旅人とわんこの日々 タイトル

旅人とわんこの日々
世田谷編 2004年Page9

ワンコのいる日常と旅についてつづった写真ブログです。

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11、屋久島ツーリング3 屋久島上陸(2004年6月下旬)

台風のイメージ(*イラスト:とまこさん)

(*イラスト:とまこさん 【イラストAC】

鹿児島港から乗ったフェリーは、間もなく屋久島に到着する。今晩は台風の通過により大雨の予報。テント泊をしようものなら、風で飛ばされ、更に雨で流され、気が付いたら海の上で寝ていた・・・みたいな事になってしまいかねない。今晩はちゃんと宿をとろう。

と、台風のせいにしているが、元々、屋久島では宿に泊まる予定にしていた。屋久島にはバックパッカーが泊まりやすい手ごろな安宿が幾つかあると、屋久島を訪れたことのある旅人から聞いていたからだ。

そういった宿に泊まれば、支出は少し増えるが、テントよりもぐっすり寝れるし、風呂にも入ることができる。それにこれから海外を目指すような我の濃い旅人がいて、心弾む旅の会話ができるかもしれない。そんな期待もあった。

旅するイメージ(*イラスト:ジュンズ10さん)

(*イラスト:ジュンズ10さん 【イラストAC】

乗ったフェリーのラウンジには観光案内コーナーがあり、屋久島の観光マップ、現地ツアーの紹介などとともに、ホテル、ゲストハウスのカードも幾つか置いてあった。

物色すると、一泊千五百円で泊まれるゲストハウスのカードがあった。安いし、ここにしよう。屋久島に上陸すると、カードに記された地図を見ながらそのゲストハウスに向かった。

ドミトリーのイメージ(*イラスト:ありなか本舗さん)

(*イラスト:ありなか本舗さん 【イラストAC】

宿は比較的若い元気な兄弟が経営していた。屋久島ののんびりとした環境と豊かな自然が気に入り、移住してきたそうだ。

部屋はドミトリー形式。大部屋に二段ベッドが並んでいたが、男性客は他に一人しかいないので、離れたベッドを使えば気にならない。

女性部屋にも2人ほど宿泊客がいた。外は雨。夕方にかけて強くなっていき、夜には暴風となる。この天気では外出もできないし、ゲストルームで他の旅人や宿のオーナーと話をして過ごすことにした。

ドミトリーのイメージ(*イラスト:きなこもちさん)

(*イラスト:きなこもちさん 【イラストAC】

話を聞くと、みんな国内を旅している人たちだった。私が以前ユーラシア大陸を横断し、少し前に南米を旅行してきたばかりで、今回は東京からバイクでやって来たといった話をすると、ひどく驚き、しばらく質問を受け続けた。

海外の安宿で話していると、こんな一方的な展開にはならない。癖のある人が多いからだ。何か話し難いな・・・。それに張り合いがない。やっぱり海外で出会う旅人とは雰囲気が違うな・・・と感じる。

特に女性は海外を旅している人と比べると、上品というか、すれていないというか、純情な印象がする。海外を旅している女性は逞しいし、気が異常に強い・・・。

屋久島での写真
屋久島で

屋久島二日目。夜中に台風が通過していき、まだ空には雲が多いが、澄んだ青空が広がっていた。ただ、かなりの雨が降ったようで、島内放送によると道が崩れている場所もあるとか。

屋久島のハイライト縄文杉はちょっとした登山をしなければ見ることができない。雨上がりのビシャビシャの登山道を歩くのは危ないし、一足しかない靴が汚れると厄介だ。今日は山登りはやめて、バイクで屋久島を一周してみることにした。

屋久島 最北端 一湊灯台の写真
屋久島最北端 一湊灯台
屋久島 大川の滝の写真
大川の滝

屋久島を一回りしてみると、木々に囲まれた島といった感じで緑がとても多い。途中に滝が多いのもこの島の特徴になるだろうか。しかも昨夜降った大雨のおかげで、水量が多く、迫力があってよかった。

屋久島 永田いなか浜(ウミガメの産卵地)の写真
永田いなか浜(ウミガメの産卵地)

小さな島なので、島を周回しても100キロほど。あっという間に一周してしまい、ちょっと物足りない。時間もあるし、もう一周するか。逆回りで・・・。と、2周目。なんか無駄なことをしているようだが、バイクで屋久島を走っていると思うと、とても気分がいい。

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屋久島3日目。今日は屋久島で一番のハイライト、縄文杉を見学しに出かけた。登山口までバイクで行き、そこからは木材搬出用の線路の上を歩いていく。森の中の線路の道。非日常的で面白い。

屋久島 線路を利用した登山道の写真
線路を利用した登山道

線路を進んだ先からは、普通の登山道となり、しっかりとした登山となる。季節が季節だけにとても蒸し暑い。ジッとしていても汗が出てくるのに、山を登ったら汗が滝のように噴き出てくる。

