旅人の歯医者日記タイトル
旅人の歯医者日記

第1章 はじまりの虫歯
#1-2 奥歯に穴が開いた!

1997年1~4月頃

奥歯の違和感をほったらかしにしていたら、大変な事になってしまいました。(*第1章は全13ページ)

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2、世界一周旅行

奥歯がちょっと痛む気がするけど、そんなにひどく痛まないし、日常で困ることもない。そんなに心配しなくてもいいのかもしれない。

はっきりとした症状や痛みが出たら、その時に覚悟を決め、歯医者に行こうではないか。

1月は大学のテスト期間、2月からの春休みには世界一周旅行をするので、テスト勉強や旅行の準備、そしてバイトで忙しく、歯医者へ行く手間や時間が惜しい。

バイトのイメージ(*イラスト:星野スウさん)

(*イラスト:星野スウさん 【イラストAC】

とりわけ大学が休みの年末年始は、バイトの稼ぎ時になる。入れるだけシフトを入れてもらい、睡眠時間を削るほどフル稼働して、旅行資金を稼いだ。

そして1月後半からのテストは・・・、まあ、友人の力を借りて何とかこなし、2月になると予定通りに日本を出発して、世界を一周した。

といっても、その言葉から想像するような大袈裟なことではなく、お手軽に飛行機でぐるっと地球を一周するといったものだ。

世界一周のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】

今年の7月には、香港がイギリスから中国に返還される。返還前のイギリス領香港に行っておきたい。それと、前回の海外旅行で出会った旅人たちが口々にインドの旅は凄いと言うので、バックパッカーの聖地と言われるインドに行ってみたい。

そう考え、今回の旅行計画を練り始めたのだが、定番の海外旅行誌「AB-ROAD」を見ても、そのルートでは安い航空券がなかった。

今ではインターネットで何でも調べられ、家にいながら航空券の予約や購入ができてしまうが、昔はインターネットがなかったので、こういった雑誌で安い航空券を探しながら、海外旅行の計画を立てていたのだ。

しかし、困った。これではあまりにも航空券が高すぎる。今回は香港を諦めてインドだけにしようかな・・・。でもせっかくだから、無理してでも両方とも行っておきたいな・・・。

旅行代理店のイメージ(*イラスト:manamieさん)

(*イラスト:manamieさん 【イラストAC】

旅の計画で困ったときは、海外旅行を専門に扱っている代理店へ行って、店員さんに相談するのが手っ取り早い。

前回の旅行でお世話になった代理店を訪れ、「今回は香港とインドに行きたいのですが、安く行ける方法はないですか。」と、相談してみた。

が、やっぱり「AB-ROAD」と大差なく、気持ち程度割り引いてくれるだけだった。仕方ない。インドの往復だけにして、予約を入れて帰ろう。

新聞に出ていたが、昨年の猿岩石ブームで、海外へ出る日本の若き旅人が急増しているそうだ。

代理店の人に聞いても、卒業旅行シーズンを迎えるこの時期、以前よりも日本発着の予約が取りにくい状態になっているとか。

バックパッカーのイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】

「じゃあ、インドの往復の予約を・・・」そう言おうとしたとき、代理店の人が「そういえば・・・」と、今までのアジアではなく、ヨーロッパのファイルを調べ始めた。

そして、「これ面白いですよ!」と、少々興奮気味に紹介してくれたのが、ユナイテッド航空の地球を一周するキャンペーンだった。

な、なに、地球一周だと。そんな夢のような航空券があるんだ・・・。でも、値段が・・・。恐る恐る値段を見ると、なんと驚くことにインドを往復するのとあまり変わらない。

おまけに地球を一周すれば、マイルのポイントが一気に貯まるので、うまく飛行ルートを組めば、2万マイルでもらえる日本から東南アジアまでの往復航空券も付いてくることになる。

地球一周 + 東南アジア正規往復券が、たった十数万円・・・。これって超絶お得ではないか。今度は私が興奮する番だった。そしてその場ですぐ申し込んだ。

香港の町並みの写真
香港の町並みと飛行機

繁華街のすぐそばに飛行場があった時代です。

といった思いがけない経緯で地球を一周をすることとなったが、子供のころの夢が世界一周旅行だった私が、この壮大な旅にワクワクしないわけがない。

意気揚々と日本を出発し、まずは旧正月に合わせて香港を訪れ、そしてバックパッカーの聖地と言われるインド、大英帝国の中心地ロンドン、アメリカのジャズの町ニューオーリンズと立ち寄りながら、飛行機で西回りに地球を一回りして、日本に帰国した。

特に移動で苦労することはなく、なんちゃって世界一周旅行といった感じだったが、短期間で文化や価値観、物価がまるで違う国を一気に周っていったので、色々と刺激の多い旅となった。

カルカッタの町並みの写真
カルカッタの町並み(現・コルカタ)

ひっちゃかめっちゃかな町でした。

とりわけ、インドでは強烈なカルチャーショックを受けたのだが、話が長くなってしまうので、今回は省略する。いずれジュール・ヴェルヌに負けないような50日間世界一周といった見聞録を記すつもりだ。

3、むず痒い歯

3月の終わり、無事に日本に帰国してみると、季節が冬から春に変わっていて、桜が開花し始めていた。

海外から戻った時に桜が咲いていると、大袈裟に言うのではなく、本当に日本っていいなと感じてしまうものだ。この時期に外国人観光客が多いのも分かる気がする。

桜のイメージ(*イラスト:がらくったさん)

(*イラスト:がらくったさん 【イラストAC】

帰国してしばらくすると、桜の感動はなくなり、普段通りの新学期が始まった。奥歯が痛むような感触は、世界一周をしている最中に落としてしまったのか、はたまた旅行中に治ってしまったのか、今では痛みを感じることは、ほぼなかった。

