極寒のモスクワ散策記1997 ~風の旅人旅行記集~
極寒のモスクワ散策記97'

#6 クレムリン宮殿

1997年12月、飛行機の乗り継ぎを利用して、極寒のモスクワ市内を半日ほど散策した時の旅行記です。(*全12ページ)

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16、チケット売り場

帽子売りの大学生に教えられた通りに進んで行くと、クレムリン宮殿のチケット売り場があった。

開いている窓口は一か所だけで、その窓口には20人ほど並んでいた。結構、混んでいるんだな・・・。まあ、ここは言わずと知れたロシアを象徴する場所。世界的にもよく知られている観光地だから、当然といえば当然か。

行列のイメージ(*イラスト:ニッキーさん)

(*イラスト:ニッキーさん 【イラストAC】

そう思いながら列の最後尾に並んだのだが、なかなか列が進んでいかない。見ていると、購入者が窓口で受け答えを始め、窓口を離れるまでの時間がとても長い。だから列が長くなっているのだ。

なんで入場券を買うだけなのに、こんなに時間がかかるの?地下鉄の時のように、ロシア語表記しかなく、言葉の分からない外国人が困っているとか・・・。真っ先にそういうことが頭に思い浮かんだのだが、窓口のやり取りを眺める限りでは、そんな修羅的な雰囲気ではない。ただ、無駄に時間がかかっている感じなのだ。

なんだかな・・・。多くの観光客が押し寄せ、しっかりと対応していても時間がかかるのなら、しょうがないと思う。遊園地のアトラクションのように、列が進むのにある程度時間がかかるのも、しょうがないと思う。

銀行の窓口のように、処理に時間がかかってしまうのも、しょうがないと思う。でも、入場券を買うのに、極寒の中を待たされるのは・・・、苦痛でしょうがない。てきぱきとこなしてくれよ。せめて寒い中を並んでいる人のためにも、もう一つ窓口を開けてくれよ。といった感じで、イライラしてくる。

イライラするイメージ(*イラスト:ちゃむまっぴーさん)

(*イラスト:ちゃむまっぴーさん 【イラストAC】

列に並ぶのが苦痛に感じるけど、クレムリンに入るには、耐える以外、方法はない。なるべく順番が早く来ることを願いながら、待ち続けた。

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私の2つ前に並んでいる人物は、とても目を引く存在だった。その人物は身長が2mぐらいある大男で、奥さんらしき女性とガイドを連れていた。

大きいだけなら大きな人で終わってしまうのだが、大きいうえに中央アジアっぽい独特な民族衣装を着ていて、星占いに使うようなジャラジャラした感じのアクセサリーも幾つか身に付けていた。まるでファンタジーの世界から出てきたような格好だ。

民族衣装のイメージ(*イラスト:蓮さん)

(*イラスト:蓮さん 【イラストAC】

入場券を買うときに財布の中が見えたのだが、大きな財布の中には札が分厚く入っていた。きっとどこぞの名のある部族の酋長ではないだろうか。それが一番合点がいく。

しかし、いったいどこの地域の人だろう。ロシア国内、それとも国外?人種は何人になるのだろう。身に付けている道具は何だろう。独特な雰囲気から色々と想像をかき立てられる。

とめどもなく湧き出てくる好奇心から、思い切って話しかけたくてしょうがなくなってくるのだが、英語が通じるのかが問題だ。

案外、中央アジアで広く使われているトルコ語が通じたりするのではないだろうか。トルコ語なら自己紹介程度は出来るが、違っていたら目も当てられない。

私自身がロシア語ができない以上、話しかけても言葉が通じなかったら気まずい雰囲気になりそうだ。話しかけてみたいところだが、ここは我慢・・・、だな。

言葉が通じないイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

その酋長らしき人がクレムリンに入っていき、その次の人がチケットを買い終えると、ようやく私の番がまわってきた。30分は並んでいただろうか。長かった・・・。そして寒かった・・・。

クレムリンは遊園地のように全体の入場券があり、個別の建物に入りたければ、その分を上乗せしてチケットを買うようになっている。どの施設に入るのかを一つ一つ確認するので、対応時間が長くなる。

入る施設の数、3施設入場チケットとか、5施設、あるはフルコースといったように、売るチケットを絞ればいいのに・・・、と思ってしまう。

さて私の番だ。ずらずらと書いてある料金表は、全部ロシア語。見ても何が何だかわからない。それにクレムリンといっても、実はよく知らない。いや、ほとんど何も知らない。知名度だけで来たようなものだ。なので、とりあえず入場券だけを買うことにした。

