#4 市内へのバスと地下鉄
1997年12月、飛行機の乗り継ぎを利用して、極寒のモスクワ市内を半日ほど散策した時の旅行記です。(*全12ページ)
10、市内へのバス
バス停で少し待っていると、連結で結ばれた2両編成のバスがやってきた。このように連結されているバスのことを、連節バスというようだ。
飛行機に乗るときに、滑走路でこの連節バスに乗ったことはあるが、町中で走っているのを見るのは、今回が初めて。バスなのに異様に長く、バス停に停まっている様子はまるで路面電車のよう。
乗車口は一番前の運転手のところだけで、バスが到着すると、並んでいた人々がそこから順番に乗車していった。モロッコでは我先にと乗客がなだれ込むように乗り込んでいくことが多々あり、負けてはなるものかと大変だったが、モスクワではそういった心配はしなくてよさそうだ。
運賃は前払いで、乗っていく人は運転手にお金を払っていた。乗客を観察していると、みんな何も言わずお金だけ渡している。運賃は定額ということか。
いくらだろう。日本のように料金が車体の外に書いてあるといったことはなく、いくら払えばいいのか分からない。前の人が払ったのと同じ10000ルーブル札を運転手に渡してみたら、無言でチケットとおつりが返ってきた。
渡されたチケットは2000券が2枚。4000ルーブルということになるかな。日本円でいくらなのだろう。
日本的な感覚では、ゼロが三つもついていると、そこそこ高く感じる。まして4000ともなると、結構な金額を払っているのでは・・・と、少し不安になってしまう。
でも、両替の時に桁の多さにびっくりしたのだから、日本円に換算すると、少なくともゼロが一個取れるはず。だったらそこまでの金額ではないのかな。まあ後から計算してみよう。
チケットを受け取ると、車内の奥へ進んでいった。しかし車内はけっこう混んでいて、後ろの車両へ入っても席がほぼ埋まっていた。しょうがない。若者だし立っていよう。
バス停でスカーフをくれたおばちゃんは、後ろの車両の連結器近くの席にちゃっかりと座っていた。ちゃんと座れていてよかった。そういった思いも含めて、横を通るときに軽く会釈をすると、笑顔が返ってきた。言葉が通じなくても、意思がちゃんと通じるのは気持ちのいいものだ。
並んでいた乗客を全て乗せると、バスは走り出した。車内は暖かく、今の格好でも寒くないのはうれしい。ただ、雪道なのでガラガラとチェーンの音がやかましく、立っているのもあって嫌な振動が足から響いてくるし、よく揺れる。
それにしても・・・、雪が積もる中、普通のバスを運転するだけでも大変なのに、よく連節したバスを運転できるものだ。何か特殊な才能があったり、難しい訓練を積んだのだろうか。うまく運転している運転手の技術の高さに感心してしまう。
とはいえ、不安を感じていないわけではない。連結して長いので、普通のバスよりも不安定だし、遠心力も働くはず。例えば、交差点を曲がるときに、後ろの車両だけ滑ってしまうことはないのだろうか・・・。
もっと言うなら、勢いよく滑り過ぎてしまい、そのまま連結が外れ、後ろの車両だけ坂道をどんどんと滑っていき・・・、凍った池にポチャリなんてことはないだろうか。
時々大きく揺れる車内で不安定に立ちながら、そんなコントのような場面を想像してしまうのだが、絶対にそんなことは起きてほしくない。
停留所を幾つか過ぎると、席が空き、私も座れるようになった。座席に落ち着くと、せっかくなので窓の外の景色を見ようと思い、曇っているガラスを拭いた。
しかし外の景色が見えたと思ったら、すぐに曇ってしまった。室内と外の温度差がかなりあるからしょうがない。冷気の悪戯ってところかな。
