#2 旅の目的地探し
1998年3月、学生生活の最後を締めくくる卒業旅行として、友人と3泊5日の行程で八丈島と三宅島を巡ってみました。(全17ページ)
2、旅の目的地探し
2月に大学の卒業が無事に決まった。冗談抜きにギリギリの成績だったので、成績表をもらうまでは、「多分大丈夫だと思うけど・・・、もしかしたら留年してしまうかも・・・。その時は就職どうしよう・・・」と、最悪の事態が何度も頭をよぎり、内心ではヒヤヒヤしていた。
でも、不安が大きかった分、卒業が決まった時の喜びや感動は何倍にも大きくなるというもの。さっそく、「祝杯だ!」と、友人を誘って居酒屋へ飲みに出かけることにした。
その酒の席で、せっかくだから卒業旅行へ行こうという話になった。授業をサボって旅ばかりしていたと公言するだけあって、私は大学生の間に多くの旅をこなしてきた。
海外へは5度旅をし、そのうち3度は一か月以上の一人旅。日本国内も北海道から九州までそれなりに旅をした。多くの旅を経験してきた私としては、卒業旅行というとなんかミーハーな感じがし、くすぐったく感じる。しかも男二人での旅。正直なところ、少なからず抵抗を感じていたりする。
でも、学生生活最後の締めくくりとして考えるなら、一人ではなく、学友と旅するというのはありだ。きっと社会人になったら、友人と気ままに旅するといったことは滅多にできないはず。まして九州に戻ってしまうこの友人とは、まずそういった機会は訪れないだろう。
ということで、昭和の雰囲気が色濃く残る居酒屋で、友人と酒を飲みながら、大学生活の最後を締めくくるのにふさわしく、尚且つ、男二人でも楽しめるような旅の目的地探しを始めた。
「やっぱり卒業旅行っていったら、イギリスとか、フランスかな?」
「いんや~、最近は猫も杓子もイタリアだぞ。今の旅のトレンドは断然イタリア。遅れとるな、じいさん」
などと会話が続き、少々時代遅れのコンビは卒業旅行の行き先を酒を飲みながら話し合った。
「イタリアっていうのもいいな~。話によると、この卒業旅行の時期は日本の女子大生が沢山訪れていて、観光地を訪れると女子大生だらけだとかなんとか・・・。うらやましい・・・。(1990年代後半の話)」
「おい、イタリアに何しに行くんだい。日本人の女を見るなら京都とかに行った方がいいんじゃないのかい。せっかくイタリアに行くならローマ遺跡を見たり、ピザを食いに行こうよ。」「あっ、なんだかピザが食べたくなってきた・・・。ピザあるかな・・・。あった。頼んでいい。」
「おう、食べよう。食べよう。」「まあ、冗談だよ。冗談。ちょっとだけ本気だけど・・・。だって旅する女子ってかわいいもん。おしゃれでさ~。もしかしたら旅先でいい出会いがあったりするかもしれないし・・・。旅に出ると開放的な気分になり、色々とハードルが下がるし・・・。でもまあ、現実的に考えたら国内になるかな・・・。」
友人はせっかく卒業旅行に行くなら、海外へ行きたいといった感じだった。というより、私と一緒に海外を旅してみたいといった口ぶりだった。
この友人と飲むときには、いつも私がバックパックを背負って海外を旅したときのことを話していた。砂漠で寝たことや、バイクをレンタルしたらパンクして困ったこと。あるいはトルコで絨毯を買わされたことや、インドで凄まじいカルチャーショックを受けたことなどなど。海外で困ったことや、楽しかった体験を面白おかしく話した。
海外の武勇伝は本人しか知らないことなので、いくらでも話に尾ひれが付けられる。大したことではなくても凄かったことにできるし、簡単なことでも苦労したように話せてしまう。もちろんかっこ悪く失敗したことは、なかったことにできる・・・。
きっと酔っぱらっていたのもあって、いかに私が海外で凄いことを簡単にやり遂げたかのように話していたと思う。
