旅人とわんこの日々
世田谷編1 2003年 page11
ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。
15、富士山登山と旅人の覚醒(2003年7月)

(*イラスト:ちょこぴよさん)
先日、念願だった大型バイクを購入した。これで仕事が休みの前日、或いは当日の朝だったとしても、旅に出たいと思えばいつでも旅に出られるし、道が繋がっている場所ならどこにでも行くことができる。
早速、そのバイクにテントを積んで、まだ行ったことのない土地へ泊りがけでツーリングに行くぞ!・・・となるはずだったのだが、バイクを購入後の最初の泊りがけの旅は、バイクを必要としない富士山登山となってしまった。

なぜ富士山なのか。バイクを購入前の話になるが、早々に就職が決まった大学在籍中の後輩が・・・、といっても、私が大学を卒業してからもう5年が経っているので、在学中だった時の後輩ではない。ユーラシア大陸横断を終えた直後、次の仕事が決まるまでのしばらくの間、学生時代に働いていたバイト先に厄介になっていて、その時に知り合った同じ大学の旅好きな後輩になる。
その後輩は4月に就職が決まり、もう卒業の単位はばっちりだし、時間もあるしと、ユーラシア大陸を横断した私にアドバイスを乞い、一か月半ほどの旅程で海外一人旅に出かけていった。
その旅行の間、「バイクをアパートの敷地にずっと放置しておくのは心配です。自由に乗って構いませんから、先輩の家で預かってもらえませんか。」と提案され、「それは私としてもうれしい。」と、快諾。これぞWINーWINの関係。バイクを預かり、ツーリングや教習所通いに使わせてもらった。

そのお礼と、就職祝いを兼ねて、「私もバイクを購入したことだし、一緒にツーリングに行こう。宿代などは出すよ。どこがいい。」と聞いたら、「富士山がいいです。」と答えるので、最初の旅が富士山登山となってしまった。
理由を聞くと、一人では行き辛いし、社会人になったら行けるかどうかわからない。それに海外旅行から帰ってきたばかりなので、あまり日本のどこかを旅する気分でもないから・・・とのこと。
私的には飛騨高山とか、佐渡島とか、バイクで走って楽しい場所がよかったのだが、まあしょうがない。でも登山なら、あまりお金がかからなくて済むので、その点ではうれしかったりする・・・。

(*イラスト:しら菊さん)
近年では、中高年、特に女性を中心に登山が大ブームとなっている。お金と暇があり、団体行動が好きな世代なので、一流ブランドの立派な装備や高価な服で身をまとい、集団で山に登っている姿をよく見かける。
登山用のウェアはカラフルなので、彼らは本当によく目立っている。そのため、恰好だけは一人前・・・とか、いかにもミーハーだ・・・とか、初心者のくせに過剰な装備・・・などと揶揄されることも多い。
でも、何かを始めるにあたって、まずは恰好や気分から入ることも大事なのではないかと思う。運動する人が一流選手が使用しているシューズなどに憧れ、それを使うと練習に身が入ったり、試合で実力以上の力を発揮できるのと同じで、気持ちから盛り上がれば、山へ向かう足取りも軽いというものだろう。
ちなみにこの何年か後に登山女子こと、山ガールと言う言葉が流行るだが、根本的にはこの時代のおばちゃん達とあまり大差はない。年齢層が若くなり、集団の規模が小さくなり、下半身のパンツ部分が、長ズボンから、若い人が好みそうなひらひらした感じになったぐらいの違いだけのように思う。
若い女性だと批判されず、逆に「山ガール」などとちやほやされるというのも、なんだかな・・・と思ってしまうが、まあこれも自然が豊かに残る山だからこそ、自然界の理が強く表れている・・・といったところだろうか。

