旅人とわんこの日々 タイトル

旅人とワンコの日々
世田谷編 2006年(7/12)

世田谷(砧公園)での犬との生活をつづった写真日記です。

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15、能登・飛騨へのツーリング(2006年10月10日)

地理院の地図

国土地理院地図を書き込んで使用

また仕事を辞めてしまった。とりあえず旅に出よう。旅に出れば気持ちもすっきりするし、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。と、お決まりのパターンで旅に出ることにした。

ただ、今回は海外へ出るほどお金に余裕がないので、国内を旅することにした。段々、旅と人生のスケールが小さくなっていくような気もするが、しょうがない。

第一弾として、能登や飛騨高山へ。なぜ能登や飛騨高山なのか。能登には大学時代の後輩がいて、昨年から跡継ぎのいない寺を譲り受け、住職をしている。

寺持ちの住職のイメージ(*イラスト:acworksさん)

(*イラスト:acworksさん)

あの後輩が住職とはな。ちゃんと住職が務まっているだろうか・・・。説法でしどろもどろになって舌を噛んでいないだろうか。檀家さんから「しっかりしなはれ」と苦言をもらってはいないだろうか。先輩としては、とても心配。ちょうどいい機会だ。一度確かめに行ってみよう。能登半島へも行ったこともないし。

東京から能登へ行くのなら、ついでに飛騨高山に寄ろう。白川郷には行ったことはあるが、もっと北にある五箇山集落や相倉集落は訪れていない。それが心残りで機会があればと伺っていたところだ。

後輩に都合のいい日を聞くために電話すると、名古屋にいる後輩も近々能登へ来たいようなことを言っているとのこと。じゃあ誘ってみよう。旅は道連れってやつだ。

3人の日程を合わせると、体育の日を絡めた連休が都合がいいとなった。しかもちょうどその日は飛騨高山で一年で一番大きな祭り、高山祭が行われる。これはちょうどいい。

ということで、1日目は能登の後輩のところへ行き、後輩の寺で一泊し、2日目はその後輩とともに高山方面へ向かい、一泊のツーリングをすることになった。

旅行計画は整った。でも、当初の旅行目的である「後輩の仕事ぶりを見に行く」というのは、仕事を辞めた先輩が真面目に働いている後輩のところへ「おまえ、ちゃんと仕事しているか?」と訪問するというのも、変な話。

呆れるイメージ(*イラスト:ちょこぴよさん)

(*イラスト:ちょこぴよさん)

逆に、「先輩の方がしっかりしてください!」と突っ込まれるのもバツが悪いので、とりあえず・・・、旅行中は仕事を辞めたことは黙っておこう・・・。

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久しぶりのツーリング。しかも泊りがけ。とても楽しみだ。遠足へ行く子供のような気持で旅行日になるのを待つのだが、天気予報が芳しくない。出発日が近づくにつれて晴れから曇りとなり、2日前には雨のマークが点灯。どんどんと悪化している。

結局、前日の予報では行きたい北陸方面は低気圧の接近により曇りのち雨の予報。2日目は曇り時々晴れまたは雨で持ち直してきて、3日目は快晴の予報。後半晴れるから、まあよしとしよう。

地理院の地図

国土地理院地図を書き込んで使用

最初の予定では甲州街道を通り、諏訪、松本と抜けて、高山で名古屋の後輩と落ち合う予定にしていたが、山梨の方は雨マーク。静岡や名古屋の東海地方は曇り時々晴れの予報。だったら名古屋から北陸に抜けたほうが雨に降られる時間が少なそうだと判断し、東海道を西進。そして名古屋で後輩と落ち合った。

名古屋の後輩と、途中まで一緒に行きたいというその友人とともに、郡上八幡、九頭竜湖と進んで行った。最初は晴れ間が見えていたのが、どんどんと標高が上がって間もなく九頭竜湖に到着というところで、雨に遭遇。北陸に差し掛かるこの場所での雨。まさに天気予報通りの展開になった。

