極寒のモスクワ散策記1997 ~風の旅人旅行記集~
極寒のモスクワ散策記97'

#3 寒さと温かさ

1997年12月、飛行機の乗り継ぎを利用して、極寒のモスクワ市内を半日ほど散策した時の旅行記です。(*全12ページ)

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7、両替

入国審査を無事に終え、空港の到着ロビーに出た。ここシェレメーチエヴォ空港は、アメリカと並ぶ超大国ロシアの空の玄関となる・・・、はずなのだが、思っていたよりも空港内に活気がない。というより、閑散としている。

朝早いせいだろうか。水曜日という曜日が悪いのだろうか。いや、さっきまでいた免税店エリアも活気がなかったのだから、これが普通に違いない。

空港の設備は古めかしいし、照明は暗い。随分とアメリカと差がついてしまったな・・・。あのソビエトも落ちぶれてしまったな・・・。という厳しい現実を、入国して数分で実感してしまうと、何か切ないものを感じてしまう。

両替所のイメージ(*イラスト:nendoさん)

(*イラスト:nendoさん 【イラストAC】

まずは両替を済ませておこう。両替のできる銀行は・・・と、探すまでもなく、すぐ目に付くところにあった。が、窓口には結構人が並んでいた。

さてどうしたものか・・・。列に並びながら迷った。ロシアの物価は一体どれくらいだろう?町中で簡単に両替はできるのだろうか?さっぱりわからない。

今回の目的地はモロッコ。そしてスペインとポルトガルを足早に周ってきた。それが手いっぱいで、入国できたとしても半日の滞在しかないロシアについては、ほとんど予習をしてこなかった。実は、荷物になるからとガイドブックすら持ってきていない。

ここの両替所はかなり並んでいるし、ロシアでは並ぶのが当たり前だといったイメージがある。ここである程度両替しておかないと、後で両替をしたい時にできないのではないか。

場合によっては、両替に時間がかかって観光が出来なかったり、最悪、飛行機に間に合わなくなってしまうことも考えられる。それは絶対に避けたい。

お金のイメージ(*イラスト:かえるWORKSさん)

(*イラスト:かえるWORKSさん 【イラストAC】

貴重品袋の中を見ると、トラベラーズチェックが300ドルぐらいあり、現金もボチボチと入っている。成田から自宅に帰れるお金が残っていれば何とかなるので、手持ちのお金には余裕がある。ということで、ここは多めに両替しておくことにしよう。

トラベラーズチェックの場合は帰国したときに両替率が高いし、保管しておいて円安の時に再両替すれば、気持ち程度増える。ここは現金を使うことにして、手ごろな現金を探すと、50ドル札と1万円札があった。このどちらを両替に出そう・・・。ちょっと迷ったが、ここは思い切って1万円にした。

半日の観光に1万円はさすがに多過ぎると思うが、50ドルだと少し心もとない。まあ余ったら、モスクワのお土産を買えるだけ買えばいいだけのこと。今後モスクワに来る事なんてないだろうし、何より不安になりながら観光するよりはいいはず。

両替のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

私の順番がやってきたので、1万円札とパスポートを窓口に出した。窓口で対応しているのは若い男性で、さっきから見ていると、てきぱきとよく働き、愛想がいい。なかなかの好青年だ。

彼は私が渡した紙幣の透かしなどを確認した後、結構な枚数の紙幣を渡してきた。う~ん・・・、なんだか沢山あるぞ。しかも面倒なことにゼロが多い。

ロシアルーブル
ロシアルーブル
両替票
両替票

10,000円=423,000ルーブル

こういう場面では、すぐにお金を数え、ちゃんとレシートの金額と合っているかを確かめるのが、旅のセオリーになる。だけど・・・、予想外にもらう紙幣の数が多くて、数えるのが面倒くさい。まぁいいか・・・。さすがに空港の窓口で誤魔化すようなことはしないだろう・・・。

簡単に数える仕草し、「オッケー、ありがとう。さようなら」と窓口の青年に言うと、「どういたしまして、良い旅行を」と返ってきた。

なんてさわやかで、好感が持てるのだろう。さっきのビザ発給係のおじさんに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい・・・。

8、バス停へ

空港バスのイメージ(*イラスト:メルさん)

(*イラスト:メルさん 【イラストAC】

両替も済んだし、モスクワ市内へ繰り出すとしよう。日本だとリムジンバスに乗ってとか、成田エクスプレスに乗ってといった感じで、空港から都心へのアクセスは容易になっている。

ここシェレメーチエヴォ空港からモスクワ市内へのアクセスは、残念ながらとても悪い。というか、最悪。スームーズに行く方法はタクシーだけというありさま。

ホテル代をケチって、空港でごろ寝するような貧乏旅行者が、好き好んで値の張るタクシーを利用するはずがない。その分、他で有意義に使いたい。それが若者の旅というものだ。

ではどうやって市内へ向かうか。日本で調べた限りでは、バスと地下鉄を乗り継げば、安く移動することができる。持参したバスと地下鉄の路線図のコピーを頼りに挑戦してみる事にした。