(*イラスト:うずらさん)
話を戻すと、日本最高峰となる富士山への登山も、近年の登山ブームのあおりを受け、週末などには多くの登山者で登山道が大渋滞しているそうだ。
歩みの遅いおじいさんやおばあさんの団体の後ろでつっかえてしまい、登山道でモタモタとしてしまうと、「リズムが狂う・・・」「早く進んで・・・」とイライラするし、苦労して富士山の山頂にたどり着いても、あまりにも人がうじゃうじゃいては「なんだかな・・・」といった冷めた気分になってしまう。
調べてみると、7月1日に山開きが行われ、その直後から学生が夏休みになる前、要は7月上旬の平日が一番空いているらしい。ということで、それに合わせて連休になるように仕事のシフトを調整してもらった。

(*イラスト:おにちゃんさん)
しかし・・・、私なのか、後輩なのか、それとも両方なのか、見事に雨男ぶりを発揮し、登る前日に大型の低気圧が通り過ぎ、当日も天気がぐずついているといった波乱含みの展開。
登山の当日に低気圧が直撃しなかったのは幸いだが、こんな状態で登っても大丈夫なのだろうか。できれば天気が落ち着く明日からがいいのだが・・・。そう思っても、急に休みをずらすわけにはいかない。
まあ、行くだけ行ってみるか。せっかく休みをもらったし、雨でも平気な車で行くので、最悪、雨の富士山ドライブになってもいいか・・・。と、不安になりながら富士山に向うことにした。

(*イラスト:ちょこぴよさん)
山梨県側の五合目の登山口に到着してみると、どんよりとした曇り空で、細かい霧雨のような雨が降っている。というか、現在、雲の中、NOWといったところ。
風は穏やかなようで、時々強く吹くこともある。あまり積極的に登りたいとは思えないコンディションだな・・・。とりあえず登山センターの中に入り、飲み物を飲みながら天候回復を待つことにした。
外の様子をうかがっていると、カラフルな登山装備をまとって山へ登っていく人もいるが、そんなに多くない。これは思い描いていた展開ってやつではないか。混雑していなくていい。
とはいえ、下山するまでずっとこんな天気だったらかなわない。天気予報では今夜あたりから回復するとは言っていたが、山の天気は変わりやすいし、予想がしにくい。
さて、どうしたものか・・・。今回は巡り合わせが悪かったということで、天気の心配のない日にリベンジするか・・・。もし一人だったら、天気が悪いからまた今度にしようなどと、弱気になって引き返していたかもしれない。

(*イラスト:nendoさん)
でも、今回は元気のいい後輩と一緒だ。少々コンディションが悪くても「旅は道連れ」ってな感じで、助け合いながら登っていけばいい。
それに他にも登っている人はいるし、登山道にはいざという時に避難できる山小屋が点在している。誰も登っていない山なら危険過ぎるが、人目が多いので、少々のことが起きても何とかなるはず。
雨が小康状態となったところで、不安になりながらも登っていくことにした。

小雨が降る中、本日宿泊する山小屋のある8合目を目指して登っていくのだが、さすがに富士山を登るのに傘をさしてというわけにはいかない。
持参したバイク用のカッパを着て登り始めるのだが、10分もしないうちに熱がカッパの中でこもり、蒸し暑くて堪らなくなった。
こういう悪天候の時こそ、通気性に優れた高価な素材を使っている登山用装備のありがたさがよくわかる。
カメラにしても高いものは条件が悪い中で壊れにくいとか、落としても壊れにくい。車でもいい車だと頑丈にできているので、事故をした時に怪我が軽く済むこともある。条件が悪い時にこそ高価なもののありがたさや価値が分かるというものだ。
そして、そういった装備を当たり前のようにしている高齢者の登山者がうらやましい・・・。

登山は、小雨が降ったり、止んだりといった道中で、細かい雨のせいで体や頭はビシャビシャ。登山道も昨日の雨と、今日の雨で滑りやすい状態。
あまり快適とは言えない登山だったが、足の丈夫さや体力があってこその旅人。そのへんは人並み以上なので、登ること自体は問題なく、難なく8合目の山小屋に到着した。

