでも・・・、といった状態。

(*イラスト:カフェラテさん 【イラストAC】)
更に言うなら、この頃の住宅事情は今よりも遥かにペットには厳しいもので、ペット可の物件というのがとても少なかった。
社会的に犬を室内で飼うことが認知され、そういった人が増えてきたとはいえ、バブルの売り手市場にわざわざペット可にして貸す必要もなく、ペットはほぼ不可。猫に至っては絶望的な状況だった。

ただ、今までの慣習として不可にしているだけのことも多く、既に飼っている小型犬の場合だと、実際に契約が決まった後で大家に、「これこれこういう事情なので、お願いします」と頼めば「別にかまわない」という場合も多々あるそうだ。
とはいえ、それはあくまで「そういう場合が多々ある」というだけ。過度に期待しないほうがいい。
それよりも、ジョリーと一緒じゃないのなら東京への引っ越しをやめればいいではないか。私と妹はそう提案するのだが、どうにも大人の事情は覆らなかった。
14、命運をかけた交渉

(*イラスト:エト108さん 【イラストAC】)
もしかしたらジョリーと一緒に暮らせる物件が半年後、一年後に見つかり、そっちへ引っ越しができるかもしれない。
そう親に説得され、一応預けるという形で里親探しが始まった。赤の他人がそんな都合のいい預かり方をしてくれるはずもないので、親交の深い知り合いや親せきに電話し、預かってくれる人はいないかと聞いて回った。
その結果、中国地方の山間部に住む遠縁の老夫婦が預かってもいいと手を挙げてくれ、その親戚に預けることになった。

預け先は決まった。でも引っ越し先は共同住宅ではなく、一戸建て。会社の人が問い合わせたときは、小型犬でも不可と強調されたようだが、もしかしたら情に訴えるように交渉すれば何とかなるかもしれない。
地方に比べると、東京の人は冷たいという噂だ。でも、いくら冷たくても同じ人間。同じ日本人。そうそう無下に断れないはず。強引かもしれないが、大事な犬の命運がかかっている。一抹の可能性に掛け、引っ越し先へ連れていき、隣に住む大家に直接交渉をしてみることにした。
犬が禁止というのは重々承知ですが、5年間以上も飼っていて、子供が大事にしていますし、基本的なしつけができているので、家を傷けることもありません。犬を飼うことを許可してもらえないでしょうか。
最初の挨拶の時に親と一緒にジョリーを連れ、そういった感じで交渉してみたのだが、「犬以外のことだったら何でも相談に乗りますが、犬だけは・・・」と首を横に振られてしまった。

(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
話を聞くと、大家をしている女性は、過去に犬でひどい目に遭ったことがあり、それがトラウマとなって、鳴き声を聞くのも駄目といった極度の犬恐怖症だった。それは最初にジョリーを見たときの反応ですぐに分かった。
しかも悪いことに、借りる家は大家さんの建物と同じ敷地内に並んであり、玄関も狭い通路を挟んだだけ。犬を散歩に連れて出るときに鉢合わせる可能性や、脱走して隣の家に入ってしまう可能性すらある。犬を拒むのも無理はない。
話す様子からは、地方から上京してきて、色々と手助けをしてあげたいという気持ちがありありと伝わってくるので、きっと家が少し離れた場所にあったのなら、「まあ、しょうがない。」と許可してくれたことだろう。
私の高校受験が奇跡的な展開でうまくいったので、ジョリーに関してもきっとうまくいく・・・と期待が膨らんでいたのだが、膨らんだ風船が割れるような感じで、現実を突きつけられてしまった。

結局、大家さんがジョリーを見た瞬間、凄まじい怯え方をしたのを見てしまったので、幾つか用意していた金銭的な保障などといった交換条件の提示もできなかった。ここはペット不可の物件。この状況では無理を通そうとする我々の方が黙って引くしかない。
人生、なかなか全てがうまくいくような展開にはならないものだ。というより、人生何が起きるかわからないものだ。まさか5年半でジョリーとお別れすることになってしまうとは・・・。
うまくいった高校受験を機に、「これからの東京生活を頑張るぞ。華の大都会東京を楽しむぞ。」と、かなり舞い上がっていたのだが、一気に気持ちが覚めてしまうのだった。
#1-5 転勤とワンコ #1-6 ワンコを里親に出す