九頭竜湖にて 能登・高山ツーリングの写真
九頭竜湖にて

九頭竜湖で少し早い昼食を食べた後、名古屋の後輩の友人に別れを告げ、福井方面に山を下っていった。

幸いなことに雨はすぐにやみ、山を下ると越前大野の町に到着。ここは湧水で有名で、水場が町並みに溶け込んでいる様子は情緒があっていい。人々で賑わっている様子などを想像すると、東南アジアなどの市場の情緒を思い出す。

名水百選 御清水 越前大野 能登・高山ツーリングの写真
越前大野 名水百選 御清水

越前大野からは中世の越前の覇者、朝倉氏の本拠地だった一乗谷へ。朝倉氏や一乗谷という名は教科書などでよく聞くのだが、織田信長に滅ぼされたという記述ばかりで、どういった一族だったのか、どういった場所なのか、イメージがいまいち湧いてこない。

一乗谷か・・・。何か秘境めいた感じがいい。風の谷のような童話に出てくるような場所だったりして・・・。何があるかわからないといったワクワク感を胸に秘めながら訪れてみたのだが、これは凄い・・・といったような場所ではなく、また特に感動するようなものも残っていなく、訪問前にあった期待はあっけなくしぼんでしまった。

一乗谷の朝倉氏遺跡 能登・高山ツーリングの写真
一乗谷の朝倉氏遺跡

一乗谷を後にすると、曹洞宗の総本山永平寺も捨てがたいが、今の気分的には戦国時代。城つながりで国宝となっている丸岡城へ向かうことにした。

が、向かっている途中で強烈な横殴りの雨が降ってきた。とうとう本降りになったか。これでは観光どころではない。高速に乗って一気に能登を目指そう。

と、高速に乗ったものの、すぐに雨が上がってしまうという困った展開。天気に影響を受けやすいバイク旅は、天気が安定しないときつい。

このまま能登へ向かうのも悔しい。だったら・・・と、高速を途中下車し、名勝東尋坊へ。到着すると、流れるように移動する雲の切れ間から覗く夕日が美しかった。これは絶景だな。黄昏るにはちょうどいい。

東尋坊での夕日 能登・高山ツーリングの写真
東尋坊での夕日

夕日を堪能していると、能登の後輩から電話がかかってきた。もう近くまで来ていると思ったのだろう。「今どこですか?」というので、「今、東尋坊で、夕日が凄いきれいだぞ!さすが有名な東尋坊だけあって、もの凄く感動的だぞ!」と興奮気味に伝えると、「なんでまだ東尋坊にいるんですか~~~」と、電話の向こうで絶叫していた。

その後、急いで能登の後輩のところへ向かうものの、私が予想していたよりも能登半島は大きかった。能登半島がこんなに大きいとは・・・、実際に行かないとわからないものだ。ちょっと甘く見過ぎていた。しかも途中から再び激しい雨に降られ、想像以上に大変な道のりとなり、夜遅く疲労困憊な状態で後輩の寺に到着するのだった。

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翌朝、住職をしている後輩が廊下を歩く音で目が覚めた。時計を見ると、6時。トイレついでに起きると、ちょうど朝の鐘つきを行っていた。昨晩遅くまで一緒に飲んでいたのに、ちゃんと法衣に着替えて朝のお勤めをやっているんだ・・・と感心。そして安心。

外は雨。それも結構降っている。まだ朝早いし、この空模様では起きても出かけられそうにないし、ゆっくり寝るか・・・ともう一度布団に戻った。

後輩の寺の中庭 能登・高山ツーリングの写真
後輩の寺の中庭

次に起きると、9時。ちょっと寝すぎた。起きると住職の後輩は、法事の準備で忙しそうにしていた。

外の天気は微妙。晴れたと思えば大雨。大雨だと諦めていると急にからっと晴れたりとめまぐるしい。空を見上げると恐ろしい速さで雲が流れていた。

さてどうするか。とりあえずは朝食でも食べながら考えるか。食事の用意されている部屋に行くと、後輩が用意してくれていたのは白粥。う~ん、お粥か・・・。梅干と干しシイタケ付き。なかなか渋い。

