旅人とわんこの日々 タイトル

旅人とわんこの日々
世田谷編 2003年(8/9)

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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14、針路は北へ・感想編(2003年9月下旬)

磐梯山とバイクの写真
磐梯山とバイク

後輩に旅の奥義を伝授する心づもりで、後輩と二人、本州の最北端・大間岬を目指した5日間のバイクツーリング。無事に終えることができた。

この旅から後輩は学ぶものはあったのだろうか。後輩に大切なことは伝わったのだろうか。そのへんのところは、実際に本人に聞いていないのでわからない。もし聞いたとしても、遠慮して「為になりました」とか、「いい勉強になりました」としか言わないだろう。聞くだけ野暮というものだ。

そもそも、旅の楽しさとか、いい旅といった抽象的なことは、その人の価値観や、その時々の心境で基準が変わってくるもの。なので、自分がいいと思う旅が、他人にとっても素晴らしい旅だとは限らないし、他人の真似をしても楽しい旅になるとも限らない。

磐梯山と後輩の写真
磐梯山を背景に走る後輩

私自身、旅慣れている部分では旅の上級者だとは思っているが、自分の旅が最高の旅とは思っていない。ただ単に自分が心地いい旅をしているだけ。だから自分の旅を他人に押し付けるつもりはない。

今回は私の旅を知りたいといった後輩のために、私らしい旅をブレずにしてみた。後は後輩の解釈次第。何か得るものがあったのなら、今後の自分の旅に取り入れ、自分らしい旅を完成させていけばいい。

・・・と、無関心を装いつつも、参考になったり、感銘を受けた部分はあったのか、それともたいして役に立たなかったのか、そのへんのところはやっぱり気になる。

次に後輩が一人で旅をしてきた後に、さりげなく酒の席に誘って、色々と旅の様子を聞いてみようと思う。その話に私の旅の片鱗が混じっていれば、今回のミッションは成功だったと言えるのではないだろうか。

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今回の旅が後輩に役だったのかはよく分からないが、私にとってはとても意義のある旅になった。おかげで心の中にあった大きなわだかまりを、無事に解消することができた。

このブログにユーラシア大陸を横断したと何度か書き、ユーラシア大陸を横断した旅人と自称しているのだが、実のところ、きちんと西の端まで陸路で横断していない。

ユーラシア大陸横断のイメージ(地理院の地図)
一般的なユーラシア大陸横断のイメージ

私がユーラシア大陸横断を試みたのはミレニアムと大騒ぎをしていた2000年のこと。比較的世界が平和なときだった。

日本を出発すると、まずは飛行機で香港へ向かい、ここからユーラシア大陸の西端、ポルトガルのロカ岬を目指し、旅を始めた。

旅のルートは、香港から東南アジアへ南下していき、この地域の国をぐるっと周遊する。周り終えたらインド、ネパールなどの南アジア、イラン、トルコなどの中東を西進していく。最後はヨーロッパに入り、時間と予算を考慮しながらロカ岬を目指すといった、この時代の一般的なユーラシア大陸コースを予定していた。

実際のユーラシア大陸を横断の軌跡(地理院の地図)
実際のユーラシア大陸を横断の軌跡

国土地理院地図を書き込んで使用

しかし実際の旅は、最初に思い描いていたのと違うものになった。それも諸事情や世界情勢によって、途中のルートを少し変更した・・・というレベルではない。

途中のパキスタンとイランは飛行機で通過したので訪れていないし、西端もヨーロッパの東端にあるブルガリアまでと、一応はヨーロッパには足を踏み入れているものの、ポルトガルのロカ岬の遥か手前で旅が終わっている。

もし、ゴールをイギリスとか、北欧に替え、そこで大西洋を眺めたとか、或いはアフリカ大陸の西側で大西洋を眺めたというのだったら、何か思うところがあったのだろう・・・といった感じで、それはそれで恰好いいのだが、結局、西の端の象徴ともいえる大西洋も見ずに旅が終わってしまった。

この旅の軌跡だけで判断するのなら、なんともお粗末なユーラシア大陸の横断で、これってユーラシア大陸横断と言えるの・・・、横断に失敗したのでは・・・と突っ込まれてもしょうがない。

旅人のイメージ(*イラスト:Tsushimaさん)

(*イラスト:Tsushimaさん)