客引きのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

まずはバス停を探さないと・・・。バス停の案内板を探しウロウロしていると、一人の男の人が声をかけてきた。

「ミスター、タクシー?」って、タクシーの勧誘か。タクシーなら楽に市内の中心まで連れていってもらえるけど、ここから市内までどのくらいの距離があるのか分からないし、何より物価の分からない状態でタクシーに乗るのは危険。いくらボラれるかわかったものではない。

それに昔読んだ本では、ソ連崩壊後、空港から市内への幹線道路では、裕福な旅行者を狙ったタクシー強盗が多発したとか書いてあった。今は少なくなったという話だが・・・、どうなのだろう。そのへんの事情はよくわからないが、少なくとも白タクには乗らないに越したことはない。丁寧に「ノーサンキュウ」と断った。

断ると、「そうか」といった感じで男は去っていった。あれれれ、それで終わりなの?値段を下げるとか、しつこく交渉してくるものだと思って身構えていたのに・・・。ここはモロッコとは違ってヨーロッパの文化圏なんだな・・・と感じた瞬間だった。

バスのアイコンのイメージ(*イラスト:kpさん)

(*イラスト:kpさん 【イラストAC】

更にウロウロしていると、バスのマークが描いてある出口を発見。 ここを出ればバス停に行けるのだな。何のためらいもなく二重になっている自動ドアから外に出ようとした。

しかし、二つ目のドアを開けた瞬間、「うわぁ、な、な、なんなんだ、この寒さは・・・。体が凍る!」と、強烈なモスクワの寒さの洗礼を受け、反射的に空港の中に戻ってしまった。

外は想像を遥かに超えた、極寒の世界だった。まるで冷凍庫の中。急速冷凍ってやつで、体がマグロのように凍ってしまいそう。

こんなに寒いとは・・・。空港内が暖かかったので、外の寒さのことはすっかり頭の中から消えていた。いや、頭にはあったのだけど、ここまで寒いとは思っていなかった。

寒さで体が固まるイメージ(*イラスト:隠さん)

(*イラスト:隠さん 【イラストAC】

私の着ているものは、シャツと厚手のトレーナーの上にモロッコの民族衣装を着ているだけ。あまりにも無防備というか、冬のモスクワをなめ腐っているとしか言いようのない格好だ。

ここまで寒さが強烈だとは・・・。この格好だと、凍えそうだ。服屋を探すか・・・。いや、さっき見た感じそんなものはなかったな。ここは空港。ショッピングセンターではない。普通の服屋があっても利用する人がいないだろう。

困ったな・・・。このまま暖かい空港に籠城するか。いや、それでは何のためにビザを取得したのか分からない。

きっと乗り物の中は暖かいだろうし、町に出れば服屋がある。町に出てから対策することにして、とりあえずバスを待つ間、我慢しよう。何よりビザ代の40ドルがもったいない。

ということで、ここは日本男児の生き様を・・・なんて少し大袈裟に思いながら、寒い中を強行することにした。

9、寒さの中の温かさ

強烈な冷気のイメージ(*イラスト:みょうち麒麟さん)

(*イラスト:みょうち麒麟さん 【イラストAC】

自動ドアを開けると、再び凄まじい冷気が襲いかかってきた。不意を付かれた先ほどに比べると、心構えができている分、少しはましに感じるが、やはり寒いものは寒い。背中を丸め、少しでも暖かいようにバス停に向かって歩いた。

バス停は空港を出てすぐのところにあった。自分の乗りたい路線番号とバス停の番号があっているのを確認して、列の一番後ろに並んだ。

バス停のイメージ(*イラスト:beepさん)

(*イラスト:beepさん 【イラストAC】

それにしても寒い。体の芯から凍えるというのは、こういう状態のことを言うのだろうな。正直、あまりしゃれになっていない。

震えながら列に並んでいると、2つ前に並んでいる背の低いおばさんと目が合った。そして私に向かって何か言ってきた。

「○○△△××???」ん?ロシア語のなので、何を言っているのかさっぱり分からない。分からないといったジェスチャーをすると、おばさんはにっこりと笑いながら鞄の中から綿で出来たスカーフを取りだし、私の首に巻いてくれた。

これは助かった。首筋からの寒さが少し和らぎ、幾分ましになった。何より優しい心意気に心が温められた。

雪の中でのほっこりのイメージ(*イラスト:いちごいちえさん)

(*イラスト:いちごいちえさん 【イラストAC】

笑顔で「サンキュー」とお礼を言ったものの、反応がない。英語が全く通じない。しまった。ロシア語の「ありがとう」を覚えておけばよかった。

それでも私の感謝の意は伝わったようで、おばさんも満足そうに笑っていた。

見るからに寒そうで気の毒に思ったに違いないけど、とりあえずモロッコの民族衣装を着た日本人は、モスクワの人に受け入れられたようだ。

ロシアに関することは悪い評判ばかり耳にするけど、実際に暮らしている人はそうでもないのかもしれない。私のロシア人に対するイメージがマイナスからプラスになっていった。

しかし気温が氷点下だという事実は変わりなく、少し温かくなった心をカイロ代わりに、寒い中、バスがやって来るのを待ち続けた。

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