水分がいくらあっても足りない・・・。でも、心配ご無用。ここでは所々に湧水が出ていて、それを飲むことができる。

「縄文杉もよかったけど、縄文杉を見に行くときに飲んだ水がおいしかった。とても印象に残っている。」と、訪れた人から聞いていたので、この水を飲むのを楽しみにしていた。実際に飲んでみると、喉の渇きもあって、とてもおいしく感じる水だった。

屋久島の縄文杉の写真
屋久島の縄文杉

登山道を進むと、途中途中に小ボスといった感じで名が付けられた杉があり、最後にラスボスといった感じで、巨大な縄文杉が待ち構えていた。

縄文杉の名の通り、樹齢4000年以上(様々な説があり この当時では定説)と驚くほど月日を重ねている杉で、幹周が16.4m、樹高が30mと巨大な木というか、岩のような塊だ。

その佇まいは神秘的で、まさに森の主といった貫録がある。木の近くに立つと、心の奥底からわざわざこの杉を見るために、遥々ここまでバイク、そして船、更には山登りをしてやって来たかいがあったと思えるほど感動的だった。

屋久島の縄文杉の上部の写真
縄文杉の上部

あっ、なるほど。そうだったのか・・・。屋久島を訪れた旅人が口々に「屋久島はよかった」「縄文杉はよかった」と褒め、「ぜひ一度見に行った方がいいよ」と、屋久島の旅を私に勧めてくれた。

旅人同士の話でよくある「行ったことがある自慢」とばかり思っていたのだが、今、その気持ちがよくわかる。どうにも人に勧めたくなる感動とでもいうのだろうか。この感動を誰かに伝えたい。そういう思いが心の奥底からこみあげてくる。

自慢話のイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】

今後、旅人と話すことがあったら、私も「屋久島は感動的だった。無理してでも行った方がいいよ。」なんてしゃべってしまうのだろうな・・・。きっと。

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縄文杉と並んで屋久島のハイライトになっているのが、もののけ姫の世界観を感じられる白谷雲水峡。とても雰囲気のいい渓谷のようだが、台風の影響で途中の道が崩れてしまい、今日も復旧できていない。まだ時間がかかりそうということなので、今回は諦めることにした。

そのことが悔やまれるが、満足のいく屋久島滞在を終え、今度は種子島へ。種子島では宇宙センターや火縄銃の博物館を見学し、海岸沿いの公園でテント泊をした。

日本最北端の地図(国土地理院地図)

国土地理院地図を書き込んで使用

そして翌日のフェリーで鹿児島へ戻り、大隅半島の南端、日本本土の最南端となる佐多岬を訪れたのだが、この部分はちょっと失敗。

もっと南にある屋久島を訪れた後だったので、感動がいまいち薄い。順番を逆にすればよかったな・・・。と、反省。でも、これで今回の旅の三大目的地の訪問が完了。気持ち的に一区切りがついた。

日本本土最南端 佐多岬の写真(*コメットさん)
日本本土最南端 佐多岬

(*コメットさん 写真AC)

その後は都井岬、鵜戸神宮、青島、古墳群のある西都原、馬の背、臼杵石仏など、九州の東を観光しながら北上し、行きと趣向を変え、国見から徳山までフェリーで瀬戸内海をショートカットとし、広島へ。一旦広島で休んだ後、無事に東京へ戻った。

都井岬の馬の親子(白黒フィルム)の写真
都井岬の馬の親子(以下白黒フィルム)
青島(白黒フィルム)の写真
青島
臼杵石仏(白黒フィルム)の写真
臼杵石仏

と、最後の方は端折って書いたが、実はデジカメのデーターが消えてしまうというポカをやらかしてしまった。今回の旅ではフィルムカメラも持参したが、ほとんどは父親に借りたデジカメで写真を撮った。

で、この時代のメモリーカードは、まだMB(メガバイト)が主流の時代で、GBは高嶺の花だった。容量の大きなものを持っていなかったので、屋久島でデーターが満杯になり、地元のカメラ屋でCDにデーターを移してもらった。

このおかげで屋久島までの記録は無事だったのだが、問題は屋久島以降のもの。家に帰るまでは無事で、パソコンに移すのも問題なかった。しかし9カ月後、ムフフな怪しいサイトでウイルスを拾ってしまい、ハードディスクのデーターが消失してしまう事態が起きてしまった。

パソコンのウイルス感染のイメージ(*イラスト:阿部モノさん)

(*イラスト:阿部モノさん 【イラストAC】

今思えば復元ソフトを使えばある程度は復元できたのではないかと思うのだが、その時はあまり知識がなく、泣く泣く諦めてしまった。

遥々九州の南まで行ったのに、種子島の写真が・・・、日本本土最南端が・・・と考えると辛い。でも、また行けばいいか・・・。旅人なんだし・・・。

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