その話を聞いた友人が、私のことを凄いと思うかどうかは、やっぱり日本での日常の行動次第だろう。日常で駄目な人間が海外へ出たとしても、急に凄い人間になったりはしない。むしろ私が簡単にできるなら、自分もできるのでは・・・と思うのが普通だろう。
まあ、そのへんの評価は友人の心の中を覗いてみないとわからないが、私が行っているバックパッカー的な少しワイルドな旅に憧れを持ち、この機会にそういった旅を私と一緒にしてみたいと思っているのは、確かだった。
大学最後の旅行。私もせっかくなので海外へといった思いもなくはないが、いかんせんスケジュール帳を見ると、中途半端にサークルやバイトの送別会や会社の研修、卒業式といった予定が書き込まれている。
その合間で無理やり日程を組んでも一週間程度の旅にしかならない。しかも出発前も帰国後も予定が入っているとなると、かなり慌ただしくなってしまう。
こんなキツキツの日程で海外旅行をしても、思い出に残るような旅行にならないのでは・・・。きっと、せっかく海外へ出たならあれも見たい、これも見たいとなり、ツアー旅行のようにひたすら有名な観光地を巡るだけの観光旅行になってしまいそうだ。
私としては、在学中にバックパックを背負った海外一人旅を3度行っているので、この忙しい時期にキツキツの日程で海外に出なくてもいいかな・・・。アジアなどの旅行は国内旅行よりも安く済むとはいえ、それなりに飛行機代がかかるし・・・。というのが本心だった。
友人は「俺の方は日程は全然大丈夫。短くても構わないよ。」と言っているが、卒業後は地元の九州に戻るので、引っ越しなどやらなければならないことが山ほどあるはず。お節介かもしれないが、無理に海外に出ないほうが新しい生活の準備ができ、いい社会人のスタートを切れるような気がする。
もう一つ加えるなら、就職直前に海外に出ると、私の放浪癖が爆発的に進行し、やっぱり働くのをやめた・・・ということになってしまう可能性も無きにしも非ず。そうならなかったとしても、新社会人の鬼門、5月病にかかりやすくなりそうだ。そういったことから友人には国内で手軽に済ませることに納得してもらった。
ということで、旅行先は日本国内と決まった。さて、どこへ行こう。せっかくの卒業旅行だ。社員旅行のように、熱海や日光などといったありきたりな場所へ行っても、ありきたりな思い出しか残らない。
どうせ行くなら、後々に卒業旅行ではあそこに行ったぞ!と、鮮烈に記憶に残るような場所がいい。そして訪れること自体にワクワクする場所がいい。
更に付け加えるなら、これからの新しい生活に備え、少しのんびりとできたりするといいな。そんな理想的な目的地はどこかにないものか。
旅行というものは計画している時が一番楽しい。自分が持っているありったけの知識と想像力を駆使し、行ってみたい土地や興味のある場所を探す。そして、その土地の文化などを想像しながら自分が旅していることを考えると、夢や期待、好奇心が無限に膨らんでいく。
しかも、想像の中で世界をいくら旅をしても、お金がかからない。世界一周だって簡単にできてしまうし、宇宙旅行だって可能だ。旅の話をするときは夢と理想しかないので、本当にワクワクする。そして困ったことに私の場合は話が止まらなくなる・・・。
が、夢のような旅の話を延々としてもしょうがない。今は現実の卒業旅行の話。しかも国内の旅。そう現実に戻ると、夢が一気にしぼんでしまう感じがするが、日本だって広い。まだ見ぬ魅力的な場所は沢山あるはずだ。
さて、どこに行こう。「どこか行きたい場所はある?」と、旅慣れた余裕をみせつつ友人に聞いてみると、九州出身の友人は「東北はどう。東北に行ってみたいな。」と提案してきた。
理由を尋ねると、「東北地方に行ったことがないし、卒業後は地元の九州に戻るので、今後も行く機会がないと思うから。」とのこと。なかなかうまいアピールの仕方だ。「君は一次面接合格だ。ぜひうちで採用したい。」などと、苦労した就活の面接をネタに盛り上がりつつ、東北案は議案として採用された。