もしこの私の旅が、猿岩石のように商業的なもので、大勢の人が絡み、きちんとシナリオが決まっている旅だったのなら、失敗と言えるかもしれない。

しかし、私が行ったのは正真正銘の筋書きのない旅。旅のコマを進めながらその時々でしっかりと自分で針路を考え、自分にとって一番いい選択肢を選びながら旅をした。その精一杯旅をした結果が、この子供の落書きのような軌跡になる。

だから、最初に決めていたユーラシア大陸西端のロカ岬には立てなかったが、この旅が失敗だったとは思っていないし、ユーラシア大陸を横断する旅をしてきたと、胸を張って言えると思っている。

疑問のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

で、なぜ、こんな子供の落書きのようなルートになってしまったのか。将棋や囲碁の盤面を見て、手筋が見えないと気になってしょうがないのと同じで、地図に描かれた私の旅の軌跡を見て、「一体どんな旅をしたらこんなめちゃくちゃなルートになるんだろう・・・」と、気になっている人も多いかもしれない。

もちろん、最初はロカ岬を目指して旅をしていた。でも、旅を進めていくうちに、せっかく時間を作って旅をしているのなら、人と同じようにただロカ岬を目指して旅をするのではなく、今しかできないことを全力でやるべきではないか。少々ルートを外れても自分らしい旅を心がけるべきではないか。そう思うようになり、徐々に本筋からわき道にそれるようになってしまった。

シベル島での写真
インドネシアのシベル島にて

例えば、ベトナムでは1カ月ホームステイをしてみたり、マレー半島では自転車で旅してみようかと思い立ったり、インドネシアを精力的に旅行する人はあまりいないと聞き、だったら腰を据えてインドネシアを旅してみようではないか・・・と思い立って、時間をかけて島巡りの旅を行ったりした。

この時代はインターネットが普及していなく、情報を集めるのが大変だった。地図を見ながらここへ行ったら面白いだろうな・・・と思い付いても、行き方を人に聞いたり、調べたりするのに時間がかかり、旅の効率という面ではとても悪かった。

とはいえ、旅に効率ばかりを求めてもしょうがない。情報が少なく、不便だったからこそ、この時代の旅が情熱的で、楽しかったともいえる。

ガイドブックのイメージ(*イラスト:あびさん)

(*イラスト:あびさん)

この時代、旅行者が簡単に手に入れることのできる情報源といえば、もっぱらガイドブックが中心で、誰しもがガイドブックを片手に旅をしていた。

ガイドブックは効率よく旅ができるようにと、内容がうまくまとめられていて、旅の補佐役としてとても頼もしい存在になる。特に日本語の少ない環境にいると、日々の愛読書となり、聖書のような尊い存在に感じる。

でも、出版物である故に欠点も多くある。書いてある内容は出版される前の情報になり、しかも海外の情報ということで、どうしても1年ぐらい古いものになってしまう。

また、ページ数という制限があるので、内容量が限られる。図鑑のような読み物なら、どんどんとページや巻数を増やせばいいが、旅に携行する本が電話帳みたいに分厚くては堪らない。

その為、どうしても多くの観光客が訪れるような有名観光地の記載にページが割かれ、それ以外の場所の記載は申し分程度になってしまう。なので、ガイドブックだけを参考にして旅をしようと思うと、メジャーな場所ばかりでマニアックな場所に行きにくい。

そしてこれが一番重要なのだが、みんなが同じガイドブックを見ながら旅をするので、他の人と旅が丸かぶりになってしまう。みんな同じレシピ本で旅をしているようなもの。

例えばガイドブックにお勧めと書かれている観光地やレストランに行けば、日本人で溢れかえっているということもよくある話。これでは自分らしさというものが出しにくい。

インドネシアの観光案内所での写真
インドネシアの観光案内所で

せっかくユーラシア大陸横断をするなら、自分らしい旅がしたい。人が真似ができない旅がしたい。そう思うようになってからは、あまりガイドブックに頼らず、観光案内所や地元の人に尋ねながら手探りで旅をしてみることにした。

これは自分で新しい地図を描いていくような感じで、とても面白いのだが、いかんせん手間や時間がかかる。通り過ぎた後にいい情報が入り、後戻りをするということも多く、3歩進んで2歩下がるみたいな感じで、旅のルートがぐちゃぐちゃになってしまった。

