尾道にゃんこ#12
少し昔の尾道にゃんこ
(2007年8月)
尾道の散策と、出会ったニャンコたちのスケッチです。
§1、イントロダクション ~回想~
猫を探しながら尾道の散策を楽しむ。この尾道にゃんこシリーズを始めたのは、2018年6月からになる。
始めたきっかけは、まず前提として、2014年に東京から広島市内に引っ越したこと。尾道までは車で2時間程度と、近過ぎず、遠過ぎずの絶妙な距離になり、プチ旅行的に訪れることができるようになった。
直接のきっかけは、2018年に作家、林芙美子に因んだ「あじさい忌」というイベントを訪れたこと。この時に早く現地に到着してしまい、始まるまでブラブラと崖地を散策をしていると、路地で多くの猫に出会った。
旅は不確定要素が多いと面白い。きっちりとスケジュールが決まっているのは、日常だけで十分。猫との偶然の出会いという不確実性や非日常性が、普通の旅にマンネリを感じつつあった私のツボに刺さってしまった。
それ以降、猫がいるかな。どこにいるかな。今日はいないな・・・。と、宝物を探すようなワクワクする散策にすっかりはまってしまい、一つのテーマの決まった旅として、シリーズ化することにした。
尾道を訪れたのは、この2018年が最初というわけではない。広島に引っ越してから度々訪れていたし、広島に引っ越す前にも2度訪れている。更には、中高生の時には何度か電車で通過している。
私が一番最初に尾道を意識したのは、1988年こと。母親の実家が広島市付近にあり、中学生だった私は祖母にお小遣いをもらい、一人で快速電車に乗って岡山に向かった。
ちょうどこの年は夢の懸け橋、瀬戸大橋が開通した年になり、瀬戸大橋博なんていうものが行われていた。
目的はその瀬戸大橋博ではなく、その一環として行われた鉄道イベント。岡山の車両基地にSLやら瀬戸大橋を走る車両が展示されるということで、ぜひ見たい。と、一人で向かった次第。その時に尾道を電車で通過した。
尾道といえば、映画の町。大林宣彦監督の尾道三部作、「転校生」(1982年)「時をかける少女」(1983年)「さびしんぼう」(1985年)が公開され、尾道は一躍有名観光地の仲間入り。尾道の名もよくテレビなどに登場していた。
ただ、そういった作品がテレビで上映されたのは、私が小学生の時。そういった映画に興味を持つはずもなく、車窓から「ここが尾道か。よく名を聞くよな。どんな町なんだろう・・・」と、眺めるだけだった。
しかし、尾道では、電車の車窓からは中途半端な風景しか見えない。なので、気にして外を眺めていたという記憶はあるが、尾道については何も印象に残らなかった。
高校になると、東京に引っ越し、夏になると各駅停車乗り放題の青春18きっぷで広島へ2度往復するのだが、いずれも尾道は通過。立ち寄ることはなかった。
大学生になると、バイクでの移動となり、バイクで広島と東京を往復するようになるのだが、広島の手前は疲れのピーク。時間的にも遅い時間に通ることが多く、やっぱり通過していた。
初めて尾道を訪れたのは、社会人になってから。2004年に屋久島までバイクで行くことにした。その時、九州の友人宅に泊めてもらうのに、広島の祖母の家で一日調整し、その空いた時間で尾道を訪れた。
この時はあまり時間がなかったので、千光寺山の展望台や海岸付近、向島をバイクで足早に訪れた。崖地を歩くことはなかったが、斜面に広がる町の美しさに感激。尾道ってこんな素敵な場所だったんだ。次に訪れる機会があれば、尾道をゆっくり崖地を散策してみよう。そう心に刻んだのだった。
§2、2007年夏の尾道散策
次に尾道散策の機会が訪れたのは、2007年の夏。バイクで広島に行き、尾道因島へ行ってみることにした。尾道といえば昭和の映画の印象が強く、それ以降はあまりぱっとしない。
ただ、2003年頃に囲碁のアニメ「ヒカルの碁」が流行り、少々因島へ向かって風が吹いていた。遅ればせながら私もそれを見て、因島へ行きたくなり、この旅の計画を立てた。
この時は、尾道近辺でテント泊をし、早朝尾道にやって来た。尾道水道から昇る朝日。これは昔も今も変わらない。きっと10年後も変わっていないだろう。
尾道といえば、女流作家の林芙美子女史。本通り商店街の入り口に像が設置されている。
今回の尾道散策の始まりはここから。像自体は今と変わりはしないが、背後を走っている電車はこの時代のもの。町の変化は遅くても、乗り物の変化や世代交代は速いものだ。
商店街に設置されている歩道橋を渡たり、楽しみにしていた崖地の散策を開始。正面から朝日に照らされ、進む足取りも軽い。
背後を振り返ると、崖上に尾道城が見える。この当時は尾道城が崖地の路地からも見えていて、その姿が見えるとテンションが上がったものだ。
少し高い場所から見た崖下の住宅の様子。屋根が重なり合い、立体感が凄い。慣れるとどうってことのない光景だが、初めて見ると感動する。
寺社をめぐりながら千光寺新道の階段に到着。寺社の様子は、今とたいして変わらないから割愛するとして、ここは階段の脇が石垣になっているので、とても迫力がある。
ちょっと面白かったのが、勝手に取りつけたものだと思うが、手すりに立て看板がずらっと並んでいた。これが古風な感じの看板で、意外といい味を出していた。
千光寺新道を上から見た眺め。現在と変わらない光景に思えたが、よく見ると坂の正面にビルがあって、海が見えない。
今ではそのビルがなくなっているので、フェリーが行き交う様子がよく見え、絶好の撮影スポットになっている。
