尾道にゃんこ#6-2
渡船と尾道にゃんこ 後編
(2022年8月)
夏の朝の渡船の風景と、その時に出会ったニャンコたちのスケッチです。(*全2ページ)
§3、朝の渡船の情景
一休みした後、海岸沿いを歩いて尾道駅へ向かった。尾道水道を眺めると、対岸では浜辺を散歩するワンコがいた。ちょうどその横をフェリーが通り過ぎていく。とても瀬戸内らしい情景に思える。
尾道駅に到着。意外とJRを利用している学生が多くて驚いた。尾道に通ってくる学生の方が多いが、他の地域の学校に通う学生もそれなりにいる。
調べてみると、東の東尾道駅までが6.5km、西の糸崎駅までが9.1kmと、毎日自転車で通うにはしんどそうなほど離れている。その次の駅が三原駅や松永駅。この付近までが、一般的な通学圏になるのだろうか。
駅にはちょうど可愛らしいマスクを付けたバスが、いや、マスクのデザインを施してあるラッピングバスがいた。前面に横断幕といった形で取り付けられているものは何度か目にしたが、きちんとラッピングされているのは珍しい。
早くコロナが終息し、「信じられんかもしれんけど、私の学生の頃はマスクのラッピングしたバスが走っとたんよ。」と、笑い話になるような世の中になってほしいものだ。
尾道駅前の桟橋からは、向島の富浜への渡船が出ている。他の二つの航路とは少し趣きが違い、車は乗船できなく、駅前を発着する立地から、鉄道やバスを利用する通勤通学客が多い。
観光客の利用が多いのも、この航路の特徴になる。尾道はしまなみ海道の起点。休みの日にはカラフルなウェアを着用したサイクリストたちが、集団で乗船している姿もたまに見る。外国人の利用も多いようで、ここだけ英語や中国語、韓国語の表記がしてある。
朝の早い時間は、向島からやって来る学生が多かったのだが、時間が経つにつれ、こちらから向島に渡る学生が増え、しまいには長い列ができあがった。
この学生たちは、向島にある中高一貫の尾道学園の生徒になる。生徒の多くが船で通学する学校というのも、なんだか楽しそうに思えるが、実際はどうなのだろう。
乗り切れなかった学生を残し、船は学生満載で出航した。まるで満員電車のような混雑ぶり。地元の利用客で、こんなに満員になる渡船が日本にあるだろうか。アジアのような光景が日本で見られるとは・・・。私的には感動の光景だった。
船に乗って学校に通っている学生は、全国にそれなりにいる。でも船に自転車を乗せて通っているのは、ほんの一握り。特殊な事例になるだろう。
なので、フェリーから多くの学生が勢いよく自転車でこぎ出していく様子は、尾道ならではの光景となる。ここではこれが当たり前の光景となっているので、本人たちはその特殊性を知らないとは思うが・・・。
渡船の料金は100円。自転車込みだと110円(昨年まで60円と70円)。10円しか変わらないので、そんなに負担にならない。ちなみに広島県内の他の港、宇品や呉では、自転車を船に載せるよりも、別の自転車を港の駐輪場に置いておいた方が遥かに安くつくので、自転車を船に載せる人はいない。
せっかくなので向島の方へ渡ってみた。こっちから見ると、青い空と青い海が気持ちいい。そして白い町並み、白い船、白い服がよく映えている。
尾道はとても白が似合う町。女学生の夏服がクラシックな白いセーラー服なのも、この風景を見ると納得する。
§4、様々な渡船のある情景
せっかくなので、少し私の渡船愛の披露というか、今まで撮った日本やアジアの渡船の風景を何枚か載せてみよう。
渡し船というのは、定義的には港湾・河川・湖沼などで両岸を往復して客や荷物を運ぶ船となるようだ。なので、海峡や離島をつないでいる船は渡し船とはならない。
でも、尾道のように対岸がすぐ目の前に見えている狭い海峡を行き来する船も渡し船と言ってもよさそうなものである。私的には対岸の人が手を振っているのが分かるような距離感は渡し船と定義してもいいかなと思ったりする。
ただ、そういった距離感だと橋を架けるのはそんなに難しくはない。経済の発展とともに地元の声、経済効果などを考慮し、橋が架けられたり、逆に人が少なくなり需要がなくなれば、その渡しは役割は終えることになる。減ることはあっても、増えることはないというのが実際で、今ではめっきりとその数は少なくなってしまった。
