旅人が歩けばわんにゃんに出会う
海外編 中国
中国で出会った犬などの写真を紹介しています。
1、陽朔のワンコ(陽朔 2000年2月)
陽朔郊外を自転車でサイクリング中、集落の前を通りがかると、ワンコが「いらっしゃい」ってな感じで出迎えてくれた。
胸には簡素ながらリボンのようなものを付けていて可愛らしい。「ボロは着てても心は錦」・・・というのは少し意味合いが違うが、高価なものを身に付けていなくても、ちゃんとかわいがってもらっている感じがして、ほのぼのとしてしまう。
同じ集落にいた犬だが、こっちは毛がふさふさしていない。中国では体毛のない犬は食用にされるという話を聞いたことがあるので、ちょっと心配になってしまう。
まあ、それは旅人の間での都市伝説というやつなのかもしれない。とはいえ、中国ではあまり野良犬の姿を見ないので、やっぱり気になってしまう・・・。
犬と出会ったのは陽朔(阳朔)になるのだが、陽朔と聞いても、「それどこにあるの?」と、ピンとこない人が多いと思う。
これが桂林だと、「あの川下りの・・・」とか、「タケノコのような岩山がたくさんある・・・」と、その名を知る人が多くなる。
桂林での観光の目玉は漓江の川下り。漓江沿いには奇岩が多く、川下りの船に乗りながら風光明媚な地形を楽しむことができ、観光客に人気となっている。
その川下りの終点となっているのが、陽朔。この付近にも奇岩が多く、とりわけ町の周囲を岩山が囲んでいる様子は圧巻というか、中国らしいというか、異国情緒を感じるというか、とにかく素晴らしい。
今では陽朔も人気の観光地になっているみたいだが、私が訪れた2000年ころは、一般の観光客は川下り後にちょっと滞在するだけといった感じで、そこまで人気のある観光地ではなかった。
でも、滞在している外国人のバックパッカーは多く、特に西欧人のたまり場となっていた。それはとても居心地がいいから。ここは英語が通じにくい中国にあって、比較的英語が通じるし、桂林よりも物価が安いし、周りの風景もいい。田舎町なので、町は静かで落ち着ける。と、いいことづくめ。彼らが他の町へ動きたくなくなるのも、実際に中国を旅するとよくわかる・・・。
陽朔の郊外にも、素朴な感じの村や風光明媚な景観が多い。せっかくなので町で自転車を借りて、のんびりとサイクリングをしてみることにした。その時に出会ったのが先ほどの犬になる。
この付近の村の建物は、石や日干し煉瓦を積み上げて造られた素朴なもの。町の周囲にはタケノコのような岩山がボコボコとあり、私の頭の中にある「ザ・中国」といった世界感と一致し、サイクリングをしていてとても心地よかった。
そして頭の中に浮かんでくるのは、ドラゴンボール。ドラゴンボールで描かれていたのがまさにこういった風景。子供の頃にテレビを見ながらワクワクしていた気分がよみがえってくる。
そんなことを思っていると、なんと、ドラゴンボールの主人公・孫悟空が修行でカメハメ波を打ったとされる山が近くにあった。・・・って、もちろん嘘である。
でも、そういう風に考えると、その土地に親しみを感じやすくなるもの。陽朔滞在を存分に楽しめたのは、鳥山明先生のおかげになるだろうか。
2、シンセンの動物市場(深圳 2000年1月)
香港に隣接するように深圳(中国語:シェンチェン)の町がある。日本語では「シンセン」と読むが、「圳」の字は、JIS第1第2水準漢字ではないので、「深セン」と表記しているものも多い。
深圳といえば、中国の4大都市に数えられ、ハイテクの町とか、IT最先端の町して知られているだろうか。短期間で爆発的に発展を遂げた都市としても有名だ。
深圳の発展は、1980年に経済特区に指定されたことに始まる。深圳の他には、マカオに隣接する珠海、華僑の多い汕頭、台湾の対岸に位置する廈門の3つが指定された。1988年には海南島も加わり、全部で5つの経済特区が近年の中国の発展を支えた。