痛みが引いたし、虫歯じゃなかったのかもしれない。このままほったらかしにしておくのも、喉に小骨が刺さったような感じで少し心配だが、わざわざ歯医者へ行って診てもらうのも面倒だ。まあ大丈夫だろう・・・。いわゆるノープロブレム(問題ない)というやつだ。

それよりも学生生活最後の年が始まる。就活のこともあるので、春から色々と忙しい。と、さらに時間が過ぎていった。

新緑のイメージ(*イラスト:がらくったさん)

(*イラスト:がらくったさん 【イラストAC】

春の忙しさが一段落し、新緑が美しい季節になった。町を歩いていると、公園や街路樹の新緑がすがすがしく感じる。

そんな世の中の流れにあらがうかのように不快感満点だったのが、私の口の中。再び奥歯に違和感を感じ始めたのだが、今回は痛いというより、ムズムズとむず痒い。

事あるごとに、口の中がムズムズしていると、なにかこう・・・表現しにくいが、とても嫌な感触だ。

4、講義中の悲劇

やっぱり、これはおかしい。歯医者に行った方がよさそうだ。真剣にそう思っていた4月下旬のある日、大学で講義を受けていた時に事が起こってしまった。

あれは忘れもしない経済学の授業だった。自慢じゃないが、私は経済がとっても苦手だ。

経済学の講義のイメージ(*イラスト:K-factoryさん)

(*イラスト:K-factoryさん 【イラストAC】

好奇心や冒険心を燃料に、風の吹くまま、気が向くまま旅をしている旅人が、マクロ経済とか、金融政策とか、費用対効果とかいった事が得意なわけがない。授業を聞いているだけで、頭が痛くなってくる。

でも、昨年単位を落としてしまったので、今年は何としてでも単位を取っておかなければならない。そうしないと、卒業ができないのだ。

今日は、頑張って市場原理というやつを理解しようと試みていた。しかし神経を集中したせいか、歯がいつも以上にむず痒く感じる。ただでさえ頭が痒くなるような授業なのに、歯までむず痒くなってはたまらない。

イライラしながら耐えていたが、あまりのむず痒さに、ボールペンの反対側で奥歯を突っつき始めた。突っつくと痒さが気持ち収まるが、やっぱりすぐに痒くなる。いや、どんどんとひどくなっていく。

顔面蒼白のイメージ(*イラスト:Niraraさん)

(*イラスト:Niraraさん 【イラストAC】

あ~むず痒い。まるで歯がしもやけになったかのよう・・・。段々その回数が多くなり、ボールペンを握る手の力も強くなっていった。

そして運命の時がやってきてしまった。「ツンツン」「ズボッ」「えぇ~~~~~」

い、いま、歯が砕けるような感触がしたぞ・・・。ボールペンでいらってみると、歯の横側に今までなかった窪みができている。

まさかボールペンで突っついたぐらいで、堅い歯が砕けると思っていなかったので、頭の中が真っ白になり、体が凍り付いた。

顔面蒼白のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

落ち着け。冷静になれ。動揺している自分を落ち着かせた。そして、舌で奥歯を触ってみると、欠けたとか、表面が剝がれたといった感じではなく、ポコッと穴が開いているようだ。

穴ってどういうこと・・・? 一体どうなってしまったんだ奥歯は・・・。気になってしょうがないが、被害の詳細がわからない。

今持ちうる一番正確な手段は、指。恐る恐る口の中に指を入れ、奥歯を触ってみると、けっこう大きな穴が開いていた。しかも中が深そう。

これって・・・、歯の中が空洞になっていたのではないか。そうじゃないと、こんな洞窟のような穴が開くはずがない。

これはまずいことになった。最悪の事態ってやつだ。今日にでも歯医者に行って・・・。・・・。・・・。って、おい、歯の横に穴が開いてしまった場合、どうやって治療をするのだ。

そのまま横から銀歯をはめるのか? それともパテのようなものを押し込むようにして埋めていくとか・・・。色々と想像してみるが、うまい治療方法が思いつかない。

歯がご臨終のイメージ(*イラスト:あーやんさん)

(*イラスト:あーやんさん 【イラストAC】

歯医者に行くと、「これは駄目ですね。重篤な事態です。大変申し上げにくいのですが、もう手遅れなので歯を抜くしかありません。」などと言われ、否応なしにペンチでグリグリと歯を抜かれ、部分入れ歯とかになってしまうのでは・・・。どうもその可能性が高そうな気がする。

まいったな。さっさと歯医者へ行っておけばよかった。世界一周するよりも歯医者に行くべきだった・・・などと、今さら思ってもしょうがない。ほっとけばこうなることは、経済学よりも遥かに簡単だったはずだ。

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この穴の開いてしまった奥歯は、どうなるのだろうか・・・。この後はそのことが気になって、授業どころではなかった。きっと私の顔は不安で青ざめていたはずだ。

歯のことでぐちゃぐちゃな頭のイメージ(*イラスト:NORIMAさん)

(*イラスト:NORIMAさん 【イラストAC】

講義が終わると、一目散にトイレへ向かった。そして鏡で奥歯を見てみると、やはり奥歯の外側に穴が開いていて、無残な姿になっていた。

大変な事態になってしまった・・・。学校が終わったらすぐに歯医者に行こう。今更ながら私の脳内に緊急非常事態宣言が発動された。

事が起きてからやっと危機を認識し、バタバタと慌てて動きだすところは、まさに危機感の薄い日本人の鏡ってやつだ。海外を旅してきたからこそ、自分の日本人らしい部分をはっきりと言える。

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第1章 はじまりの虫歯
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