たまにはこんな朝食もいいかも。お寺に泊まっている感じがして・・・。あっ、いや、お寺に泊まっているんだ・・・。後輩の家がお寺だと、頭の中で混乱する。

お粥のイメージ(*イラスト:tarobooさん)

(*イラスト:tarobooさん)

お寺に泊まるというのも新鮮な体験だな・・・。まるで海外旅行みたいな異文化を感じる・・・。そんなことを考えながらしんみりとお粥を食べていると、「ごめんください。ちょっと早く来てしまいましたが・・・」と、法事予定の檀家の人がやってきてしまった。

あいにくと後輩は朝の沐浴中。仕方ない。俺の出番か。「本堂の方へ上がっください」と伝えるのだが、ビシッと礼服を着ている人たちの前で、寝起きのままのジャージ姿。しまったと気が付いてももう遅い。なんともみっともない・・・。

珠洲神社のキリコ 能登・高山ツーリングの写真
珠洲神社のキリコ

家の中が慌しくなってきたので、法事が終わるまで能登観光に繰り出す事にした。天気は晴れたり、雨が降ったりとせわしない。バイクだと心配なので、寺の車を借りて出発した。

能登半島の先端を目指しつつ、まずは由緒ある珠洲神社へ。訪れてみると、祭りの日になるようで、大きなキリコが境内に置かれていた。

見るのは初めて。練り歩いているところも見たかったが、まだ時間がかかるようなので、先を急ぐことにした。

荒れる日本海 能登・高山ツーリングの写真
荒れる日本海
波にのまれる灯台 能登・高山ツーリングの写真
波にのまれる灯台

能登半島の先端は禄剛崎。到着すると、また土砂降りの雨。駐車場から歩くみたいだし、駐車場代もかかるみたいだし、バイクじゃないし・・・と、モチベーションが低い状態。まあいいかと通過してしまった。

半島の外側に入ると、風が一段と強くなり、海も大荒れ。打ち寄せる高波の迫力はまさに冬に日本海といった感じ。遥々能登まで来たかいがあったというものだ。

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昼前に法事は終わるかも・・・と言っていたが、「やっぱり抜けられなく、檀家さんと一緒に食事をすることとなってしまいました・・・」と連絡が入ったので、ゆっくり昼食を食べて寺に戻った。

そして昼をだいぶん回った午後遅く、袈裟からライダースーツに着替えた後輩とともに出発した。途中、ここはぜひ見ていってくださいと後輩に連れられて行ったのは、軍艦島と呼ばれている見附島。島が戦艦のような形をしていて面白い。

軍艦島と呼ばれている見附島 能登・高山ツーリングの写真
軍艦島と呼ばれている見附島

見附島からまた雨が降り出したので、一気に高岡へ向かった。海沿いの道を走っていくことになるのだが、時々風にあおられた波しぶきが道路に飛んでくる。

実はこれがなかなか厄介なのだ。雨と違ってべとべとするし、車からの跳ね上げもあるので、水滴をこすると曇りガラスのようになってしまう。

車だとワイパーを動かし、それでもダメならウォッシャー液をかければいいのだが、バイクだとそうはいかない。バイザーが汚れると、前が見えにくくなるうし、私のように眼鏡をかけていると、見えにくいとバイザーを開けたら今度は眼鏡が汚れて、完全に前が見えなくなる。とても危険なコンディションになる。

波しぶきのイメージ(*イラスト:ストさん)

(*イラスト:ストさん)

おまけに昨日雨の中を走り、今日は塩を浴びて走っているせいか、バイクの駆動用のチェーンが一気に劣化してしまったようで、たわみがひどくなって変則するのが大変。なかなかしんどい道中となった。