私も福島や仙台には行ったことがあるが、それ以外へは行ったことがない。遠野とか花巻などはいつか行ってみたい場所の上位候補だ。それ以外にも中尊寺金色堂なども見たいな。ここは友人を立てて東北というのもいいかも。
「東北といったらやっぱり宮沢賢治の世界だよな。銀河鉄道に乗って機械化惑星へ最新のノートパソコンをもらいに行く旅ってやつをやろうか。」
「おい、それってアニメの銀河鉄道999じゃない。河童や注文の多い料理店があるところだよ。」
「おっ、そうかそうか。でもどっちも似たように宇宙へ飛んでいくではないか・・・。ははは。他には何かあったけ?」
「中尊寺の金色堂とか、松島とか、仙台の牛タンとか・・・、あっ、タン塩頼もうか。」
とまあ、会話は弾みすぎて脱線を繰り返し、それと共に酒の量も増えていった。
東北か・・・。東北の旅は面白そうだし、東北でもいいと思う。そう思うのだが、さっきから東北で行ってみたい場所などを挙げながら「ここに行ってみたい」「あっ、そこ、俺も行ってみたい。」などと話すものの、何かすっきりとした気分になれなかった。心の奥底から東北へ行きたいといった熱い気持ちが湧き上がってこないのだ。
東北は素朴な土地柄が魅力と言える。だが、今の時期は雪が積もっていて寒そうだ。簡単な表現で言うなら、思いっきりシーズンオフってやつではないのか。
季節がよければ「東北はのんびりしていて素朴だね~」などと言いながら颯爽と旅を楽しめそうだけど、激寒だと「ここは厳しい土地柄だね!」と縮こまりながら旅をすることになってしまいそう。そこの部分が「さあ、行こうぜ!」という気分を妨げている気がする。
それに季節外れの大雪が降ってしまったりすると、身動きがとれなくなってしまい、宿のおかみさんに「お客さん、除雪が済むまでバスは走らないから、しばらくお部屋でゆっくりしてくださいな。」と言われるような事態になりかねない。
窓の外は一面季節外れの雪。することがなく、友人とエンドレスで一日中「なごり雪」を歌う旅は・・・、いやだな。ということで、東北案は長い審議の後、否決となった。
じゃあどこにしよう。南国の代名詞である九州は友人の出身地だし、四国はお互い何度か行っているし、中国地方も私の出身地なので、却下。
「おっ、そうだ。思い切って飛行機に乗って沖縄っていうのはどうだ。最近飛行機も安くなったことだし。」と得意気に言ってみれば、「ごめん、去年地元の友人と行ったんだ」とのこと。
なんだ、昨年行っちゃったの・・・。これで決まりだと思ったのにな。なかなか目的地が決まらない。この二人だと組み合わせが悪いのかもしれない。
いやいや、いい案が浮かばないのは酒が足りないからだ。知恵が浮かばないのを軽くなったジョッキのせいにして、お代わりを頼んだ。
そして、注文したものが店員に運ばれて来た時、厳密に言うなら我々のところよりも先に、隣のテーブルに「伊豆大島の焼酎です。」と酒が運ばれたときに、脳天にビビッとひらめいた。
「そうだ。沖縄まで行かなくても東京の南にも島が浮かんでるぞ。八丈島っていうのはどうだろう?なんか面白そうじゃないか。」
「お~それはいいかも。島旅って楽しそう。それに東北以上に今後行く機会もなさそうだし。」と、めでたく2人の意見が一致した。
さんざん知恵を絞り、長々と理想の目的地を探して世界やら日本をぐるぐると周ったというのに、旅の目的地が同じ東京内で見つかるとは、まさに「灯台下暗し」ってやつだな。
でもまあ、いい目的地に決まった。ありきたりではない卒業旅行先だし、冒険的な要素もあるし、きっと後々まで思い出に残るような旅となるだろう。と、更に上機嫌になったのんべい二人は、終電近くまで飲み続けたのだった。
#2 旅の目的地探し 「#3 タビッジブルー」につづく