千光寺新道から千光寺道へ。そして天寧寺の3重の塔を見学し、一旦、ロープウェイ駅付近に降りてきた。ここにはレンガでできた高架橋があり、その向こうにちょうど朝日を浴びた散歩する犬が見えた。ゲートが額縁となり、まるで絵画のようだった。
御袖天満宮に向かって歩いていくと、途中にタイルの小路という案内板があったので行ってみた。
地面にタイルが埋め込まれた路地で、ここは尾道三部作の「時をかける少女(1983年)」のロケ地になる。映画が上映されると、一躍脚光を浴び、全国から多くの観光客が押し寄せたそうだ。
今まで何も変哲のなかった路地が、一躍観光地になる。最近では新海誠監督の「君の名は」で登場した須賀神社の階段も、その類になる。
周辺に住む人にとっては、常に知らない人の目を気にしなくてはならなかったり、騒音やゴミなどの問題も起きる。最初は物珍しさがあっても、長く続くとストレスになっていく。ここの場合もそうで、2003年に壁に展示していたタイルや床のタイルの一部を除去する運びとなった。
2007年に訪れた時には、地面のタイルは残っていたが、それもその後に除去された。今ではここにあった家もなくなっていて、タイル小路だった痕跡は全くない。観光公害の先例となるだろうか。
タイル小路から少し歩くと、御袖天満宮。ここの参道の階段も尾道三部作「転校生」のロケ地として有名だ。
尾道三部作のうち「転校生」だけは中学生の時に見たことがあった。なので、ここが作中に登場する階段落ちで有名な場所か・・・と感慨深く思うのが普通なんだろうけど、中学生だった私には小林聡美さんのおっぱいが強烈過ぎて、映画の内容はいまいちよく覚えていなかったりする・・・。なので、この時はあまり印象深い場所とは感じなかった・・・。
御袖天満宮の隣にある大山寺付近の階段にいた猫。この頃の尾道は、まだ猫の町といったイメージはなかったので、あっ、猫がいる・・・といった感じで写真を撮っていたように思う。
こちらは墓地の近くで寝ていた白猫。風景に溶け込むかのようにいる感じがいい。この当時から御袖天満宮付近には猫が多かったようだ。
大山寺から西國寺へ向かい、仁王門に到着。大草鞋が掲げられているのは変わりがないが、この当時は仁王門の前に植え込みと照明がないので、すっきりとしてみえる。
西國寺を見学した後、今度は西郷寺へ。その途中で通った西久保の路地がとても趣きがあった。私的に今回とても気に入った場所で、3枚も写真を撮っていた。
この時はデジタルカメラを使っていたので、フィルムのことは気にしなくてもよかったのだが、まだメモリーカードが高かった時代なので、旅行中はメモリーカードが一杯にならないように気を使い、パシャパシャと適当に撮ってはいなかった。
西郷寺などを見て、浄土寺に到着。長い歴史のあるお寺で、本堂などは国宝に指定されている。
長い歴史があるだけあって、今も10年前もそう変わらない。というより、変わっては文化財の意味がなくなるので、変わりようがないというべきだろう。鳩が多いのも変わっていない。
浄土寺よりも上にあるのが海龍寺。一番東端にあるお寺で、今回訪問した最後の寺になる。訪れると、門前でワンコがくつろいでいた。まるで狛犬のようではあるが、犬が嫌いな人だと、この状態では怖くて中に入ることができないだろう・・・。
昔はこういった光景はよくあったが、今だったら大きな問題になってしまうかもしれない。
駅近くに停めたバイクのところへ戻るのに、海沿いを歩いていった。この時代の渡船の料金は60円。現在では100円になっている。
水道沿いを歩いていると、絵を書いていたり、釣りをしている人の姿があった。尾道にはこういった奔放に感じる人がよく似合う。そう、ここは映画の町であり、文学の町であり、芸術の町でもある。
でも、最近ではこういった絵になりそうな人の姿が減ったように感じるのは、気のせいだろうか。
駅付近にまで戻ってきた。駅近くの商店街からは尾道城がよく見える。ここからだと箱庭的な感じがよく現れ、ベストポジションになるのではないだろうか。残念ながら尾道城は2020年に解体されてしまい、現在では土台部分は展望台として再利用されている。
ちなみに尾道城のある千光寺山の標高は144.2m。この数字から思い浮かべるのはエジプトの大ピラミッド。146.6 mあり、ほぼ同じような高さになる。
あの尾道城の高さまで石を積み上げて造られたのが、エジプトのピラミッド。訪れたことがなくても、とんでもない大きさだと理解できるのではないだろうか。そして自分の目で確かめに行きたくなったのではないだろうか。
駅前の商店街の様子。さすがに駅前という便利な土地だけあって、この付近は今では結構雰囲気が変わっている。
とまあ、2007年に散策した様子を載せてみた。改めてページにまとめてみると、間違え探しをするかのような感じでしか町が変わっていないことに、ちょっと驚く。
とはいえ、私が散策を始めた2018年からでも、明らかに猫が減少し、崖地の家も減少している。そのことによって、尾道らしさや、尾道の魅力が失われているのでは・・・と、感じることもある。
今後の尾道はどう変化していくのか、或いはたいして変わらないままなのか。魅力的な町であり続けるのか、そうではなくなってしまうのか。それは暮らしている人々の生活や行動によって決まっていくこと。もうしばらくは、猫を探しながら尾道の町を歩き、行末を見守っていこうかと思う。
尾道にゃんこ編
#12 少し昔の尾道にゃんこ(2007年8月) #13 夏の終わりの尾道にゃんこ(23'9) 制作中(24年夏ころ公開予定)