山小屋で明け方まで仮眠をし、朝方山頂へ向かって登っていった。
天気の悪い平日なので、登山者はいつもよりも少ないようだが、それでも人気の富士山。それなりに登山者が登っていた。そして、傾斜がきつく、また追い抜きがしにくい山頂付近で、ペースの遅い高齢者の集団を先頭にちょっと渋滞していた。
無事に山頂に到着してみると、強く、冷たい風が吹いていた。気を抜いて立っていると、よろけそうになるぐらい強いので、場所が場所だけにちょっと怖さを感じる。
登った直後はその冷たい風が火照った体に心地よかったのだが、すぐに体の熱が冷め、強烈に寒く感じるようになった。
富士山の標高は3,776 m。気温は100m高くなると0.6度ほど下がると言われている。普段暮らしている東京との差が3,700mだとして、37×0.6=22.2と、約22度も低いことになる。
22度の差は大きく、東京で「うわぁ~、今日は30度もあるぞ。暑いな!」という時に、富士山山頂だと8度。ひんやりして気持ちいいとなる。朝晩はもっと気温が低くなり、真冬の寒さということになる。しかも今日は風が強いので、体感温度にすると、氷点下といっても過言ではない。

後輩と凍えるようにしてご来光を待っていると、徐々に空が明るくなり、周囲の様子がはっきりしてきた。見事に山の下は雲で埋め尽くされ、下界の様子はわからない。でも頭上はそこまで雲は多くはなく、雲と雲の間にいるといったちょっと不思議な状態。
これはこれで素敵なのだが、ちょっと雲が多過ぎだな。これだとすっきりとしたご来光が拝めそうにない。今日登ったのは失敗だったかな・・・。そう思いながら日の出を待っていると、太陽は下の雲と、上の雲の間から登ってきた。

雲に挟まれる日の出。何か不思議な感じの日の出だ。こういった光景はなかなか見られるものではない。ある意味幻想的な光景で、こういう天気の悪い日に頑張って登ったかいがあったのかも・・・と感動してしまった。
もちろん、ここまで苦労して登ってきたことが、物事を神聖化するというもので、きっと日の出が見れればどんな日の出ででも感動したに違いない。

日が昇ってからも、まるで飛行機からの眺めといった感じで、雲と雲の間にいる様子はなんとも言えない不思議な感覚で、とても思い出深い光景だった。
時々晴れ間がのぞく中、万年雪が残る山頂のお鉢周りをし、その後無事に下山し、富士山の登山を終えた。

今回、富士山を登ったことで、日本一高い山を制覇したことになる。それはすなわち、日本で一番高い場所を制覇したといった旅の称号を手に入れたことになる。そう考えると、何か達成感とか、特別感といった感慨深いものが胸に込み上げてきた。
実はユーラシア大陸横断をしてからというもの、燃え尽き症候群になってしまったのもあるが、旅への情熱が冷めていた。
それに、世界に名だたるアンコールワットとか、エジプトのピラミッドなどといった、壮大なスケールの建造物を見てきた後に、日本の観光地を訪れてもスケールが小さいし、大なり小なりどこかで見たことのあるような物ばかりだしと、あまり面白く感じなかった。
海外旅行が標準的な非日常となってしまうと、国内旅行は日常の一部といった感じになってしまい、旅の好奇心が揺さぶられないのだろう。壮大な旅を終えた後の燃え尽き症候群とともに、そのへんの感覚がマヒしていたように思う。

でも今回の登山でちょっと目が覚めてきた。旅はどこへ行ったかではない。どこへ行くかが大事なんだ。多くの人が訪れるようなありふれた観光地を訪れているから、旅が作業的になり、つまらなくなるのだ。
何かを見るためではなく、旅そのものを楽しもうではないか。移動すること、そこへたどり着くことを楽しもうではないか。
今度は思い切って、日本の最北端を目指すというのも面白いかもしれない。そこに何があるかわからない。何もないかもしれない。でもそこにたどり着くことにロマンある。それがワクワクする旅というやつではないのか。
後輩に誘われて登ることになってしまった富士山だったが、日本一高い場所で見たご来光の神々しさによって、何やら旅人として更なる覚醒を果たしてしまったようだ。バイクも新たに購入したし、私の中の新たな旅の物語が始まろうとしている・・・かもしれない。
世田谷編 2003年(9/9) 2003年(10/9)につづく