旅人とわんこの日々
世田谷編 2005年Page1
世田谷(砧公園)での犬との生活をつづった写真日記です。
1、幻の初日の出ツーリング(2005年1月2日)
今年の元旦は、人生初の試みとして、バイク仲間と寒い中をバイクを走らせ、初日の出を見に行く予定にしていた。
友人からこの誘いを受けたときには、「なんて無謀な。朝日を見る為に、全てが凍り付く真冬の早朝にバイクを走らせるなんてバカバカしい・・・。行くのなら暖房の効いた車でワイワイと行こうぜ!」と、否定的に思ったものだ。
でも、移動するのが旅人の本分。移動に困難があればあるほど燃えるのが旅人というもの。まして旅に関して素人の友人たちがやろうとしているのに、私が尻込みしていてはみっともない。旅人失格じゃないか。
そう思い直すと、なにやら自分の旅への情熱を試されているようで、心の奥底から燃えるものが沸き上がってくる。
やってやろうじゃないか。初日の出ツーリング。きっとこの人生初の試みは、私に何か新しい価値観をもたらしてくれるに違いない・・・。と、元旦に向けて期待が高まっていったのだが、なんとビックリ。大晦日に大雪が降り、初日の出ツーリングは中止にせざるを得なかった。ガッカリしたのは言うまでもない。
「一年の計は元旦にあり」という。今年は初日の出を見に行くことで、新年が始まると同時に素晴らしいスタートダッシュを切れるはずだった。それが一転して、腑抜けた正月を送ることになってしまった。
まるでおみくじで大凶を引いてしまったかのような、幸先の悪い2005年の始まりになってしまったが、何もしなかったのではなく、しようとしてできなかっただけのこと。試みようとした気持と行動力があるのなら、落ち込むほど悪い年にはならないのではないか。きっと、そうだ。そうに違いない。気にせず、切り替えていこう。
2、3匹の犬との留守番(2005年1月下旬)
この冬は寒い。避暑ならず、避寒を兼ねて、どこか暖かいところに行きたいな。南半球は季節が逆になるので、今は夏真っ盛り。そうだな・・・、比較的手軽に行けるオーストラリアが最適かな。ということで、オーストラリアに6日ほど旅行に行くことにした。私ではなく、両親が、である・・・。
2年前にガンの手術をした父親は、順調に回復して、ここのところ普通に近い生活を送っている。ただ、昨年の夏にはひと騒動あった。胃のあたりを中心にひどい腹痛になり、今度こそダメかもしれない。もう先は長くなさそうだ・・・。と大騒ぎし、病院に駆け込んだ。
すぐに入院し、検査をすると、胃と腸を結ぶ縫合部分が緩んだようで、そこから胃酸が流れ、激しい腹痛を起こしたようだ。これはすぐに開腹手術で治してもらい、事なきを得た。
手術後、1週間で退院してくるのだが、この「もう死ぬかもしれない」と思うような体験が、少し心境の変化をもたらしたようで、今のうちにあれをやっておこう。これをやっておこう。と、少し思考が行動的になった。
父親の胃ガンが発覚したのは、定年の直後。おかげで第二の人生と言われる定年後のプランが大きく狂った。といっても、そこまで野心的な性格をしていないし、趣味も多くないので、凄い定年後のプランがあったわけではない。いたって普通の定年後と言ったら失礼だが、趣味のゴルフをやりながら、他にも趣味を見つけて・・・というようなことを頭に描いていたようである。
旅行もやっておきたいことの一つで、退職金で少し長めの海外旅行に出たいようなことを言っていた。頻繁に海外へ出ていく私の影響を受けたのか、そうでないのかはわからないが・・・。
その海外旅行に行くなら今の元気なうちしかない。健康面で不安だが、またいつ痛くなるかわからないし、そもそもいつまで生きられるかわからない。と、病状が落ち着き、体調が回復した晩秋に、母親と海外旅行へ行く計画を立て始めた。
まずは目的地。幾つかの旅行代理店へ足を運び、ツアー旅行のパンフレットをどっさりもらって帰った。そして、その中から暖かい国で、値段が手ごろで、健康面に不安が大きいので、衛生環境、特にトイレや医療がしっかりとした国のツアーを探し、最終的にシンガポールとオーストラリア、ニュージーランドで迷った末、オーストラリアに行くことにした。
妹もこの時期は仕事が暇なようで、「旅費を出してくれるなら付いて行ってもいいよ。有給使うからさ。」と、両親に進言すると、だったら一緒に行こうとなり、一緒に付いて行ってしまった。
一人留守番か・・・。オーストラリアには行ってみたいが、家族旅行、とりわけ両親のおもり・・・、いや、孝行をしなければならない旅行なら、行きたくないな・・・。やっぱり旅は非日常の世界観が好きだ。なるべく日常のしがらみは取っ払った状態で行きたい。
