#10 再び空港で
1997年12月、飛行機の乗り継ぎを利用して、極寒のモスクワ市内を半日ほど散策した時の旅行記です。(*全12ページ)
27、空港の売店
空港前のバス停に無事に到着した。朝、町へ向かったルートを戻るだけだったので、そんなに苦労はしなかったが、何かあったら飛行機の時間に間に合わないという不安が大きかったので、空港に着くと、ホッと一安心した。
バスから降りてみると、辺りは完全に真っ暗になっていた。ここで朝スカーフをもらったんだよな。あの時おばちゃんにスカーフをもらったからこそ、寒さをしのげ、その後の旅に弾みがついた。まだ半日も経っていないが、ちょっと懐かしく感じる。
などと、感慨にふけっている場合ではない。雪が降り始め、一段と寒く感じる。急ぎ足で空港の建物に入った。
空港内に入り、財布を開いてみると、結構お金が残っていた。普通に考えれば半日の観光で1万円も使わないよな・・・。でも色々と防寒具を買うのにお金を使ったし、お金の心配をせずに、観光や買い物ができた事を考えると、失敗ではなかったはず。
空港の免税店でロシアルーブルが使えるかどうか分からないので、少々割高感のある空港ビルの土産物屋で残ったお金を使うことにした。
ロシアの民芸品を置いている土産物屋に入ると、人のよさそうなおばさんが店番をしていた。
挨拶をすると、こんな変わった格好の人もめずらしいのか、はたまた暇なのか英語で話し掛けてきた。
「どこから来たの?」「日本からです。」「はあ、やっぱり。そう思ったのよ。でもあんた、変わった服を着てるね。」と返ってきた。
飛行機の時間まではまだたっぷり時間があるので、モロッコを旅してきたことや、トランジットでモスクワを半日歩いてきたことなどを話した。
しばらく雑談が続き、「ロシアらしいお土産は何ですか?」と聞くと、ショウケースを指差し「このロシア人形(マトリョーシカ人形)だよ。」と指さした。
日本でいう「こけし」の様な形をした人形で、段々と小さくなっていくのが特徴だ。小さくなっているのには訳があって、人形は胴体が上下に割れ、その中に一回り小さい人形が入れられるようになっている。
人形の顔は伝統的な女性のものから、創作的なもの、話題の人まで様々。一番大きな人形の中に全部の人形をしまうことができるので、かさばらなく、お土産としては都合がいい。
個数は様々で、大きいやつは30個で1セットと大がかりだった。しかしそういったものは恐ろしく値段が高く、値札にはビックリするぐらいゼロが並んでいた。
おばさんにこの金額で買える中でのお勧めはと、持ち金を出して見せると、5個で1セットになっている歴代の書記長の人形を勧めてくれた。
これがこの店で一番人気があるとの事だった。色合もカラフルで、話題性もあり、観光客に人気となっているのも納得。できれば親しみを感じるゴルバチョフさんが一番大きかったらなと思うのだが、もう過去の人なのでしょうがない。
そんなにソビエトの書記長に思い入れがあるわけではないが、同じ顔で、同じ服を着た人形が10も20もずらっと並んでいるのは、ある意味不気味に感じる。私の趣向に合わない。他に気に入るものもなかったので、これにすることにした。
空港内の店ということで観光客価格だったのか、元々それなりに値段が張るものだったのかはわからないが、思いのほか高い買い物で、この人形を買ったらほぼ手元のお金が無くなってしまった。気持ち程度残ったルーブルを見せ、これで何か買えるものはないかとおばさんに聞いてみると、小さい人形のキーホルダーを二つ出してくれた。
会計をしながらおばさんに今日の気温を聞いてみると、「今日は何度だろう。特に気にならなかったな・・・。私はずっと室以内にいたから詳しくはわからないけど、いつもと一緒じゃない。昼間は0~-5℃ぐらいで、朝と夜は-10~-15℃ぐらい。」と教えてくれた。
私としては、強烈に寒いし、雪は積もっているしと、ピンポイントでとんでもなく寒い日に来てしまったのでは・・・と思っていたのだが、ここで暮らしている人にはいつもと変わらない日常の気温だったようだ。
28、ロシア出国
袋にパッキングしてくれた商品を受け取り、おばさんに「ありがとう。さよなら。」と言って、土産物屋を出た。
ロシアルピーを使い果たしたので、これでロシア旅行に一区切りがついた。もうすることがないし、さっさと出国してしまう。そのままイミグレーションに向かったのだが、まだ出発時間まで少し時間があったので、イミグレーションへ進むゲートは閉ざされていた。
仕方なくゲート近くの椅子に腰掛け、ゲートが開くのを待っていると、目の前を日本人らしき男性が通り過ぎた。
日本行きの飛行機が発着している国際空港で、日本人が歩いていても、何も珍しいことではない。でも、この人はちょっと違った。
年齢は40代後半か、50代ぐらい。背は低く、髪は長髪を後ろで束ねていた。その姿は侍とか、武術家、或いは仙人といった感じ。空手か柔道の師範だろうか?例えるなら、だいぶん前に流行った映画ベストキットに出てくるミヤギさんみたいな格好と、雰囲気をしている。
ロシア人の連れがいたが、鞄を持っているのはその日本人だけなので、連れは見送りなのだろう。しかし・・・、いったいどういう人なんだろう。職業は・・・。とても興味を惹かれる。
なかなかゲートが開かない。時間を持て余し気味に、ぼぉ~としながらベンチに座っていると、今日一日のことが頭に思い浮かんでくる。
モスクワは半日しかいなかったけど、なんか色んな事があって楽しかったな。それに、自分の今まで持っていたロシアのイメージとはぜんぜん違ったのには驚いた。
私が高校の時ソビエト連邦が崩壊した。ソビエトといえば社会主義の国。赤の帝国。冷徹の国。スパイや暗殺の国・・・。その他悪いイメージしかなかった。
ソビエトなんて怖い国へは一生行くことはないだろう。いや、行きたくない。小さい頃はそう思ったものだ。そういった旧ソビエトであるロシアを自由に歩き回ることになるとは・・・、本当に感慨深い。
今回は半日と短かく、モスクワを少し散策しただけだったけど、ロシアの素顔を自分の目で見る事が出来たのは、とてもいい経験になった。
テレビとかでは断片的な場面しか映さないので、偏見を生みやすい。やっぱり「百聞は一見にしかず」。自分の目で見て、自分の頭で考えることが大事ということのようだ。
それに、日本で思っている以上に世界はめまぐるしく動いているようだ。昔のイメージのままで立ち止まっていたら、時代に取り残されてしまいそう。
椅子に座って一日の体験を回想していると、ようやくゲートが開いた。ここにいても暇だ。さっさと出国審査を済ませてしまおう。
出国審査官に、入国の時に切り離されたビザの半券とパスポートを提出すると、入国時と同様、形式的な感じでパスポートに出国スタンプをポンと押し、無愛想に返してきた。
これで無事に出国。さらばモスクワ。今回は寒さに苦しんだので、もし次に来る機会があるなら、寒くない時期に来たいものだ。言葉でも困ったので、少しロシア語を勉強しておいたほうがよさそうだ。
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