#12 波乱の船出
1998年3月、学生生活の最後を締めくくる卒業旅行として、友人と3泊5日の行程で八丈島と三宅島を巡ってみました。(全17ページ)
12、波乱の船出
待てども船はやってこない。出発予定時間を1時間以上過ぎたが、船がやってくるといった気配が感じられない。いつまで待てばいいのだろう。このまま来ないという可能性もありそうだ。色々と心配になってくる。
ここでじっと待っていても退屈だし、不安になるだけ。もうお土産はいらないけど、2回目の散策に出かけてくるか。
友人に荷物の番をしてもらい、20分ほどカメラを持ってぶらぶらと浜辺などを歩いてみたが、風が強いというのを再認識しただけだった。
出発予定時間から2時間ぐらい経った頃、やっと水平線に船が現れた。港では「お~、やっと来た」「無事に着いた。」などと安堵の言葉があちこちから聞こえてきた。
やっと到着したか。船が来たことに安堵するものの、なかなかその姿が大きくならない。どうやら高波のために速度を出せず、非常にゆっくりと港に近づいているようだ。
もどかしさを感じながら眺めていると、船が少しずつ大きくなってきた。肉眼ではっきり見えるようになると、大きなフェリーが川下りの船のように揺れているのが分かる。まるで海に浮かんだお椀といった感じ。あんな状態の船には乗りたくない・・・。見ているだけで酔いそうだ。
港にいる人たちもその様子に、「どうやって接岸するんだ」とか、「出航しないんじゃないか」、「今日は乗るのやめよう」などと異常な状態の船を見てざわついていた。
船は時間をかけてゆっくりと桟橋のすぐ近くまでやってきた。相変わらずよく揺れている。肉眼で見て揺れるのが分かるほどだから、乗っている人は相当な揺れを感じていると思う。
船が港内に入ると、岸壁で待機する作業員の行動が慌ただしくなった。それとともに周囲で見守る人々の緊張感も高まり、周囲はピリッと張り詰めた空気感に変わった。
いよいよ接岸。作業員が大声でやり取りしながら、まずは何本もロープで船と桟橋をつないでいった。船のバランスを保つためだ。そして慎重に少しずつ船を岸に寄せていった。
しかしこれがなかなかうまくいかない。波が高すぎるのだ。10~20mぐらいまでは近づくものの、そこからは岸壁にあたる波と、風による揺れで船が安定しなくなる。
万が一桟橋に船が勢いよくぶつかってしまうと、横転、或いは船に穴が開いて沈没なんてことも考えられる。目の前でそんな惨事は絶対に起こってほしくない。作業をしている方も必死だったが、その様子を見守っている我々も手に汗を握っていた。
最初に接岸を試みてから、もう30分近く経った。何度か接岸を試みるものの、いずれも失敗。なかなかうまくいかない。岸壁に近づいてからの挙動が好ましくないようで、そのあたりで躊躇し、岸から離れている。
隣にいたおじいさんが言うには、かつて船がここまで来たけど、接岸できずに本土に戻ったこともあるとか。このままだと、今日もそのパターンになってしまいそう・・・。
我々の旅程は八丈島に1泊、三宅島に2泊することにしている。三宅島を1泊にすれば旅全体の予定はつじつまが合うが、三宅島での予定がきつくなるので、あまりそうなっては欲しくない。
できれば今日中に三宅島に行きたいな・・・。そう思いながらも、いや、むしろ運航中止になった方が諦めが付いていいかも・・・。こんな状態の船にならないで済むし・・・。そう思っている私もいたりする。どっちつかずな複雑な心境で、引き続き接岸作業を見守った。
何度か接岸作業が失敗した後、とうとう船が港を離れ、湾の外に出て行ってしまった。
あららら、行っちゃうの・・・。ホッとしたような、がっかりしたような・・・。なかなか複雑な心境。まあダメなものはしょうがない。こうなる運命だったのだろう。ただ、この後の予定が無くなってしまうので、やっぱりガッカリした気持ちが強かった。
港で見守っていた人たちにも色々な思いや、それぞれの予定があるので、少しざわざわとした感じになったが、すぐに「一旦船の体勢を立て直す為に湾を離れ、もう一度試みます。」とアナウンスが流れたので、安堵の声が聞こえてきた。
再び船が近づいてきた。今度はうまくいくだろうか。また同じことになるのだろうか。先ほど気持ち的に、「今日は駄目だった・・・」と、一度諦めが付いたので、「駄目でもしょうがない。」と、少し気持ちに余裕をもって作業を見守った。
船が近づくと、ロープで船を固定していってと、先ほどと同じように接岸作業が行われた。今度はみんなの思いが通じたのか、前回の教訓を活かしたのか、意外とすんなり接岸することができた。
ただ、降りてきた数少ない乗客の顔色が悪い事。あれだけ接岸中に揺れれば気持ち悪くなるのは当然だよな・・・。
そんな様子を見ると乗りたくないと思ってしまうのだが、この後ちゃんと出港するとの事なので、それまでに覚悟を決めるしかない。
接岸してからは急ピッチに出航の準備が進められた。そして30分ほどで乗船の準備が整い、乗船の受付が始まった。
今日のうちに三宅島へ着いておいた方が明日の日程が楽になる。もし気持ち悪くなったとしても、一晩寝れば何とかなるだろう。友人と覚悟を決めて乗船受付に向かった。
乗船の受付のカウンターに行くと、係りの人から「もしかしたら戻ってくることになるかもしれませんが、いいですね」と、念を押された。
「もしかしたら沈むかもしれません!」なんて言われたら、さすがに「嫌だ!」と言うけど、それぐらいのことは覚悟の上だ。
それに先ほどの着岸作業を見ている限り、なかなか信頼がおけそうな感じもする。きっと大丈夫だ。無事に三宅島に到着できるはず。
「わかりました。」と返事をし、乗船手続きを済ませた。
外はいよいよ風が強くなり、桟橋まで歩いていくのもやっとなほど。海に落ちると大変だからという事で、船のところまでは港の車で運ばれていった。なんだか飛行機に乗るみたいだ。
しかし、船と岸壁をつないでいるタラップはむき出しになっているので、ここを歩くのがなかなかの恐怖だった。波の高い海に落ちたら海の藻屑になりかねない。風にあおられないように手すりを捕まりながら慎重に渡って乗船した。
それにしても先程に比べて乗船する人が減っているような・・・。みんなお迎えや野次馬で集まっていただけなのだろうか・・・。それとも身の危険を感じたのだろうか・・・。乗ってはみたものの、私達も正直言ってちょっと怖い・・・。
乗り物に酔いやすいほどではないけど、この状況では絶対に酔う自信があったので、乗船するとすぐに売店に行き、酔い止めの薬を購入した。酔い止め=睡眠薬みたいなもの。これを飲み、後は寝て三宅島に到着するのを待とう。頑張って起きていても気分が悪くなるだけだ。
酔い止めの薬を飲んで2等船室の床で横になっていると、警笛がなり、船が出航した。・・・ような気がする。実はもう既に夢の中の住民と化していたので、出航のことはあまりよく覚えていなかったりする。
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