旅人とわんこの日々 タイトル

プロローグ
#1-3 昭和時代のワンコ・前編

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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8、昭和のワンコとジーンズ

ファミコンのイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

世の中、過渡期というのは新旧の価値観がぶつかり合い、意見が衝突したり、色々とトラブルが起きやすい。

ジョリーを飼いだした昭和後半は、ファミコン(テレビゲーム)が子供たちの間で爆発的に流行り出した時期と重なる。

残念ながら・・・なのか、幸運だった・・・なのか、そのへんのところは大人になってみてもよくわからないが、我が家では買ってもらえなく、放課後はファミコンを買ってもらえた幸運な友人の家へ、他の友人たちと押しかけたものだ。

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何て面白いんだろう。ファミコンは。うちでも欲しい・・・。と思っても、小遣いで買えるような値段ではない。しょうがないので、犬の時のように母親にねだってみたが、決まって「犬を飼ったからいいでしょ。あんたはすぐ飽きるし。それより犬の面倒をみなさい。」と、全く議論にならなかった。

ジョリーは思ったように懐かないし、犬じゃなくてファミコンを買ってもらえばよかったな・・・と、何度となく後悔したことか。・・・というのは、もちろんジョリーには内緒の話である。

話がそれてしまったが、このファミコンの登場で、子供は外で遊ぶものと主張する人達を中心に、子供の遊びについての議論が盛んに行われるようになった。

遊ぶ場所が少なくなっているからしょうがないとか、共働き世帯が増えているからしょうがないという理解や擁護もあったが、彗星のごとく登場し、あっという間に子供の心を掴み、今までの遊びの常識を覆したテレビゲームは、事あるごとに大人たちから「子供に害をなすもの」として批判されていた。

ジョリーと妹 ヨークシャーテリアの写真

犬の飼育に関しても、この頃は「犬は番犬(家畜)」から「犬はペット(家族の一員)」へ変わる過渡期だった。

現在では「犬は家族の一員」「犬は家の中で飼うもの」「放し飼いにしない」「散歩の時はリードを付けて」「飼い主はフンの後始末をする」というのはよく知られ、当たり前の認識になっている。もちろんできていない人もいたりするが、ごく少数である。

しかし昭和の時代、特に田舎ではこういったことは常識となっていなかった。犬は家畜であり、使役動物であり、人間と同等の扱いなんてもってのほか。

外の簡素な小屋で飼い、食事は人間の残飯を食べ、言うことを聞かかなったり、使い物にならなくなったら処分するのもやむを得ない。所詮は犬コロ。といった考え方をする人が、それなりに多くいた。

番犬のイメージ(*イラスト:nendoさん)

(*イラスト:nendoさん)

犬が家族とか、友人といった認識も愛犬家以外ではなく、そういった理想はテレビやアニメの中だけの話・・・、というのは言い過ぎだが、世間一般では犬は人間に奉仕する下僕で、人間のために家の外で番をするモノ扱いだった。

なので、他人の犬でも、犬が人間と同じような暮らしをしているのを見ると、不快に感じる人も少なからずいた。

お部屋の中で ヨークシャーテリアの写真

犬を室内で飼っている我が家の場合でも、父親の友人など比較的若い世代の人が来た場合、「あら~、可愛いワンちゃんがおうちの中にいる。」といった感じで、物珍しそうにしつつも歓迎的なのだが、古い考えをする人や親戚などからは、「犬が家の中にいるなんてなんて贅沢なんでしょうね。」「犬がそんな贅沢な食べ物を食べるなんて罰当たりだ。」と、嫌みを言われることもあった。

うちよりももっと田舎で暮らしている人の話では、集落で「家の中で犬と暮らすなんて、どういう教育をしているのかしらね。」と陰口を言われたり、変人扱いされたりしたそうだ。

もっとも畳が中心の日本式家屋では、土間以外では犬を家の中で飼えないという事情がある。室内で飼うようにするには、床をフローリングにリフォームしたり、今時の洋風建売住宅を建てるなどしなければならない。犬だけではなく、そういった今風に対する妬みも混じっていたとかなんとか。

新しい価値観、自分と合い入れない価値観が入ってきた時に、素直に対応したり、受け入れられないところは、昭和というより日本人の気質なのかもしれないが、遠慮のない物言いをする人が多かったのもこの時代の特徴だったように思う。

昭和後半の小型犬ブームとともに、徐々に犬を室内で飼うことが常識になっていき、愛玩犬ということが世間で認識されていった。おかげで肩身の狭かったペットの飼い主や、犬自身の立場が向上していくことになるのだが、この犬への理解が少なかった時代では、賃貸住宅で犬を飼うということは至難の業であった。