でも、そんな悪戯なんぞに旅人の好奇心は負けない。なにくそともう一回拭くものの、またすぐに曇ってしまった。いや、もう一度・・・って、これはキリがない。何度か試みた後で諦めた。
この強烈な寒さと、雪のある様子がモスクワの冬の日常なんだろうな・・・。冬が寒いのはどこも一緒だが、ここの寒さは一味違うようだ。曇ったガラスの外に見えるコチコチに凍った町並みを見ながら、ぼんやりと思うのだった。
11、バザール
しばらくするとバスが停留所に着き、乗っていた乗客がぞろぞろと降り始めた。どうやらここが終点のようだ。
バスから降りると、凍てつく冷気が、肌に突き刺さるような感触がする。やはりこの寒さは尋常ではない。「なんて寒いんだ。寒すぎるよ・・・」と、ブツブツ言いながら足早に地下鉄の駅に向かっていると、駅の横の空き地で露店のバザールをやっているのに気が付いた。
バザールか。これはちょうどいい。差し迫り、この寒さをしのぐものが欲しい。青空市なら安く手に入るかもしれない。少し物色してみる事にした。
バザールでは、雑貨や衣類を中心に多くの露店が並んでいた。体が寒い以上に、今は手が冷たくてたまらない。このままでは写真を撮る事はおろか、ポケットから手を出すことすらできない。手ごろな手袋を探す事にした。
ぶらぶらと物色しながら歩いていると、妙に周りからの視線を感じる。そういえばモロッコの民族衣装を着ていたんだっけな・・・。忘れていた。視線の感じからすると、モロッコの民族衣装を着た短髪の東洋人はかなり目立つようだ。
冷気並みにチクチク突き刺さる視線を周囲から感じつつ、手袋を売っている店を探すと、若く、綺麗なロシア人のお姉さんが切り盛りしている露店に、手袋が沢山並んでいた。手袋屋さんってところかな。商品には値札がついているので、買い物がしやすい。
その中から安くて暖かそうな綿の手袋が目に止まった。これがいい。早速、鞄からノートとボールペンを出し、凍えそうな手で値札より少し安い値段を書いてお姉さんに渡してみた。値切れないかなと思ったからだ。
モロッコでは定価の概念がないので、こういった交渉が日常だった。海外では交渉して買うのが当たり前・・・。ということはないけど、言葉が通じない中での買い物交渉はなかなか楽しいし、私の中で習慣化している。
ここでもロシアのきれいなお姉さんとちょっとトキメクような買い物を・・・、と期待したのだが、無表情に首を横に振られてしまった。
値段が安すぎたのか・・・。めげずにもう少し値を上げた数字を書いてみるものの、やはり首を振るだけだった。どうも表情や態度から値切る気は全くなさそうだ。
この国は日本と同じで定価が基本なのだろうか。それともこの綺麗なお姉さんが頑固なのだろうか。よくわからないが、値切り交渉は失敗に終わった。値切りの交渉をしつつ、買い物を楽しみたかったのに・・・。残念。
仕方なく値札と同じ金額を払って手袋を購入した。そしてタグなどを取ってもらい、その場で身に付けた。ちょうどいいサイズだし、温かい。
売ってくれたお姉さんに「温かいよ」といったジェスチャーをすると、ようやく少し微笑んでくれた。う~ん、可愛い。でも少し顔が引きつっている感じからして、迷惑そう。ロシアでは私はモテそうにないな・・・。
12、難解な地下鉄
手袋を装着すると、また少し寒さが和らいだ。なんだかこれって・・・、ロールプレイングゲームの主人公が、どんどんと装備を整えていくような感じかも。そのうち旅人の帽子とか、冒険者の杖とか、勇者の鎧なんてものが手に入るのかな?