経済特区の中でも一番成功したのが深圳となるのだが、私の学生時代(1990年代)では、あまり知られた存在ではなかった。
地理のテストに、中国の経済特区の問題はよく出題されていたが、深圳は印刷しにくい漢字のせいなのか、あまり登場しなく、回答は歴史のある福建省の廈門か、新しく指定された海南島ばかりだった。地理だけなら東大に入れる成績だった私が言うので間違いない・・・。
私が深圳を訪れたのは、1997年、2000年、2001年の三回。まだこの頃は発展段階で、町の各所でインフラやビルの工事をしていた。私的には香港の模造都市といった印象を受けたのだが、今では立場が逆転しつつあるから驚く。
2000年の訪問時には、深圳大学に通う友人の案内で、深圳で一番大きな東門市場を訪れた。その目的は、動物売り場。
長い歴史を持つ中国の食文化は、とても豊かだ。でも豊か過ぎて、4つ足のものは机以なんでも食べる・・・などと、皮肉を込めて言われていたりする。
その象徴が、動物市場。動物市場と聞くと、ペットや家畜が売られているようなイメージを抱いてしまうが、ここでは食用にする様々な動物が取引されている。
訪れてみると、市場内には多くの動物の檻が並んでいて、見て歩くだけで楽しく、まるでミニ動物園みたい・・・。って、いやいや、ここはそんな夢のある場所ではなかった。
ここの動物たちは、ペットとして売っているわけではないので、扱いはぞんざいで、完全に物扱い。劣悪な環境の中、多くの動物が狭い檻に閉じ込められていた。
動物たちの檻の横を歩くと、死を覚悟した悲しい目をこちらに向けてくる。その悲しい目を見てしまうと、心が痛くてしょうがない。悲痛な鳴き声が耳に入ってくると、心拍数が上がり、耳を押さえたくなる。
また、血抜きや解体もしているので、動物の死体や毛皮が無造作に転がっていて、目をそむけたくなる。更には、この一帯は血の匂い、腐敗臭、飼育臭が混じった強烈な悪臭が漂っていて、息が詰まりそう。呼吸をするのも苦しく感じるほどだった。
ここには楽しい雰囲気は一遍もなく、あるのは殺伐とした雰囲気と、悲しい運命をたどることになる動物たちだけ。あまり思い出したくない記憶になる。
なぜ生きたままで売られているのか。中国では衛生環境が悪いし、信頼関係も薄い。死んだものだと、どういう素性のものか分からない。食べる直前まで生きていれば、安心できる。それに新鮮な方がおいしいと思う人が多く、こういった状態で売られているのだとか。
鶏肉にしても、町中にある鶏肉屋では鶏やアヒルが生きている状態で売られていたりする。それを普通におばさんが品定めして、「この太ったやつをもらおうかしら」といった感じで買っている。切った肉がパックに入って売っていることに慣れていると、そのワイルドさに驚く。
きっと家に帰ったら、手慣れた感じで捌いていき、今晩の夕食の食卓に上がることになるのだろう。中国の食文化の逞しさや、食への強いこだわりを感じるいい例になるだろうか。
とはいえ、この方法には問題もある。2003年には、SARS(重症急性呼吸器症候群)という聞きなれない病気が、中国を中心にアジアで流行した。
肺炎に似たウイルス性の病気で、最初は動物市場で売られていた野生のハクビシン、後にコウモリが媒介となって感染したとされている。
その報道されると、早々に中国当局によって都市部にある動物市場は閉鎖されてしまった。なので、今の深圳ではこういった動物市場は見ることはできない。
が、歴史は繰り返されたりする。2019年に武漢の市場で新型コロナウイルスが発生したことは、まだ記憶に新しいだろう。
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