さっきの帽子売りの学生達が言うには、後で入りたければ、そこでお金を払っても入れるとの事。だったら中に入ってから決めたほうがいい。

クレムリン宮殿のチケット
クレムリン宮殿のチケット

係の人は英語が通じたので、入場券だけ欲しい。そう伝え、お金を払うと、プリンターでチケットの印刷を始めた。が、ここで唖然とした。なんと、このプリンターが列を長くしている元凶だった。印刷するのに、もの凄く時間がかかるのだ。

印刷が終わるのを、ただじっと待っている時間の虚しいこと。プリンター様の都合で、寒い中を長々と並ばされたと思うと、怒りよりも、がっくり感がこみ上げてくる。もっと性能のいいプリンターを使おうよ・・・。

で、時間がかかって印刷されたチケットには、どこに入れるのかが細かく印刷されていて、チャックの付いている施設に入場できるようになっている。・・・って、ここまで細かく管理する必要があるのだろうか。

そもそもの話として、受付で7カ所の施設の入場を全て管理しようとするから、こんなに面倒で、時間のかかることになってしまうんだよな。ロシアらしいというか、中央集権国家らしい。

17、クレムリン宮殿へ入場

警備の兵士のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】

入場券を購入して中に入ると、警備の兵隊が待機していて「鞄の中を見せてください」と、ロシア語で言ってきた。

荷物検査か。ロシア語は分からなかったが、この場面では、何を言っているのか、自分が何をすべきかは、すぐに理解できた。

持っているのはリュックだけ。中を開けて見せたら、パッと見ただけで、すぐに「いいぞ」と通してくれた。このへんは入国審査の時と一緒。書類を揃えるまでが大変で、現場は形式的といった感じだ。

クレムリン宮殿の入り口 トロイツカヤ塔
クレムリン宮殿の入り口
トロイツカヤ塔

簡単なセキュリティーチェックを受けた後は、クレムリン宮殿につながる長い石畳の橋を渡っていくことになる。日本風に言えば、堀に架かる橋といったところ。

この橋の先には、お洒落な感じのトロイツカヤ塔が聳えている。塔の下には城門のようなゲートがあり、それをくぐって宮殿に入っていくことになるのだが、このシチュエーションは、まるでロールプレイングゲームのよう。城に入っていくようなワクワク感がたまらない。

さあ、旅人よ。新たな冒険の始まりだ。橋から城門を見つめる旅人の目は、希望の光に輝き、その表情は自信に満ち溢れている。そして脳内にはドラクエのテーマ曲がエンドレスに流れ、身体全体が湧き上がってくる興奮で震えている。

いざゆかん、新たな冒険の章クレムリン宮殿へ。勇者になりきった旅人は、周囲からの痛々しい視線を浴びながら、ゆっくりとした足取りで、塔に向かって進んでいった。

ロールプレイングゲームのイメージ(*イラスト:MelChangさん)

(*イラスト:MelChangさん 【イラストAC】

橋を進んでいくと、塔はどんどんと大きくなっていき、聳えるような大きさになった。遠くから見ると、お洒落とか、おもちゃのようなイメージを抱く塔だったが、近くから見上げると、なかなかの迫力がある。

というより、強烈な威圧感があり、ちょっと怖く感じる。当たり前のことだが、城壁にある防御塔なので、ちゃんと戦闘用にできているのだ。

クレムリン宮殿の塔
クレムリン宮殿の塔

橋の上から城壁を眺めると、同じような感じの塔が間隔を開けていくつも聳えていた。見た目は可愛らしいが、近づけば同じように威圧感を感じるに違いない。

宮殿と名がついているが、ここは立派な城砦なんだ。実際に防御塔の迫力や、聳えるような外壁の高さを目の当たりにすると、それを実感してくる。

とはいえ、やっぱり・・・というか、色彩が明るくポップなので、城が持つ武骨な印象が薄く、おとぎ話に出てくるようなおもちゃの城といった印象の方が強い。本当に不思議な建物だ。

内側から見たトロイツカヤ塔
内側から見たトロイツカヤ塔

トロイツカヤ塔をくぐると、いよいよクレムリンに入場。中は広々とした空間となっていて、立派な建物が幾つも並んでいた。小さな町がある、というのは大袈裟だが、雰囲気のいい小さな集落がすっぽりと収まっているような感じだ。

今日は雪が積もっているので、その雰囲気の良さも1.5倍増しといったところだろうか。北欧のおしゃれな町にやって来たようにも思える。

ただ、その分、寒さも身に沁みる。先ほど買ったコサック帽子のおかげで、耳の痛さはなくなったものの、チケット売り場で長々と待たされたせいで、体が冷えきってしまい、さっきから体の芯から震えるような寒さを感じていた。