また、あまりにもインドネシアの旅に夢中になり過ぎてしまい、ユーラシア大陸に戻ってきてみると、大陸を横断するには時間的に厳しいという現実が待っていた。

ちょうどトルコで人と会う約束も入ったので、インドから一気に飛行機でワープすることになり、この時点でユーラシア大陸を陸路で横断という当初の計画が崩れてしまった。

更には、予算的にも厳しくなってしまったので、ヨーロッパをじっくりと旅するのが難しいという状況になり、駆け足で中途半端にヨーロッパを旅するよりも、物価の安い中東をしっかり旅したほうがいいのでは・・・。ヨーロッパなら歳をとっても行くことはできるだろうし・・・。そう決断し、ロカ岬へ行くのを諦めることにした。

まあつまるところ、ロカ岬へを目指して旅を進めていく過程で、より自分らしい旅を見つけ、自分の中でロカ岬へたどり着くことの重要性が下がってしまった、といったところだ。

人生のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

よく旅は人生になぞられ、人生の縮図だと言われる。実際、そういった先人の名言は多い。

例えば、運動が万能でプロの野球の選手を目指してのが、怪我で勉学に励み、弁護士になったとか。成績優秀で大手商社に務めてみたが、適性が合わず、農家に転身し、有機農法で成功したとか。こういった話はあげればきりがない。最初に決めた通りに生きている人の方が少ないくらいだ。

旅でも同じこと。目的地や目標を決めて進むものの、途中で別の魅力的な目標を見つけたり、いい人に出会って、旅は道連れってな感じで別の目的地へ変更したり、偶然祭りの日にあたり、日程や旅程を変更したり、天候が悪かったり、或いはトラブルに巻き込まれて目的地にたどり着けないといったこともある。

人生を生きるイメージ(*イラスト:bonbonさん)

(*イラスト:bonbonさん)

でも、最初に決めた目的地に着かなくても、旅自体をしっかりと行ったのなら、自分なりの旅をしているわけなので、それは失敗の旅ではない。

人生においても自分でしっかりと考え、自分なりにしっかりと生きているのなら、なりたいものが変わったり、目標が変わっても、それは失敗の人生とは言わない。そういうことだと思う。

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とはいえ、忙しい日々が落ち着いたときに、ふと考えることがある。現在の状況に十分満足なんだけど、もし最初の選択肢を真っすぐ進んでいたらどうなっていただろう・・・。

例えば受験で二校受かってどっちにしようかと迷った時のこととか、もしあの時の恋人と別れずに結婚していたら・・・とか、仕事を辞める決断、続ける決断、似たような場面は多々あると思う。

人生の迷いのイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

本当に自分は最善の選択をしたのだろうか・・・。こういう「IF(もし)」というのは考えても答えが出るわけではないが、何かの拍子に頭に浮かんでしまうと、それが気になってしょうがなくなってしまうことがある。

最近、ユーラシア大陸横断の時の旅行記をまとめてしまおうかと、旅のアルバムを眺めたり、旅行記の書き直しをしている。そのせいもあって、ユーラシア大陸の旅についてちょくちょく考えることがある。

私が行ったユーラシア大陸横断は、色々な経験ができ、とても実りのある旅だった。今でも一番いい選択をし、素晴らしい旅になったと思うものの、やっぱり心のどこかで、きちんとユーラシア大陸の西の端、ポルトガルのロカ岬へ行っていたら、何か違うものが得られただろうか。ロカ岬に立ったらどんな心境だっただろうか。などと、頭の中に浮かんでしまう。もちろんそれはないものねだりというやつ。考えてもしょうがない。

最北端の地で後輩と記念撮影の写真
最北端の地で後輩と記念撮影

今回、北の果てを目指して旅を進めていき、無事に最北端にたどり着いてみると、ちゃんと旅をやり切ったという充実感、最果ての地にたどり着いたという達成感や征服感、色々な感慨深さがこみ上げてきた。

ユーラシア大陸横断の時には味わえなかった感動を・・・といっても、旅の規模が随分と小さいので、もし本当にユーラシア大陸を横断していたら今回の比ではなかったのだろう。

でも、ユーラシア大陸横断から帰国し、ずっと心の奥底でモヤモヤと感じていた、「ロカ岬にたどり着けず、ゴールテープを切ることができなかった」という呪縛を、新たな旅の成功で上書きすることができ、とても気持ちが楽になった。

旅人とわんこの日々
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