そんな事を思いつつ地下鉄の駅に入ると、かなり暖かく感じる。 動物が土の中で冬眠をするのも分かる気がする・・・と、表現するのはかなり大袈裟だが、実際、この暖かさはうれしい。徐々に顔の痛さが和らいでいった。
階段を下りていくと、日本と似たような感じの改札があった。が、ここで困った。どうやって地下鉄に乗ればいいのだ。
切符を買おうにも、書いてある文字は全てロシア語。路線図も全部ロシア語。ロシア語が読めないと、乗り方と切符の購入方法がさっぱり分からない。
旅慣れているから、乗り方ぐらいすぐわかるだろうと、ガイドブックの路線図が載っているページだけコピーして持ってきたのだが、甘かった。バスに乗るときもそうだったが、この国ではロシア語が理解できないと、何をするにしても困難が付きまとう。
さて困った。どうやって乗ろう。利用している人々を観察してみると、コインか、メダルのようなものを改札機に入れて通過している。お金は紙幣が基本だから、あれは切符代わりのメダルになるのだろう。
そのメダルは、駅員のいる窓口でみんな手に入れている。でも、なんて伝えて買えばいいのだろう。路線図を見ても、ロシア語で書かれた地名を読めるはずがない。どこまで行くのかわからなければ、売る方も困るだろう。
それに違う種類の切符を買って、改札から出れなくなってキセルだ!と、警察に連れていかれても困るしな。ここはロシアだから長く拘束されて、飛行機に間に合わなくなって・・・・。ってことも十分にありうる。
こうなったらいつもの手だ。地名の連呼作戦。行きたい場所の地名を言っていれば、世界中どこでもどうにかなるもの。
ということで、窓口の駅員に「クレムリン」「クレムリン」と連呼しつつ、クレムリンまでの切符を欲しい事を伝え、バスの時と同じ1万ルーブル札を渡してみた。そんな駅名は多分ないと思うけど、駅員なら私の意図する事はわかってくれるはず。
すると、ちゃんと通じたみたいで、お釣りとメダルを渡してくれた。よし作戦は成功だ。さすが旅慣れているだけはある。と、自分の力量に満悦。
早速そのメダルを持って改札機へ行き、改札機に投入した。んんっ?あれ、メダルが戻ってこないぞ。って、あっ、そうか・・・。よく考えたら、これはバスと同じで一律同じ料金という事ではないか。
う~ん、なんか間抜けな展開・・・。さっきの窓口でのやり取りを思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。でもまあ、地下鉄に乗れたのだから、よしにしよう・・・。旅の恥はかき捨てってやつだ。背中に先ほどの駅員の生暖かい視線を感じつつ、後ろを振り返らず、地下のホームへ向かった。
地下のホームまで長い階段を降りていった。東京の地下鉄では、エスカレーターがあるのが当たり前だが、ここにはない。そういうものなんだろう。いい運動になる。
ホームに下りると、再び問題発生。どっちがクレムリンというか、町の中心へ向かっているのか分からない。景色の見えない地下鉄だと全く方向感覚がつかめない。
どっちのホームだ・・・と、考える間もなくちょうど電車が入ってきた。行き先表示は、当然ロシア語。どこ行きなのかわからない。駅員が立っていれば聞くのだが、見当たらない。
唯一持っている路線地図で、行きたい方向の最後の駅名と、電車に表示されている行き先とを急いで見比べると、よく似ている。恐らくこれで間違いない。確率は二分の一。次の電車まで待たされるかもしれない。その電車に飛び乗った。
しかし三つぐらい駅を過ぎた後、どうも違うような気がしてきた。町の中心に向かっているはずなのに、どんどん人が降りていき、車内がすいてきたからだ。
これは逆に進んでいるのではないか・・・。終点まで地下鉄の旅っていうのは、風景が見えないのであまり面白味がない。それに時間もたっぷりあるわけでもない。
何とかしなければ・・・。隣に立っていたお兄さんに「すみません。クレムリンに行きたいのですが、この電車であっていますか?」と英語で聞いてみるものの、首をかしげるだけだった。
やっぱり英語は通じないのね・・・。しょうがないので、再び地名の連呼作戦。「クレムリン」と言い、この電車を指差してみた。
すると、笑いながら首を横に振られてしまった。意思が通じたのはうれしいけど、逆に走っているのはよろしくない。ちょうど駅に着いたので、お兄さんに笑顔で見送られながら反対のホームの電車に乗り換えた。
今度は順調だ。駅に着くたびに、記号のようなロシア語で表記されている駅の案内板と、持ってきた路線図を確認した。車内のアナウンスはないし、あったとしてもロシア語では理解できない。自分の観察力だけが頼りだ。
そしてやっとお目当ての駅に着いた。ここでは結構降りる人が多いことからも間違いない。電車から降り、人の流れと共に改札に向かった。
改札を出ると、少しにぎやかな感じの地下街になっていた。商店が多く並んでいる感じからして町の中心部といった雰囲気だ。
地上に出たらクレムリンに行き、その後は色々とモスクワの町を歩こう。人の流れについて地上への階段を上っていった。
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