特にしんどいというか、緊急事態になっているのが、鼻。時々鼻の奥がツーンとした感触となり、痛くて涙目になっていた。なにか対処しないと、このまま観光を続けるのはきついな・・・。

今できることはあまりないが、とりあえずのところは手袋で顔を覆いながら歩き、体を温めるために、少し早足で歩くことにした。

大男の一行
大男の一行

早足で歩いていると、先ほどの列にいた民族衣装を着た大男の一行に追いついた。それにしても彼は目立つ。後ろで観察していると、ほとんどのロシア人が振り向いていた。

そういえば・・・、ビザを取るときに「クレムリンは神聖な場所だ。ムスリムが行くと問題になる。その服では行くな。」と、係りの人に言われたことを今になって思い出した。

ここにモロッコの民族衣装で来たら、まずかったんだった・・・。あまりに寒すぎて、すっかりそのことを忘れてしまっていた・・・。

いきなり後ろから銃で撃たれるなんてことになったら、最悪だ。思わず背筋に悪寒が走り、後ろを振り返るのだが、もちろん誰も銃口を向けていなかった。

でもまあ、撃たれるなら、少なくとも前を歩いている大男のほうが先だろう。私以上に目立っているし、ムスリムっぽい。それに入場口の係員も、入り口の兵隊たちも何も言ってこなかったことを考えると、このことはあまり気にしなくてもいいのかもしれない。

18、短いクレムリン散策

内部の教会群
内部の教会群
いわくありそうな鐘
いわくありそうな鐘
大砲
大砲

敷地内を歩いてみると、屋根の部分に丸いドームがたくさん取り付けらた、とても華やかで、存在感のある教会が建ち並び、いわくのありそうな大砲や大きな鐘なども置いてあった。

大砲の前などには解説板が設置されているのだが、全てロシア語。英語での案内は一切ない。

米ソの冷戦時代を知るものとしては、英語の表記がないことに違和感を感じないが、せめてここはロシアを代表する観光地なので、「なんちゃらのベル」「なんちゃらの教会」などと、タイトルだけでも英語で記していて欲しい。

チケットにしても、案内板にしても、全てロシア語。英語のパンフレットを置いてあるような観光案内所もない。私のようにガイドブックを持たずに来た外国人は、これでは何がなんだかさっぱり分からない。

ウスペンスキー大聖堂
ウスペンスキー大聖堂

よくわからないまま敷地内を歩いてみたが、あるのは教会ばかり。ここはもしかしたら・・・ようやく理解できた。宗教施設の集まりなんだ。

宮殿と名がついていたので、迎賓館とか、歴代の皇帝とかが暮らしていた建物とか、豪華絢爛な宮殿建築の建物が並んでいて、それを見学して回るのだとばかり思っていた。

探せばそういった重要な場所もあるのかもしれないが、現在もクレムリン宮殿は機能している建物。観光客が訪れることができるのは、教会のあるエリアが中心となるようだ。

それと同時に、ビザ取得の時に係の人が言っていた、神聖な場所だとか、危ないとかいった意味がようやく理解できた。有名な観光地を訪れるのに、何を大袈裟な・・・と思っていたのだが、宗教施設なら納得だ。

クレムリンの様子
クレムリンの様子

宗教施設だとわかってからは、興味が薄れてしまった。知識のないままやって来たので、教会に葬られている人物を知らないし、由緒もわからない。それではやっぱり見学しても面白くない。

それに教会にこの格好で入ると、白い目で見られるかもしれない。それだけならいいが、厄介なのが、何か言われても言葉が通じないこと。ちゃんと言い訳が出来なければまだしも、ここはロシア。言葉が分からないと、有無を言わさず、連行されそうで怖い。

結局、クレムリンには来てみたものの、どこにも入らずにブラブラと一回りして外に出てしまった。

こんなことなら、最初に全部のチケットを購入しておけばよかったな。そうすれば貧乏性の私のことなので、もったいないと全て見て回っただろうに。

或いは、せめてクレムリンのページだけでもガイドブックのコピーを持ってくればよかったな。何があるのか、どういった謂れがあるのかが分かれば、入っていく勇気もわいてきただろうに。

後ろ髪を引かれるイメージ(*イラスト:ちゃむまっぴーさん)

(*イラスト:ちゃむまっぴーさん 【イラストAC】

こんな簡単に観光を終わらせてよかったのだろうか。ちょっと後ろ髪を引かれる感じがしたが、ちゃんと後悔できるほどの博識になったなら、その時にまた来ればいい。

何よりも今は鼻が痛い。さっきからツーンとした感触が続いていて、完全に涙目になっていた。

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