なので、自分も行きたいとか、うらやましいとかいった気持はなく、自分だけが留守番しなければならないことに対してのネガティブな感情は全くなかった。
そもそもユーラシア大陸を横断したり、南米を旅行したりと、長く家を空けて、他の家族に迷惑や心配をかけてきた。今回は逆の立場。今までのお礼を込めて、気分良く送り出してあげよう。
玄関で見送るまではそういった気持ちしかなかったのだが、三人が家から出発してしまうと、一人ぼっちで留守番か・・・といった憂鬱な気持ちと、一抹の寂しさがこみあげてきた。
行きたいとは思わないが、一人だけ残って留守番というのも、思ったよりも寂しさを感じるものなんだな・・・。普段、家族が楽しそうに外食などに出かけ、一人で留守番している犬の気持ちが分かるような気がする。
でもまあ、6日後には帰って来るのだから、気にせずに一人での生活を楽しもう。肩の荷が下りたといった感じで、今日の夜は友人でも誘って飲みに行こうかな・・・。とはいかない。
うちの犬の面倒もよろしくと、妹はキャバリアとチワワを我が家に預けて旅立っていったので、足元にはチャーミーを含めて犬が3匹もいる。
犬たちと留守番か・・・。犬は寂しさを紛らわしてくれる存在ではあるが、3匹もいると、逆に世話の手間がかかって、厄介な存在になりそう・・・。
ということで、両親のオーストラリア旅行とは別に、6日間の旅人と3匹のワンコの生活が始まった。妹のところの犬は小型犬。散歩は毎日行かなくても大丈夫と言っていたが、チャーミーの散歩に行こうとすると、玄関のところへやって来て、うちらも連れて行ってくれ!とアピールしてくる。
その様子を見たら連れて行かないわけにはいかない。それに散歩の時に外でトイレをしてくれれば、ペットシーツの交換のタイミングが計りやすい。
とはいえ、3匹をいっぺんに連れて行くのは大変。普段から一緒に散歩させているのならともかく、そうではないので、どういうことになるのか、予想が付きにくい。
そもそもとして、犬の大きさが大中小とバラバラなのが問題だ。たまに公園で、3匹以上、多い人で5匹とか連れている人を見かけるが、そういった人は同じ大きさの犬を連れている。大きさが違うと、引っ張る強さも、歩く速さも、行動スタイルも違うので、非常にやりにくい。
例えば、他の犬に対してチワワのポーちゃんは向かっていきながら吠えてしまう事がある。相手の犬が応戦してきたら、力が強いチャーミーも参戦しかねない。そうなると、てんやわんやの状況となり、リードが手から離れ、事故になってしまうかもしれない。
まあとりあえず、いつも通りといった感じで、まずはチャーミーを連れて行き、帰ったら今度はキャバリアとチワワを連れて行くことにした。二度手間になるけどしょうがない。
一番の問題はトイレになる。仕事に行く前に散歩に連れて行き、トイレをさせておけば、帰宅時までに一回程度のトイレで済む。いつも置いているトイレの面積を二倍に増やし、対処することにした。
妹の犬たちは時々我が家に来ているので、トイレを含めた家の様子が分かっているし、犬同士で大きな喧嘩をすることもないし、悪さもすることもない。ゼロからスタートではなかったので、その点においては楽で、帰宅したら大惨事になっていることはなかった。
大変なことが多かったが、3匹の犬がいて良かった点もある。それは帰宅と同時に三匹の犬が出迎えてくれること。これはなかなか幸せな気分になる。
とはいえ、家の中に他に家族がいないので、餌をくれとか、構ってくれとか、たえず犬がそばに寄って来る。最初はこの状況が物珍しく、楽しく感じていたが、3日も経つと少し鬱陶しく感じてきた。
というのは書き過ぎだが、普段はもっと淡白な感じで接しているので、急に3匹の犬に監視されているような状況になり、ちょっと厚苦しく感じたというのが正直なところ。これが日常だと、慣れれば問題ないのだろうけど・・・。
とまあ、旅人とワンコ3匹の生活はなんとか続いていき、6日目、両親と妹が無事に帰ってきた。これにてお役目御免。旅をして自宅に帰るとほっとするが、私も旅をしてきたかのように、疲れ、またホッとした。
やっぱり一人で3匹の面倒を見るのは大変。もうこりごりかな・・・。でもまあ、妹の所の犬たちは、頼るべき人が私しかいない状態が続いたので、今まで以上に懐いてくいれ、随分と仲良くなれた。それは収穫になるだろう。
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