日本にもまだ少し渡し船が残っている。その中でもよくその名を知られているのが、矢切の渡し。映画男はつらいよの主人公寅さんの故郷、葛飾柴又を流れているのが江戸川で、帝釈天の裏の河川敷から運航されている。
川の対岸は千葉県。県をまたぐので、ちょっとした旅気分になれるだろう。とはいえ、利用しているのは観光客ばかり。映画のような情緒はあまり期待してはいけない。
江戸幕府の末期、開国を迫ったアメリカのペリー提督が黒舟に乗って上陸したのが、三浦半島南部の久里浜で、黒舟を停泊させたのがその隣の浦賀になる。
浦賀には深く内陸に切り込んだ浦賀湾がある。その湾の東西を結んでいるのが浦賀の渡し。その歴史は古い。現在でも湾の奥に大きなドッグがあるので、対岸へ行くのにかなり大回りしなければならなく、その点では利用価値が高い。とはいえ、船賃が400円するので、あまり手軽さはなく、観光用といった面が強い。
愛媛県の県庁所在地は松山市。古くから松山市の海の玄関となってきたのが、三津浜地区。三津浜には深く内陸に入り込んだ入り江があって、船を係留するにはもってこいの環境となっている。実際、所狭しと多くの漁船が停泊している。
ただ、対岸へ渡ろうとなると、入り江をぐるっと回らなければならない。そこで三津と対岸の港山の間約80mの距離を、古くから渡しがつないでいる。
面白いことに、この航路は松山市の市道扱いとなっていて、市が無料で船を運航している。しかも年中無休。もちろん観光客もウエルカム。歴史のある渡船なので、情緒もある。なかなか素晴らしい渡船だ。
ちなみに、ここ三津浜には長い商店街通りがあるのだが、とても猫が多い。三津改め、ニャン津といった状態。猫好きはぜひ訪れてみてほしい。
広島で現存する渡しとして、尾道と並んで知られていたのが音戸の渡し。倉橋島との狭い海峡を行き来する渡しで、直線距離にしては短いが、潮の満ち引きによる海流の影響を受けるので、流れのかなり上流に船を進め、放物線を描くように航行するのが特徴になる。
残念ながら昨年(2021年)の台風で船に大きな被害を受け、先頭さんの気力も尽きてしまったことから、そのまま廃止になってしまった。
ここからは海外の渡し船の様子を載せてみよう。
渡船が人の生活の足になっている様子は、どこの国でも独特の情緒を感じ、旅情をそそる。対岸へ行ってみたいといった冒険心や、対岸への憧れがそういった気持ちにさせるのだろうか。ほんの短い船旅になるが、とても好きな情景だ。
§4、その後の散策
話を尾道に戻そう。現在、尾道市役所の駐車場の一部は、臨時でコロナ用のPCR検査場になっている。尾道は平地が少なく、まとまった空き地が少ないので、これはしょうがない。
そのテントの脇では三毛猫さんが備品で遊んでいた。どうも矢印板の中が気になる模様。ここをねぐらとか、別荘にしているのだろうか。
何か気に入らないようで、ウロウロとしている。矢印の向きがいつもと逆だぞ・・・。これでは中に入りにくいと、ご立腹とか・・・。猫の行動を観察していると、想像力が湧き上がってきて楽しい。
駐車所の方へ戻ると、鉄の支柱が気になる猫さんを発見。姿勢がいいので、サイン、コサイン、タンジェントってな感じで、角度の計算をしたくなってくる。
その猫さんはこちらへやってきて、私を見つめるのだが、「角度は分かりましたか?」といった表情なのか、「あら見ていたの・・・」といった困惑した表情なのか、「朝食ありませんか?」といったお願いする表情なのか、「そこにいては通れない。邪魔。」といった表情なのか、色んな表情にみえてしまう。
この後は休憩をした後、崖地へ向かう予定だったのだが、急に用事が入ってしまい、広島へ戻ることになってしまった。せっかく半日停められる駐車場に入れ、青空の下、町歩きを存分に楽しもうと思っていたのに・・・残念。
尾道にゃんこ編
#6 渡船と尾道にゃんこ(2022年8月) #7 わんこと尾道にゃんこ(22'11)につづく