ジーンズを着る女性のイメージ(*イラスト:好さん)

(*イラスト:好さん)

この文章を書きながら、ふと思い出したのだが、この頃はジーンズもブームになっていた。そして、犬と同じように毛嫌いされる場面が多かった。

正月の親戚の集まりの時のこと。いつもは温厚な従妹のお姉さんが、「ちょっと聞いてよ!」と憤慨しながら若い従妹連中に話を始めた。

なんでも最近流行のジーパンを履いて、近所の旦那の実家を訪れたそうだ。しかしその姿を見た小姑に、「そんなパジャマのような恰好をして・・・。ズボンを買うお金がないなら言いなさい。」と、かなり嫌みな言い方をされたとか。そのくやしさを我々従妹に爆発させていたという訳だ。

世間でもジーンズは作業着だからと、フォーマルな場所とか、場合によっては大学の授業に参加できないというケースもあった。従妹のお姉さんのケースと同じように、奉仕人の服装をして恥ずかしくないのかと身分的なことに絡めて言う人もいた。

そう考えると、1970年代ぐらいから価値観が急激に変わっていくというストーリーは、ジーンズも犬も似ているかもしれない。作業着からファッションへ。使役動物からペット(愛玩動物)へと。

ジーンズのイメージ

私自身、ジーンズを好んで履き、人から「よくジーンズを履いているね。好きなの?」と聞かれることもある。

特にアメリカのファッションとか、文化が好きというわけではないが、若い時に流行っていたので、履き慣れているし、「犬をかまっても犬の毛がついても目立たない(黒以外)」、「犬に引っ掻かれても破けない」「バイクにも乗るので、汚れが目立たないし、熱などに対しても耐久性がある」といった、私的には実用的でコスパがいい部分が気に入っている。

今までは漠然とそういった理由でジーンズが好きなんだろうなと思っていたのだが、もしかしたら犬とジーンズの印象がダブり、自然とその本質に共感していたのかな・・・と、犬を絡めた新しい視点に、ちょっと納得できる部分があった。

9、チャイムとワンコ

ジグソーパズルの前で ヨークシャーテリアの写真
ジグソーパズルの前で

この頃はジグソーパズルがとても流行っていました。

ヨークシャー・テリアは、犬の図鑑や雑誌などに載っている写真からは、上品とか、高級なぬいぐるみといった大人しい印象を受ける。そういったことを期待して飼い始めたのだが、その見た目とは裏腹にとても気が強く、気性が少し荒かった。

それもそのはずで、ヨークシャーテリアは家屋を荒らすネズミを捕まえるための、間接狩猟犬として作出されたようだ。ジョリーが私と相性が悪かったのは、私の接する態度やいらずら好きというのが主な原因なのだが、犬が潜在的に持つ気性の荒さにもいくらかは原因があったのでは・・・と思ってしまう。

犬が吠えるイメージ(*イラスト:SRstarさん)

(*イラスト:SRstarさん)

ジョリーは小型ながら果敢な性格をしていたので、我が家の玄関のチャイムが鳴ると、たちまち吠えながら玄関にすっ飛んでいき、容赦なく来客に吠えるといった番犬ぶりを発揮していた。

田舎に住んでいたのもあるが、この頃は、犬は番犬の役割をしてなんぼといった風潮があり、チャイムが鳴って吠えない犬は犬として失格と思っている人も多かった。

来客する大人の人が、小さいながらも大きな人間に怯まずに吠えるジョリーの雄姿を見て、「立派な犬だ!」と褒めてくれることが誇らしかったのを覚えている。

実際、犬の鳴き声がする家には泥棒が入りにくいと言われ、この時代の最強・・・とは言わないかもしれないが、犬は一般的な防犯装置と認識されていた。

成犬時 ヨークシャーテリアの写真

家にセールスマンが訪れることが多かった時代だったので、ジョリーの果敢さは番犬として少し役に立っていたが、時として子供の私や妹に立ち向かってくるのにはちょっと困った。

おそらく、この犬の中では日頃からよく面倒を見る両親が飼い主で、私や妹は同じ兄弟と思っていたに違いない。けっこう強いライバル心を感じることもあった。

まあ、私自身、いたずら好きな子供だったので、ジョリーにいたずらしたり、不快なことをするから怒るというのが真実になるのだろうが、度々手や顔をかまれ、血を流していた。ほんと、何度嚙まれたか、何度泣かされたか数知れない。

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