時々、バイザーや眼鏡を拭きながら苦労して高岡に到着。今日の宿泊は福光温泉。手軽な価格で泊まれる温泉を探していて見つけた。もう夕方なので高岡からは真っすぐ宿へ向かい、温泉に浸かり体を休めた。

住職の後輩は食後すぐに爆睡。朝早くから仕事をしているので当然だ。お寺の坊さんというと、なんか気楽そうな職業に思えてしまうが、当然というか、住職も大変な職業である。

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三日目が始まった。住職の後輩は日課の鐘つきから解放され、気持ちよく朝寝坊。ぐっすりと寝ている様子はなんか微笑ましい。

一人で朝風呂に出かけた後は、朝食の時間があるので二人の後輩を起こし、出発の準備を行った。

相倉合掌造り集落 能登・高山ツーリングの写真
相倉合掌造り集落

本日は世界遺産の旅。と書くと、聞こえはいい。でも、普段旅をしない人にはもの凄く魅力的なフレーズになる。実際、後輩たちの張り切りようはなかなかのもの。途中で写ルンですを購入し、写真を撮り始めたほどだ。

最初に訪れたのは相倉合掌造り集落。のどかな農村といった感じでとても雰囲気がいい。

越中五箇山 菅沼合掌造り集落 能登・高山ツーリングの写真
越中五箇山 菅沼合掌造り集落

次に訪れたのは五箇山集落。ここでは古い住宅を見学した。最後に越中五箇山 菅沼合掌造り集落。ここも合掌造りの建物が多く残っていて、美しい日本の農村風景となっていた。

最後の白川郷は、みんな一度訪れたことがあったので、展望台から眺めるだけで済ませた。これにて世界遺産の合掌造り集落の訪問は終了。

さすが世界遺産になっているだけあって感動的な風景の連続だった。海外に出なくても感動する風景はまだまだ日本に多くあるんだな・・・。しみじみと感じながら高山に向かった。

能登・高山ツーリングの写真

高山に近づくに連れて道が混雑していき、市内に入ると交通規制が行われているため渋滞していた。

バイクを停めて旧市街を歩くと、通りには露店がずらっと並び、多くの人が歩いていた。一昔前の賑やかな祭りといった情緒があって素敵だ。その雰囲気に負けたのか、能登の田舎での質素な暮らしの影響なのか、住職の後輩の買い物がとまらない。露店をはしごして、味噌やらお菓子やらを大量に購入していた。

高山祭 からくり山車 能登・高山ツーリングの写真
高山祭 からくり山車

この祭りの花形は、からくり山車となる。定時にからくりの演技が上演されるとのことで、山車の周囲には多くの人だかりができていた。

その演技を見た後は、山車が動くのは暗くなってから行われる夜祭になるようなので、しばらく買い物をしたり、喫茶店で和菓子を食べたりして、時間をつぶすことにした。

高山祭 夜祭 能登・高山ツーリングの写真
高山祭 夜祭

高山祭りの最後は夜祭が行われる。提灯の灯りで装飾された屋台が古い町並みを練り歩くというもので、きらびやかで幻想的なものを期待して待っていたのだが、実際に山車がやって来てみると、町並みも山車自体も想像以上に暗く、厳かな練り歩きといった感じ。想像していたものとはちょっと違った。

夜祭が終わると、帰路に着く人々による民族大移動が始まった。人混みが凄いし、道も混雑しているはず。時間稼ぎとして高山ラーメンの店に入り、これからの帰路に使うスタミナを補充した。

食後は、「楽しかった。またこういった旅行をしよう」と、約束し、解散。後輩の一人は南の名古屋へ。住職の後輩は北の能登へ。私は東の東京へ。別れを告げた後、三者三様の針路に進んで行く。なんだか映画の最後のシーンのようで、ちょっとカッコイイ。

こういった素敵な旅の終わり方をすると、また新しい旅をしたくなるというもの。旅の終わりは新たな旅の始まり、という。次の旅の始まりが楽しみだ。

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世田谷編 2006年(7/12)
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